13話
「羅刹天」、仏教に伝わる破壊と滅亡を司る鬼神。人の肉を好んで食べ、ひとたび現れれば、その村は確実に滅び皆食い殺されてしまうという。平安の時代、何度も羅刹天の討伐隊が組まれたが、皆同様に葬り去られ、やっとのことで封印された。
刹那ちゃんは説明してくれた。でもなんで、今になって。
「刹那。私がこの子を離れたところまで送り届けるわ。それまでどうにかこらえられる?」
「大丈夫です。伊与をお願いします」
「えぇ、行きましょう幸村さん」
京華さんは私の手を引いて部屋を飛び出した。私は刹那ちゃんのことを心配しながら、彼女に引かれるままに走り続けた。
靴を履き替え、心のなかで「お邪魔しました」と唱えると、すぐにこの神社の出入り口の目印の鳥居へ走った。あたりを見渡してみたけど羅刹天らしき姿はない。もしや羅刹天は酒呑童子のような巨体ではないのか。それでも振動だけはずっと続いている。
「京華さん、近隣の人パニックになっていないですかね?」
「えぇ、一般の人に羅刹天の姿は見えていないもの。振動も、ここは高台にあって人里から離れているからちょっとした地震程度にしか思わないわ」
「それにしても、誰が封印を?」
「わからない。明確な悪意を持って封印を解いたのだろうけど、千年続いた封印は簡単に解けるものじゃないわ。昔のものだし、複雑なものだから、解き方だって知ってる人はいないはず......」
「妖の仕業ですか?」
「それもわからないわ。でも、人為的であって欲しい。だってここは――」
その時、ちょうど私達のいるわずか数センチ隣に半径一メートルほどの大きなクレーターが生まれた。
「え――」
「下がって」
私は京華さんに腕を引かれて数歩後ろに下がった。
「おや、外してしまいましたか。まぁ、当てる気もなかったのですけど」
そんな声のする方向を見てみれば、空からフラフラと男が降りてくる。その男は和服に糸目、パーマ頭、ついでに頭にサングラスをかけた、なんだかサングラスのことを「グラサン」と言ってそうなやつだ。当てる気もないのに衝撃波を打ってくるな。
「封印を解いたのはあなたね」
京華さんがその男に尋ねると、彼は不気味に笑った。
「あぁ、これはこれは!類を見ないほどの麗しき御人。あなたのような人にそのような顔は似合いませんよ。ほら笑って笑って。あなたならこの、偉大なる麻呂の愛人にしてやっても良いですよ」
京華さんの手を取り、顔を輝かせながらそういう彼はなんともキャラが濃い。このチャラチャラした雰囲気で一人称が「麻呂」というギャップに少し吹き出しそうになるものの、どうにかこらえる。
「いや、京華さんは愛人じゃなくて正室でしょ」
「いやぁ、正室は取らない主義なものでして」
「うわ、京華さん、こいつ頭のネジ飛んでます。自分のこと『偉大』とか言ってるやつでまともなやついませんよ」
「いいじゃない。面白い人だと思うわよ」
「あぁ、麻呂はいつでもあなたのおそばに」
彼はそう言ってまた京華さんの手を取る。離れろ汚らわしい。女神様に気安く触れて良いと思っているのか。今すぐその手を離せ。私は今にもこの下衆に殴りかからんと震えていた。
「でも、ごめんなさい。私気になる殿方がいるの」
そう彼女のセリフで当たりに衝撃が走った。それは比喩ではなく、ビリビリとした紫のプラズマが現れ、衝撃波となりこの周辺を激しく揺らしたのだ。一瞬で焼け焦げたような無惨な姿に変わった下衆の手を彼女はさっと振り払い、ぱっぱと手についた汚れを落とすような動作をした。その仕草ですら一枚の絵になるのだから、私は彼女に惚れ惚れするしかなかった。
「さぁ、行きましょう」
京華さんに手をひかれ、鳥居をくぐろうとしたときだった。私達の背後から不穏な風が吹いてきて、私はそれを肌で感じとった。
「不意打ちとは、あまり綺麗な方法ではないですね。感心しませんよ」
振り返ると、そこに男の焼け焦げた姿はなく、かわりに大きな姿で宙に浮き、青色の宝石のような鱗に金色の瞳孔を持つ勇ましい龍の姿があった。
「この姿を見せるのはいつぶりか」
そんな一度敗北した悪役らしいセリフを吐く龍の声は先程の彼と同じだった。
「いや、二日前に見せましたね、今のセリフ無しで」
なんだコイツ。
「あれは......応龍?!」
「そう。麻呂名は応龍。五龍の中央に属し、四霊と崇められる応龍なり」
四霊、その言葉には聞き覚えがあった。もしかしたら応龍は羅刹天と同等、またはそれ以上に厄介かもしれない。
「幸村さん。彼は私が引き付けるわ。その間にここからできる限り離れて。なんなら家に帰ってもらって構わないわ」
「そんな、私も――」
「だめよ。相手が相手だもの。刹那にあなたを頼まれた以上、私にはあなたを家に帰す義務があるの」
「それでも、不安です」
「大丈夫。分はこっちにあるわ」
京華さんはそう言うと、私を応龍のいない方へと押し出した。
「さぁ、はじめましょう」




