31 - 地下牢へ
気持ち悪い。
それが気持ち悪いものを見たからではなく、そんなことを今まで知らなかった自分がいることに吐き気がする。
帰りの途中で、ルリアはずっと黙っていた。これからどうするかについて話し合うと言ったが、なぜかルリアが黙っているとシーカとクーカスも口を開けなかった。
肉。肉が詰め込んだ袋を肩に乗せて、シーカとクーカスは前を歩いている。
まずは例の隠れ家に帰ってアニモの肉を下ろし、食料にして皆に配る。次にはクーカスが背負っている袋にある、殺された人たちの肉をどこかに埋めて墓を作るのが今のところの予定だった。
「ねぇ」
やっとルリアが口を開いた。
「やることがあるって言うけど、それ、もっと早く済ませないかな」
振り向く二人に、ルリアは続けた。
「ここの人たちを助けたい。二人もそうでしょうけど……今でも、あんな酷いことをされている人たちがいるよね? ここだけじゃなくても、どこかで、--私たちの知らないどこかで、きっと」
ルリアはクーカスが持っている袋へ目をやった。
「俺だって早くしたいさ。でも、ーー認めたくはないが、ボスイヌは強いぜ。その手下も只者じゃない」
拳を握りしめ、クーカスがまるで実際に会った話を語っているかのように顔を引き締める。
「この町にあちらこちらに奴らの監視が行き届いている。ーーボスイヌを狙うチャンスはなかなか」
「……違う」
クーカスが珍しく考えことをしていると、シーカは低い声でそれを遮った。
「……全部だ。一匹一匹殺して行けば、いつかはボスイヌにたどり着く」
「え?」
シーカの言葉にルリアは思わずはっと目を見開いた。
「……カントウのおっさんが言っている、共存。それはできないと思う」
「いや、シーカ。私たちも見たじゃないか、特殊個体を倒せばアニモは皆動物に戻るって」
3メートルも超えたネズミ型アニモが、手のひらに乗せられるサイズになった光景を思い出して、ルリアは目を細める。
「……そうじゃない。そういう問題じゃないんだ、ルリア」
袋を地面に卸して、それを見つめたままシーカは語り出す。
「……弱肉強食って言葉知ってるか? この世界はそもそもそれをルールの元に成り立っているのだ。昔は人類が強かった、だから動物を食べることができた。そして、今は人類が弱かった、だから食べられた。--食べる者と食べられる者。共存とはこの二つの中のどれになるかだ」
そして再び袋を担ぎ上げ、隠れ家のいるほうへ歩き出す。
「……俺は食べる者になる」
「俺もだ」
クーカスがその後をついていった。
またあのゴミ山に潜った。何回も歩いたが、未だにルリアはこの臭いが慣れなかった。
むしろ今の臭い前回よりも一層刺激的になった気がする。
「ん?」
隠れ家の小屋が見えない。代わりには、木の屑でできた小山が目の前にあった。
嫌な予感がした。次に、まるでその予感を裏付けるかのように、ルリアは足元の地面にある、人類のものとは考えにくい足跡を見つけた。
「これって……」
もはや口に出す必要もない。この光景を目のあたりにした三人はすでに、消えた小屋と急に現れた足跡は何を意味するかを理解した。
ーー隠れ家は襲われたのだ。
「どうして……」
「……わからない」
壊された小屋の廃墟を漁って、シーカは血まみれの布を一切れ拾い上げた。
クンクン、と匂いを嗅いで、シーカは「……皆、無事だと思う」と言う。
「わかるの?」
「……ああ。これは『肉』の血だ、人類のものじゃない。しかもこの中に鍋や包丁などの調理道具がない。アニモに持っていかれたとは考え難い、きっとサンスさんが持っていったんだろう」
そう説明を聞いてルリアは少し安心した。また自分たちが離れたせいで誰かが死ぬのが嫌なのだ。
「サンスさんたちはどこに行ったの? 早く合流しないと……もしかして今も追われているかもしれないから」
ルリアは「ボックス」の帯をぎゅっと握った。サンスたちは無事だとは言え、ここが攻撃を受けたのも事実だ。早く彼らを助けに行かないと、今度も無事とは限らない。
「クーカス?」
さっきからやけに静かだった、しかも晴れない顔をしているので、ルリアは彼に話を振ってみた。
「あっ、いえ、……そうだ。早くサンスさんたちを探そう」
今気づいたかのような様子だった。クーカスが袋を下ろして、そこで小さな墓を作った。
シーカとクーカスは慣れたように両手を合わせて、目を閉じた。それが死者を慰める作法らしいと言われ、ルリアもそれを真似した。
弔いが終わったら、皆が行きそうな場所に心当たりがある、とシーカが言った。
「……この町に安全な場所などない。だからいつでも逃げられるように、いくつかのアジトを用意してあるって前にザラさんが言った」
【万種の町】はそう大きくはないが、三人が徒歩で歩きまわせるほど小さくもなかった。シーカの喋り方からすると、予備のアジトの場所は把握しているが、サンスたちがどのアジトに移動したかは不明だ。今から一つ一つ当たっていくとしても、かなり時間がかかることは予想できる。
「あのさ」
頭をかしげて悩んでいると、クーカスは提案を持ち出した。
「俺がお世話になったところに行かないか? --サンスさんのような料理は出せないけど、人探しなら力になると思う」
「……それは」
シーカが細めた目をクーカスに向けると、クーカスは顎を引いた。
「ああ、俺がお世話になった場所は地下牢だ」
しばらく考え込んだふうにシーカは顔を下へ向いた。そして1分ほど経つと、「……そうしよう」と決断を言い出す。
「ありがとう、シーカ。--ルリアは?」
「私は」
ここに来てから、シーカとクーカスの会話がわからないことが多かった。ちょっと寂しい気持ちになるが、ルリアはそれを埋めたいと思っている。
「もちろん、私も行くよ」
二人は何か変わった。でも、二人は仲間であることは変わっていない。
クーカスが言う地下牢とはどんな場所か。なぜそれを聞いたシーカはそんな顔をするのか。そこにはどんな危険が待ち構えているのか。
わかることは何一つない。だけど、ルリアはそこへ向かうと決めた。
「さあ、行きましょう。ちょうど、私もこの町を色々見たいと思っているところだったわ」
踊るような歩幅を踏み、ルリアは方向も示されていないのに適当に歩き出した。
「どうしたんだよ。ちょっと待てって、ーーそっちじゃない!」
彼女に追いつくクーカスは途中で自分も戻る道をよくわからないことに気づいたように、振り向いてシーカに言う。
「シーカ、バトルショーの会場まで案内してくれないか?」
自分が言い出すことなのに、本人が行き方を知らないなんて。でもそれがクーカスだと改めて気づいたのか、シーカは「……やれやれ」と口元を緩めた。




