15話
息をするのを忘れるほど早く階段を駆け下りた。何百段もある階段はとても長く感じて同じような景色が続いた。何度も何度も同じところを走っているのではないかと思うほど。何度も何度も。耳の中でゴワゴワとする音がなって、酸欠で足元がふわふわしてくる。しかし、ようやくアスファルトが見えてくる。そして、一番下までたどり着いて、外に出た。
「はあ……はあ……はあ……」
深呼吸をして肺に新鮮な空気を送り込むと次第に耳の中にざわざわとした音が入ってくる。そこはたしかに異世界。階段の上の世界とは全く違ういつも通りの世界だった。下の人達はやはり、上の異常事態に気がついていない。私が戸惑っているとスマホの画面が京華さんからのメッセージを表示した。
「よかった。無事だ」
私はほっと胸をなでおろした。それでも私に「このまま自分だけ帰る」という選択肢はなかった。私は階段の下で二人を待った。きっと私は邪魔になるから。すると何かがいつもと違う。やたらと妖が多いのだ。そしてその全てが階段の上を目指している。もしや羅刹天が妖たちを呼び寄せているのではないか。私はそう思ってすぐさま京華さんに連絡をしたが、電話にも出ないしメッセージにも既読がつかない。嫌な想像が脳裏をよぎる。気づけば私は何百段もある階段を再び登り始めていた。
「これはまた、趣味が悪い」
先程までの声がしなくなったと思って来てみれば、床にペタペタと貼り付けられた何枚もの皮。ぶよぶよふにふにしているその皮は所々がちぎれていて、失敗したクレープ生地のようだ。辺りに散らばる鮮やかな赤。まだ新鮮なもの。かつて人間を覆っていたその皮はおよそ3人分と思われる。人間の皮しかないのを不思議に思って私が見渡してみると十円玉ぐらいのかけらに砕かれた骨らしきものがあった。呼吸1つ聞こえない異常な雰囲気に普通なら怯えて腰を抜かすだろう。私は状況を聞くべく人を探した。すると近くの押し入れの襖ががたっと音を発した。私はすっと静かに襖を横に動かす。
「あ、わぁぁぁぁぁ!!!!」
中から泣き叫ぶ声がしたので「誰かいるの?」と顔を押し入れに入れてみる。すると押し入れの隅の方でうずくまりこちらを睨みつける大学生ぐらいの男。彼は私の顔を見ると叫ぶのをやめて「君!何をしているんだ!早く中へ!俺が見つかってしまう」といった。何がなんだか分からなかったがどうやら話が聞けそうなので私はその指示に従い体を中に入れ、そっと押入れの襖を閉めた。
「あの……状況を教えてもらえませんか」
「あいつだ……あいつが……次々に……」
話を聞けば鬼退治屋の面々と対峙した羅刹天は刹那の伯父を筆頭に人々を捕まえ始めたそうだ。二人やられた辺りで人々はパニックになりそれぞれが逃げ散ったそうだ。
「俺も見つかりそうになったんだ。でも伯父さんの息子さんが身代わりになってくれて、襖の隙間から……あの人の皮が削がれ泣き叫びながら食われていくところを見ていたんだ」
彼は涙目でそういった。どうやら骨と皮以外は食られたらしい。これは幸村さんを返して正解だった。彼女がこの状況に耐えられるわけがない。
「こんなバイトするんじゃなかった……なんなんだ、あいつは……」
彼はブツブツと呟いた。隠れているのなら、きっとさっきの叫び声で――
「あぁぁぁ!!!!」
そのとき彼の右足首が襖から飛び出てきた手に掴まれぐっと襖の方に引っ張られた。彼の体は襖を倒して外に出た。
「みーつけた!」
「いやだ、やだ、あぁぁぁ!!」
かくれんぼであれだけ叫んだら鬼に見つかるのは必然だろう。私は姿を表した鬼の首を切ろうと刀を振り下ろした。しかしそれは空を切り、鬼は彼を手放して私から距離を取った。
「た、すかった……」
「バイト君。ここから他のみんなを連れて逃げなさい」
「で、できない。なんか、入り口に見えない壁みたいなのが……」
結界か。
「じゃあ、ここにいたら死ぬからできる限り私から離れるように逃げてくれる?」
彼はコクリと頷き去っていった。
「なんだ、貴様はなにか違うな。他のものはみんな泣き叫んで命乞いをしていたぞ」
「あら、命乞いしてほしかったの?」
「ふん。強がりを」
室内は分が悪い。私はタイミングを見て窓から外へ出た。
「あ。」
「え。」
するとそこにタイミングよく刹那が私の着地点にいた。私は自らの体を止めることができず刹那にそのままぶつかってしまった。
まだ視界がチカチカしているうちに「ごめんね」とだけ謝っておく。
「あ、はい。あぁ、京華さんか。良かった、無事で」
彼女も少し混乱したようにそういった。後ろを見ればもうすぐに彼が迫っている。条件は揃った。
「刹那、下がって。そこにいて」
「いけますか?」
「わからない。相手が手慣れているから『呪い』を発動するタイミングがない。まず相手の体勢を崩さないと」
「なにか手伝えますか?」
「そうね、遠距離攻撃だけお願いするわ」
彼女の役割はまた別にある。私は小さな小刀を鬼の目を向けて投げてみる。もちろんそれが攻撃として相手に刺さることがないことはわかっている。思惑通り、彼は手でその刀を払い除ける。その瞬間、視界が外れる。すかさず刹那が遠距離からの銃による攻撃を始める。銃弾には妖術がかけられていて、普通のたまのおよそ300倍の威力はある。
「元柱固具」
銃弾は見事に彼の額を貫通した。が、不思議なことにその穴はものの数秒で埋まってしまった。どうやら彼の再生能力は凄まじく、攻撃が一切聞いていないように見える。私は彼が銃弾の回復を行っている隙に彼の右手を切り落としてみる。
「八隅八気」
しかしこれも同じように切断された手はぼとりと床へ落ち、すぐさま腐り果て、ニョキッと新たな手が生えてくる。私は彼にめがけて出力高めのプラズマを放ってみる。
「五陽五神」
すると数秒脳の動きが止まったのか意識を飛ばしたが、それも数秒のことだった。




