33 - 茶髪の彼女
「量の心配は不要だと?」
自信に満ちた三人の顔を前に、黄は思わず声を尖らせた。
二人の指の先は真っ黒な天井だ。アニモたちの歩みが震動を起こし、天井についてあるカビや屑が黒い雪のように落ちてくる。
ーー嘘なのか。それとも張ったりなのか。
黄はもう一度目を細めて、目の前にいる三人の少年少女を見つめ直した。
量の心配は不要。その言葉は本当だ。人類の人口は減っていく一方、アニモは日々増えている。
でも、それも「アニモに勝てる」という前提が成り立つ上での話だ。狩れないアニモが何体いようと、アニモを「肉」にするところか、己が肉にされることだってありうる。
「ええ、どうですか? 考えてくれますか?」
礼儀正しくルリアは笑みを黄に向けて承諾を求めた。だが黄は敢えて彼女から目をそらした。
そして、考える。
地球がアニモに占領されてからもこの年まで生き続けてきた経験が訴える。危険だ。下手に反発したらアニモからの圧政が強くなってしまう。それに空香だって死ぬかもしれない。ここにいる子供たちを守るためにも、バトルショーで優勝できる空香が必要だ。
(……空香)
何かを思い付いたかのように、黄は急にクーカスに目を向けた。次に素早くルリアとシーカへも目線を配った。
閃く。
ーーもし、この二人も空香と同様、あるいはそれ以上の力を持っていたとしたら……
という考えが浮かぶ瞬間、黄は素早く頭を横に振った。
「……年よりを揶揄わないでくれ。冗談とはいえ、そんなことを言われたら血圧が上がってしまうじゃないか」
滾る血液を押さえるため、黄は胸元を軽く撫でた。
アニモを「肉」に。
自分より何十年も生きている人に嘘は通せないとわかっているのか、箱を背負う少女が言っていることは張ったりではないのだ。
でも、それは彼らが自分の力を過信している線もまだ消えていない。
「悪いなお嬢ちゃん、わしはもう博打に手が出せる歳じゃないーー」
黄が断ると、ルリアは笑みを保つまま、「ボックス」を開けた。シーカが作った干し肉を全部出して、この地下牢の隅っかに身を潜む子供たちに配る。
「どうぞ。--美味しいですよ」
警戒深くルリアを見つめる子供たち。ルリアが彼らの前に一切れ口を入れて、もぐもぐと幸せそうな表情を見せると、一人の子供が恐る恐る手を指し出して干し肉をルリアからもらった。
ルリアの真似をして、干し肉を一口齧る。
「うぅん! おいしい!」
それから「わぁー」と子供たちは一瞬でルリアを囲んだ。
「これで、私たちの非常食もなくなりました」
干し肉を全部配って、ルリアは黄の前に歩み寄る。
「私たち三人だけでは、自分の分を作るだけで精一杯でしょう。でも、もしサンスさんたちを助けていただければ、きっと干し肉だけではなく、たくさんの食べ物が手に入ります」
「やれやれ。わしが断ったら、お嬢ちゃんはお友達を助けるところか、自分たちの食糧も失うことになったじゃないか?」
「ええ。だからこれは博打です」
干し肉をもぐもぐ食べる子供たちへ目をやり、ルリアは口を開く。
「いい笑顔ですね。きっとこの子たちもお肉は初めてでしょう。私もつい最近までお肉の味が知らなかったからわかります。ーーそして明日になればきっともう二度とお肉を口にすることはないでしょう、黄さんが私たちに協力にしない限り」
「ふっはははは! --頼みも取引もダメだったから、今度は脅しか?」
「いいえ、言ったじゃないですか、これは博打です」
ルリアに真っ直ぐと見つめられ、黄は深く息を吸い込んだ。
「クーカスを助けてくれた黄さんはきっといい人と信じています。そんないい人が、この子たちの笑顔を守るかどうかに、私は賭けたのです」
ぱたぱたと、子供たちのリーダーみたいな、吊り目な男の子がルリアに寄ってきた。
「ねえ、もってくれ」
すると、「ちょっと、ダメよ。お姉ちゃんたちは大事なお話をしているの……すみません」と言って子供たちの世話をするフードを被る女性がやってきて、ルリアに謝りながらその子を連れ去ろうとした。
「ごめんね」
ルリアはしゃがんだ。申し訳なさそうに、ルリアは子供たちに、「あれが全部なの、ごめんね」と言った。
それを聞いた子供たちを失望したように頬を膨らませ、瞼を垂らした。
「参ったよ、とんだお嬢ちゃんだ……」
ため息をつき、黄は少し嫌味を込めた拍手をルリアに送った。
「お嬢ちゃん、本当はいくつだ?」
「16歳です」
ニコリとルリアが答えると、黄が「嘘つけ!」と舌打ちを漏らした。
「わかった。お嬢ちゃんの話に乗ってやる」
「ありがとうございます!」
「まだ喜ぶな。条件がある」
「干し肉じゃダメですか?」
「干し肉に命をかけられるか! バカ!」
フードを被る女性の腕に眠っている赤ちゃんを見て、黄は急に自分の音量を押さえた。
すぅすぅと息しながら眠っている赤ちゃん。その細い腕を一瞥して、黄はルリアに言う。
「ステーキだ。ーー干し肉だけでなく、ステーキも寄越せ」
「すてぃき?」
ルリアが小首をかしげてシーカとクーカスに目を向くと、シーカが「……サンスさんが作ったあれ」と答えた。
「あれですか! --あっ、ごめんなさい……」
赤ちゃんがいることに気づいて慌てて両手で口を覆うルリア。ゆっくりと手を離して、ルリアは黄に親指を立てた。
「お目が高いですね! サンスさんのステーキは美味しいですよ!」
そんな彼女を見て、黄は破顔した。
これで、交渉成立。
「探したい奴の名前はサンスか?」
「とその仲間たちです」
髭を撫でながら黄はしばらく黙った。そして数秒経つと、
「サーシャ。任せられるか?」
黄はフードを被る女性にそう訊いた。サーシャと呼ばれた女性はすぐに頷いた。
「じゃあ、詳しいことは彼女に話してやれ。--普段は子守りをしているが、サーシャは優秀な情報員だ」
黄はそれだけ言って地下牢の奥へ行った。
「サーシャ?」
まるで聞き覚えのある名前を思い出したかのようにルリアは眉を顰める。隣にいるシーカが彼女の耳元に「……レジスタンスのアジトで会った」と言うと、ルリアは合点したように両手を合わせる。
「サーシャさん!?」
女性はフードを外した。長い茶髪が滝のように流れ出し、サーシャは三人も挨拶をした。
「さしぶりです。パイオニアの皆さま」
「さしぶりです! 無事だったのですね、よかったです」
あの襲撃で何人も命を失った。当時生き残ったレジスタンスの中にサーシャの姿が見えなかったからもしかしてと思ったが……と、サーシャの無事を確認したルリアの目に、感動の涙がキラキラと輝きだした。
「サーシャさん。ごめんなさい、まだ危険な仕事を」
クーカスがサーシャにそういうと、サーシャが「そんな。一番危険な任務に出るのはいつもあなたのほうじゃないですか」と返した。
「クーカス、あんた知ってたの?」
まるで昔から知りあっていた友人かのように話し合っている二人を見て、ルリアは口をぽかっと開いてしまった。
「まあな。俺が最初にここに来た時は皆に警戒されていたが、サーシャさんが俺に気づいて皆に説明してくれたんだ」
へーとルリアは驚嘆を漏らした。
眠っている赤ちゃんを他の一人に渡して、サーシャはルリアに訊ねた。
「他の皆さんは……」
「皆も無事です。……あの後多くの人が亡くなりましたが、生き残った皆は教会の皆と合流して、今は【アース・タウン】という新たな拠点にいます」
「そうですか」
サーシャがそう言って、口を噤んだ。
「どうしました?」
「あ、いいえ……」
目が泳ぐサーシャの様子を見て、ルリアが「あっ」と【アース・タウン】で手に入れたある情報を思い出した。
「ボルスさんも無事です。心配しないでください」
すると、今度はサーシャが驚いた表情になった。サーシャと同様に、クーカスも目を大きく見開いた。
ルリアは「へへへ」と頬を赤らめながら皆に説明した。
「実は聞いちゃったんだ。ボルスさんはサーシャさんの恋人だって」
「ええ!? 俺知らなかったぞ?」
「クーカスが知らないのは当たり前」
次にクーカスは素早く顔をサーシャに向けて、
「本当かサーシャさん?」
「あ、え、ええ……ボルスとは幼馴染で」
まるで昔の思い出を思い出しているかのように、サーシャは顔を上へ見上げた。
「そういうこと。--っていうかなんであんたが落ち込んでんのよ」
「はぁ? 別に、落ち込んでないし……うっせぇよ! サンスさんたちが待ってるんだこんなくだらない話をしてる場合じゃないだろ?」
妙に取り乱したクーカスをジト目で見つめ、「ふーん、怪しい」とルリアがこぼした。
「まあ、それはそうですね。--本題に入りましょうか」
改めて、ルリア、シーカ、クーカス三人が一列に並べて、ルリアがサーシャに言った。
「私たちにできることがあれば遠慮なく言ってください。--サンスさんおよびその仲間たちの捜査をお願いします」
「……お願い、します!」
珍しくシーカの声がはっきりと響く。でもそんなことを今は誰も突っ込まなかった。




