28 - 三人で
光。風。爆音。そして焼かれた地面。
正門に駆け付けた者たちが知られることはそれだけだ。
真っ黒に焦げた屍がいくつもある。だがそれ中に、人類のものはなかった。
「これは一体……」
誰が説明してくれとオーセルがそう願うように目を大きく開いた。
誰が、何を、どうやってこの正門を一瞬で戦火が舞い上がる戦場にしたのか。それらに関する情報は一切ない、結果だけ突き詰められて、オーセルはぐるりと【万種の町】へ向く。
「まさか……」
三人の人類の姿が過ぎる。だが、すぐにオーセルは頭を振った。
確かに、一ヶ月前にあったあの人類たちは強い。ーーだが、それも「人類にしては」の話だ。いくら強くても、人類ごときがここまでやれるとは考え難い。
考え難いが、オーセルはどうしてもその考えを頭の中から振り切れなかった。
「隊長」
後ろから警備隊の一員がやってくる。
報告によると、今日は例の三人組の一人はバトルショーの最中で逃亡。そして同じ今日で、アニモを狙う指名手配犯もあちらこちらで目撃情報が上がったらしい。
「そうか。わかった」
となると、今日この正門に現れた人類はあのメス人類に違いないとオーセルは判断した。
もはや偶然と言ったら逆に不自然に感じるのだ。あの三人が同じ日に動き出すとは。
「上には報告するな」
「でも」
「報告するな。--いいな?」
「は、はい!」
有無を言わせない気迫で、オーセルはすべての隊員にそう指示した。
「そして、これより一級警戒状態に入る。ーー人類を誰一人も【万種の町】から出すな」
出入りする者はすべて厳重にチェック。毎日24時間は必ず4個隊以上の警備隊が町を巡視する。いつ戦闘が起きてもすぐに対処できるように残った隊は全員戦闘準備をしたまま待機。
ーーこの一級警戒状態を考えてから、実行するのはこれが初めてだった。
「これで、我が王の信頼を必ず取り戻す」
あの三人を【万種の町】に入れて、大事はなかったが人類に王への攻撃を許してしまった。その上にあの三人を捕まえずに逃がされてしまい、王の側近でるオーセルは今じゃあ警備隊の隊長に降格された。
警備隊の象徴である、赤い首輪。この忌々しい首輪を爪で引っかかって、オーセルは牙をむきだす。
「ーー今度こそ、逃がさない!」
ーーーーーー
クーカスは無事だ。彼の話によるとシーカも無事のようだ。
今はすぐにシーカとも合流して、次の作戦に移りたいとルリアは考えた。
「ねえ、ここちょっとあれだけど」
クーカスの後ろについていって、【万種の町】の大通りの北へ向かう。その先にあるのは、ゴミの捨て場のような場所だった。
「俺もよくはわからないけど、ここの匂いは奴らにとってかなりきついみたいだから、ここにいればしばらくは安全だ」
「私にとってもきついだけど」
ルリアは鼻を指でつまんだまま周りを見る。
何かの糞と、腐った何かが混じった、何かがルリアたちを囲んでいる。原型を保っているものはほとんどなく、ルリアはそれを「何か」としか言えなかった。
「あっ、いたいた」
ゴミの山を乗り越えて、白いマントを纏う誰かがルリアたちの前に現れた。
思わず「ボックス」を起動させて、ルリアは一歩下がった。だが、
「……こっち」
男が口を開くと、ルリアはすぐにそれがシーカだとわかった。
「シーカ!?」
驚いたルリアはシーカに近づいて声を上げた。
「何? その格好は」
「そっちか!」
頭を掻きながらクーカスが話に割り込む。
「だって、シーカは口数こそ少ないが別に恥ずかしいなわけでもないでしょ? --顔を隠すような人じゃないし」
「まあ、俺も今日見たときはびっくりしたけど……ほれ」
クーカスは地面に落ちた手配書を拾い上げてルリアに渡した。
だが匂いに気にしているルリアはそれに触れようとせず、クーカスはそのまま広げてルリアに見せる。
「シーカは今顔が割れているからな、こうでもしないとろくに町を歩けないんだ」
「へぇ……結構うまいねこの絵」
ルリアのさりげない一言がクーカスの顔を暗くさせた。
「どうしたの?」
「あ、いや。後で話そう」
「……場所を変えよう。こっちだ」
シーカが前に歩いて、二人は後ろでこの一ヶ月間の話について話した。
クーカスはあの後はすぐに捕まえたらしい。人類をペットとして飼うイヌ型アニモに買われて、身体の大きいクーカスはそのままバトルショーという、人類とゴリラ型アニモの殺し合いを見世物にする悪趣味な試合に参加させられた。
碌な食事も寝どころもないが、試合に勝てば少なくとも殺されることはない。クーカスはそこで一緒に飼われた人類たちと生活していた。
じゃあシーカは? とルリアが聞くと、クーカスは両手を開いて、知らないと肩を竦める。
「町中にシーカの手配書が張られていた。何かアニモたちを暗殺しているみたいで、俺もそれしか知らないよ。--殺し屋でもやってたのか?」
シーカにも聞こえるように、クーカスは声を大きくした。
だがシーカは何も返さなかった。
そしてある汚いの小屋の前に、シーカは立ち止まった。そこが目的地みたい。
シーカがドアをあるリズムに従って叩くと、ドアが開けた。
「帰ってきたのか。ーーそちらは?」
同じく全身真っ白な男がルリアとクーカスを見て訊いた。
「……俺の仲間」
そうか、と男はそれだけ言って、ルリアとクーカスを小屋に入れた。
足を踏み入れて、中は外とは全く違って、綺麗でいい匂いが漂っている。
「シーカ! ぐずぐずしてる場合じゃねぇ! 早くこっちを手伝え!」
怒鳴り声が聞こえて、その3秒後に右手がないオヤジが鉄鍋を左手に持ったままこっちにやってきた。
「うん?」
じーとオヤジはルリアとクーカスを睨むように見つめた。
一瞬だけ、敵意のようなものを感じたルリアだが、今度はさっきのようにすぐ反応をしなかった。
「新入りはまずは手を洗え! ーーシーカ! 殺菌のやり方を教えろ! お前がその二人の指導係りだ!」
またもクーカスより大きい声で怒鳴って、オヤジは奥へ消えていった。
「っはぁ……」
緊張が解けて、ルリアとクーカスは大きくため息を吐いた。
「すげぇ迫力だ」
クーカスがいつの間にか額に汗を滲ませた。ルリアもゴクリと緊張の唾を飲み込む。
さっきは反応しなかったというより、できなかったのだ。
「さすが殺したのアジトだな……シーカ、あついお前より強ぇじゃないか?」
渡された殺菌剤で手を洗いながら、クーカスとルリアはシーカに話かけた。
「……俺は殺し屋じゃない」
マントを脱いで、壁に掛ける。白いマントを脱いだシーカの服装も、真っ白だった。
「……俺はここでコックをやっている」
「ええ!? シーカって料理できるの?」
ルリアが声を上げると、さっきのオヤジの怒鳴りがまだ飛んできた。
「バカやろ! お前が料理するのは百年早いんだよ!」
咄嗟にルリアとクーカスは両手で耳を塞いだ。
耳膜が破れそうだ。ゆっくり両手を離して、ルリアのお腹が「ぐぅ」と音がなる。
「なあシーカ。料理できるなら何か作ってよ。俺腹減っちまったさ」
クーカスもぐぅとお腹から音を出しながらシーカに言った。
「……わかった」
奥の部屋に案内されて、そこはシーカの言う通りの厨房だった。
「シーカ! そこの肉をーーまあいい! お前もそこに座っとけ!」
またも怒鳴り声が飛んでくる。
ルリアは眉を顰め、小声でシーカに愚痴をこぼす。
「一々怒鳴らないと離せないのかあの人は……」
オヤジに一瞥して、シーカが軽く笑みを浮かべる。
「……あれはしょうがない。でも、いい人だ」
料理が並んでない食卓に座り、三人は厨房の中を覗く。
数人の料理人らしき人があの怒鳴りオヤジの指示の元で、てきばきと動いている。
「……いつもなら、肉を切るのは俺の仕事だが」
肉が並んでいる台を眺めて、シーカがそうこぼした。
「じろじろ見るんじゃない! もうすぐできる! ガキはガキらしくおしゃべりでもしとけ!」
一体何をオヤジにそこまで怒らせたのか。ルリアは呆れた目で小首をかしげた。
「……あれはあれで気を遣ってくれたんだ」
シーカがフォローを入れてから、顔を引き締めてルリアとクーカスに「これから大事な話をする」ような姿勢を見せた。
「……ルリア。方舟からは何か?」
「新たな任務が出たけど」
ルリアがそう答えると二人は眉にしわを寄せた。
「どうしたの? 二人とも」
「あのさ、ルリア。俺は今、ここでやらなきゃならないことがあるんだ。だから」
言い辛そうに、クーカスは何回も言葉を組み直して言う。
「だからその任務、お前とシーカって行ってくれないか?」
「……悪い。俺も行けない」
すぐにシーカも口を開く。
「……俺はまた、やることが残ってる」
真剣な眼差しでこちらを見る二人を見て、ルリアはやれやれとため息を吐く。
「私に、またあなたたちをここに残して一人で逃げるだと?」
さすがにルリアも棘のある声で怒った。
「悪ぃ!」
両手を合わせて、頭を下げるクーカス。それにつれて、シーカも頭を下げた。
「断る!」
軽くテーブルを叩いて、ルリアはきっぱりと言った。
「何カッコつけて一人で何とかしたいんだ? シーカじゃあるまいし……シーカも! たまには私たちも頼ってよ!」
何の話かさっぱりわからないような間抜け顔で、クーカスはぽーとルリアを見上げた。
「断ったわ、アークからの任務。まずはクーカスとシーカを助けなきゃって。--カグヤ姉には悪いけど」
新しい通信機を出して二人に渡し、ルリアくすっと破顔する。
「困ったら手伝う。--三人でね!」




