29 - 肉
肉。動物の皮下組織および筋肉のことである。
かつて人類はほかの動物の肉を「食糧」として食べる文化があった。
「わぁ」
ルリアは運ばれてきた皿を見つめて、方舟のデータベースで見た知識を思い出した。
見るのは初めてだ。ゴクリと、その香ばしい匂いに誘われて、ルリアは唾を飲み込む。
「肉は食べるものであって見るもんじゃない! --さあ、早く食べて! 冷めちまったら殺すぞ!」
怒鳴りオヤジ。名前はサンスらしい。ナイフとフォークを持ってきてくれた彼はルリアの後ろに立ったままじろじろと三人の様子を見る。
ぱちぱちと足を揺さぶり、胸の前に手を組んで、指をぽちぽちと動かす。
ルリアがナイフとフォークを持ったまま小首をかしげると、サンスは「チッ」となぜか機嫌悪そうに舌打ちをする。
何か失礼なことでもしたのかと、ルリアはシーカへ目線を送った。
シーカはそのまま、左手にフォーク、右手にナイフを持った。フォークで肉を刺し、その横でナイフを切る込む。スライスして、そのひと切れを口に入れて、食べる。
それを真似して、ルリアも一口肉を食べると、サンスは首を前に突き出すようにルリアの顔を伺った。
「うっ、うううぅぅぅん!」
しかしルリアはそんな変なオヤジの変わった行動に気づかない。
「何何何何、なにこれ! おいしいだけど! あなた最近ずっとこんなおいしいもの食べてるの!?」
頬が溶けそうになった。それでも辛うじてルリアはこの感動をどうにか言葉にしようとした。
「いいないいな。【アース・タウン】ではキャベツとジャガイモしかないのに……肉ってこんなにおいしいんだ。--むぅん!」
ふっと後ろに立っているサンスの気配に気づいた。ルリアは口に肉を入れたまま振り向く。
「ありがとうございます! サンスさん。すっごくおいしいです!」
「あ、当たり前だこのやろう……」
このも初めてだ。怒鳴りではなくサンスが赤らめた顔でそう呟くのは。
次に、サンスは何かを思い浮かべたかのように顔を一変させた。
「お前……本当にシーカの友達か?」
「ええ」
「あの無愛想なシーカがよくもこんな素直な子と友達にいられるもんだ……」
「シーカがどうしたましたか?」
ルリアが聞き返すと、サンスは「いや、別に」と言葉を濁した。
「……俺の時は、ずっと俺がおいしいと言うまで後ろに立っていた」
「ああ、そうか。それは大変でしょう。シーカはあんまりそういうの口に出さないからね」
「……別に。聞きたいと言ってくれれば」
ルリアとシーカがそう話していると、横にいるサンスの顔がさっきよりも一層赤くなった。
「う、うるせぇ! 食事の時に喋るじゃない! 黙って喰ってろ!」
再び怒鳴りオヤジに戻り、サンスはそれだけ言って厨房に戻った。
最後の一切れをおいしくいただいて、ルリアはやっとクーカスがこんなおいしい料理に一口も食べてないことに気づいた。
「どうしたの? クーカス。食べないの?」
「ああ、いや……その、肉は、ちょっと」
クーカスの顔は嫌悪そのものだ。人の味覚はそれぞれだが、この肉料理を嫌う者が存在するとは考えられない。
「そういうなら私が食べちゃうよ?」
「ああ、食べられるならーー」
「馬鹿野郎! 男が肉を食わないでどうする!」
クーカスが自分の皿をルリアに差し出すと、サンスがまだ怒鳴って出てきた。
じっとクーカスを見るサンス。フンと笑って、サンスはクーカスに聞いた。
「お前、この町の住人ーーじゃない。でも、この嬢ちゃんと違ってここに住んだことあるだろ?」
クーカスが何も答えないでいると、シーカはルリアが食べ終わった皿に、自分の皿を乗せた。
「……彼はバトルショーに出ていた。この一ヶ月の間に」
「そうか。道理で食べられないんだ」
何か納得したようにサンスは笑った。そして蠅でも食ったような顔のクーカスに、肉が載っている皿を彼の前に戻す。
「心配はない。これはお前が思う肉じゃない。--シーカに聞けばわかる。彼が獲ってきた肉だからな」
そして再び厨房に戻る前、クーカスに「それとも、そっちの肉のほうがいいか?」とうす気味の悪い笑みを見せた。
「……奥に人間の肉もある」
シーカは厨房の隣のドアを見てそうこぼした。次は目をクーカスに戻り、「……でもこれは違う。食べて」と言った。
「お前ら、奴らと同じ、人間も食うのか」
「……バカを言うな。あれを食糧じゃない。奥にあるのは奴らに殺された人たちの死体だ」
シーカは綺麗なフォークとナイフをクーカスに渡した。
「……地球の人間は死んだら墓というものを作るらしい。でも外ではろくに墓も作れないということだ」
それを聞いたクーカスはシーカからフォークとナイフを受けた。
フォークで勢いよく肉を刺し、次はナイフも突き込み、肉を抉る。
「食べ物を粗末にするんじゃない!」
着替えたサンスの怒鳴りが飛んでくる。一体厨房で何かをしているんだろう。もしかしてずっとこっちを覗き込んでいるのではないかとルリアがふとそう疑った。
「気持ちはわかる! その怒りを生きた奴らにぶつけろ!」
そしてサンスはポケットから一枚のメモをシーカに渡した。
「それはなんですか?」
ルリアがそう訊いて、サンスがにやっと返事した。ルリアはその返事に思わず背筋がピンと伸びた。
さっき初対面した時よりも、冷たくて重い殺気を感じたから。
「仕入れのリストだ」
ちらっと見たが、サンスがいう「仕入れのリスト」に書かれていたのは、とあるイヌ型アニモの絵と、この町の地図だった。
「皿はそのまま置いていいわ」
厨房から更に一人の女性がやってきた。三人の皿を片付けながら、彼女は長い前髪から鋭い目線を漏らして、ルリアとクーカスに射る。
「二人さんもどう? バイトとしてシーカと一緒に行ってくれないか? --まあ給料は出せないけど、今夜の煮込みを腹いっぱい食べられるよ?」
「……ザラさんの煮込みは遠慮しとく。この二人はまだ耐性がないんだ」
女性の名前はザラという。シーカの話から推測すると、どうやらこの女の料理はサンスさんのようにはいかないらしい。
「私だって普通の料理は作れるわ。--もちろん、そっちがいいならいつでも注文してね」
へへへとザラが薄笑いを漏らしながら奥の部屋に入った。
はぁとルリアがため息を漏らした。
どうやらここのコックは皆、「殺し」を副業にしているらしい。
「……さあ、行こう」
例の白いマントを纏い、顔を隠す。シーカは仕度を済ませてから、ルリアとクーカスを外へ連れ出した。
「面白い人たちだね」
「……ああ、いい人たちだ」
歩きながらシーカは一ヶ月前のことを話した。
三日にわたる戦いの果てに、シーカの刃が尽きた。追手から逃げて、最後は空腹でこの「ゴミ山」に倒れた。
その時、助けてくれたのが、ちょうど「肉の仕入れ」のために出かけてくるサンスたちだった。
「シーカ。もしかしてやらなきゃいけないことって」
「……恩返し」
やはり、とルリアは内心で呟いた。
「……それと、この町を解放する」
顔を上げて、シーカの目の先を追う。
そこにあるのは、一ヶ月前にルリアたちが破壊したドーム。
「……一刻も早く、イヌの王を討たなければ」




