10話
そこはさっきまでいた場所よりは薄暗くて肌寒い。薄暗い明かりに照らされた道を二人で走る。途中で飼育員の休憩室を見つけ、そこに逃げ込み鍵をかける。彼はすぐさま置いてあった長椅子に座りまた、どこからか小さな箱を取り出した。中には液体の入った小さな注射器のようなものが入っていて、彼はそれを自分の腕に刺した。
「っ―――はぁ……はぁ」
「大丈夫?」
「うん……五分ぐらい休めば動けると思う」
そういう彼の顔はぐったりしていてきつそうである。
「……それ、何?」
私がそう尋ねたときだった。
「やぁやぁ、無様だね」
そんな声が私のすぐ後ろから聞こえた。私はすぐさま後ろを振り返る。するとそこにはつい半日前にも見かけた先輩、青桐さんが立っていた。扉はしまったまま。足音もしなかった。どこから現れた!!
「遅いんですよ、来るのが」
「ほらね、いつかこうなるって言ったじゃん。そっかそっか、さすがの秋介くんも人間の生理現象には勝てなかったかぁ」
なんだか嬉しそうな青桐さんは「幸村さんに寝かしつけてもらいなよ」といった。何がなんだかわからないわたしは尋ねてみた。すると青桐さんは満面の笑みで「あ、心配しなくていいよ。ただの睡眠不足だから」と言った。やはり昨日の睡眠時間がたたって―――っと考えているとそれは二人に強く否定された。
「いやぁ、こいつね、どうも眠るのが嫌らしく自分で興奮剤打っては無理やり体を叩き起こしてるんだよ。今何徹目?」
「……十三か……そこら辺……」
「ほらね、普通にギネス超えてるんだよ。そのせいで体中冷たいし、普通に生活できてるのが奇跡だよ」
私は夕薙くんに目を向けて思った。この人、馬鹿だ。何をそんなに嫌がっているのだろう。
「申し訳ないけど、幸村さん、こいつ看ててもらってもいい?」
「あ、はい」
「……いや、今クスリ打ったんで―――」
「だから、それがダメなんだって。あの女は僕がなんとかしてくるから」
「でも―――」
「はいはい、先輩命令でーす!今すぐ眠りにつきなさい!」
青桐さんはそう言ってさっそうと扉から部屋の外へ出ていった。
「……大丈夫かな」
「大丈夫だよ。あの人はあの程度の妖怪にやられるような人じゃないから」
その時、私は絡新婦のセリフを思い出した。
「もしかして、夕薙くんあの妖怪と遭ったことある?」
「うん、結構昔にね」
「そっか―――」
ならば彼がそういう以上、私が青桐さんを心配する必要はなさそうだ。
「じゃ、寝ようか」
「え゛っ」
彼は目を丸くした。
私は私で青桐さんに任された仕事を全うするだけだ。
「クスリ打ったって言ってもそれは一時的な眠気を凌ぐものでしょう?根本的な解決はしてないし……顔色も悪いままだよ」
彼は「やだやだ」というように首を全力で横にふる。その姿はまるで駄々をこねる小学生のようで可愛らしい。
「ほら、さっきクスリ打ったばっかりだから眠くないなー」
「目を瞑って脳だけでも休めないと。それにそのうち眠くなるよ」
「あ、やっぱり春馬先輩がし……シンパイダナァー」
声が裏返っている。そこまでして嫌か?
「なんでそんなに嫌なの?」
「―――……。」
彼は黙り込んだ。なんだかさっきより顔色が悪そうに見える。これでは埒が明かない。そう考えた私はストット長椅子に座り「おいで」と手を広げてみる。膝枕なんて、小学校の低学年でも吸わない蜜だ。私ももちろんそれで彼が要求を飲むとは思っていない。
「……。」
しかし彼はスススっと近寄ってきて長椅子に横になり私の太もものうえに頭を置き両手を私の腰に回しギュッとした状態で、たった5秒でスゥッと夢の世界へ入っていった。私はどうしたらいいかわからず、とりあえず寝かしつけることに成功したと解釈し頭を撫でてみた。すると彼は寝ているにもかかわらず顔をほころばせた。なんだかその様子は本当に―――
「なんだ、ただの大きな幼稚園児か」
そう思わざる負えなかった。
でかい蜘蛛の足と手を全て切り落とし首を刃物で床と固定してやればソイツは生きてこそいるがもう動けない状態となった。嫌な眺めだ。全身の毛が逆立つほど。元々虫は好きではない。特に蜘蛛は。誰がどんなことを思って蜘蛛を巨大化させようだなんて思ったのだろう。
―――平安の蜘蛛妖怪、絡新婦。解禁者か。
「最近君みたいなの多いんだよね」
古の時代に封じられたはずの凶暴な妖たちが最近になっていたるところで出現し始めた。彼らのことを解禁者と呼ぶ。
「誰かが裏で手を引いてるんだろうけど、知らない?」
そう尋ねても蜘蛛は「がぁがぁ」と喚くばかりでまともな回答が一つも帰ってこない。
「ふん。困ったな。君、以前秋介に封印された子だよね」
「あぁ!あいつ!あいつさえいなければ!!」
なんだ、まだ喋れるではないか。
「僕、アレみたいに優しくないから今度は頭と体がサヨナラしちゃうよ」
「ぐっ」
体を動かそうにも動かせない蜘蛛は悔しそうに唸った。
「誰に封印を解いてもらったのか、教えてくれたら考えてあげないこともないよ」
考えるつもりなんてさらさら無いけど。
「…………あいつだ!お―――」
やつがようやく名前を言いかけたときだった。やつの体中から鮮血が吹き出しそのまま動かなくなった。
「死んだ……口封じか」
しかしこれで何者かが明確な意図を持って封印を解いていることがわかった。解禁者のせいで、最近ここらで行方不明者、不自然死者が相次いでいる。一刻も早く解決をしなければならない。
「……と、また服がだめになった」
僕は自身の制服が血にまみれていることに気がついた。制服はなにげに高いので結構な痛手である。
「オキシドールでおちるかな……」
僕は二人の場所へ向かった。彼女に丸投げしてきた秋介だが、眠るたびに悪夢を見て眠れないのだそうだ。一体どんな夢か見当もつかないが、きっとクスリの使用頻度も増えてきているのだろう。そろそろ死ぬのではないか、そう思う。どうにか眠らせる方法を、と考えて歩いていたが、扉を開けて目に飛び込んできたのは意外なものだった。
「……仲良しか」
そこには長椅子に腰掛けて眠る幸村さんの姿とその膝のうえで眠る秋介の姿があった。どこかほっこりする気持ちと同時に、この二人を起こすかどうかという問題に、僕は頭を悩ませた。




