26 - 再会
息を飲み込んだ。
観客の誰もが目の前に起きているこの矛盾を理解しようと、汗を滲ませる。
バトルショー。決勝戦。
シルバファングの攻撃は次々と重くなっていく。石柱のような双拳がクーカスの身体に振り下ろすたびに、地面の振動がその破壊力を保証するように伝わってくる。
「おのれぇ! くたばれぇ、人類!」
シルバファングは咆哮した。
クーカスに一撃で突き飛ばされてから、このような台詞を発するのこれでもう何回目なのか。
目が離せない。瞬きの一つでもすれば、次の瞬間に今リングの中央に立っている少年が潰される光景でも浮かびそうだ。
だが、思わず疑ってしまう。観客の誰もが思わず、自分に問いかけた。
ーーなぜだ? と。
なぜ倒れない?
なぜあんな小さな身体で、そんな攻撃を受けられる?
なぜシルバファングの嵐のような攻撃に一歩も動けずにいるその人類はあんな余裕な顔ができるのだ?
「ゴオオオオオオオ!」
シルバファングの雄叫びは、リング周辺の鉄柱をも震わすものだった。
攻撃される者は余裕を構え、攻撃する者は焦りを顔に浮かべる。
そしてある瞬間をもて、クーカスはこの矛盾する光景に終止符を打った。
このバトルショーの主催者。燃え上がる炎のような赤い毛皮を持つイヌ型アニモ、通称「赤毛のザンオ」。
ーーそれが今回の本当のターゲットだ。
おそらくシルバファングの巨体に視界を遮られ、クーカスがどうやってシルバファングの攻撃を凌げたのかがよく見えなかっただろう。それをよく見たいかのように、VIPルームで観戦していた「赤毛のザンオ」およびその警備らしき者たちが出てきた。
「出て来やがったな!」
軽くジャンプする。振り下ろされるシルバファングの右パンチを交わし、クーカスはそのままその拳を踏み台に、今度は大きく跳躍した。
「なっ!?」
急な動きに反応できず、シルバファングは目を見開いたまま固まる。
クーカスは突進した。リングを囲む檻を破壊して、主催者がいる方へ更に近づく。
右手を拳に、力を溜める。攻撃が届く距離まで近づいたら、確実に殺す!
「ぎゃああああああああああ!」
突発的なアクシデントに、観客たちは悲鳴を上げた。それからパニックの連鎖を起こし、観客たちが逃げ回る。
バトルショーの最中に、見世物が檻から出たなんて。この前代未聞の出来事の原因は自分にある、とクーカスは思った。
予想内のパニックだ。クーカスは波のような流れる観客の中から、的確に「赤毛のザンオ」の姿を捉えた。
「っ!?」
アニモの群れを通り越し、クーカスはターゲットのへ向かうと、はっとこのパニックの原因は他にもあると気づく。
「これは……」
目の前に転がっている「赤毛のザンオ」の頭を見つめて、クーカスは耳を澄ませた。
顔を上げると、「赤毛のザンオ」の胴体の傍に、長い包丁を持っている少年がいた。
クーカスの視線を感じたのか、少年がすぐにこの場から去ろうとした。
「シーカ!」
クーカスはその少年に呼び掛けた。
「俺だ、俺!」
自分の顔に指を指しながらクーカスは喜びの色を顔に浮かべる。
「……クーカス?」
「そうそう!」
その間抜け面で思い出したのか、少年はマフラーに埋もれた顔を外へ出した。
黒い髪に黒い瞳。その顔を見た瞬間、やっぱりこの人はシーカだとクーカスが笑った。
「……ずいぶん、変わったな」
「お前が言うかよ! なんだその格好は?」
クーカスはシーカの服装をじくりと見直した。
白い頭巾に、白いコート。頭巾からはみ出した黒髪以外シーカはまるで細い雪だるまのように全身真っ白だった。
「俺は毎日あれを見ていたからすぐにわかったけど、もし今のお前をルリアが見たら絶対わからないぞ」
壁に張り付く手配書を見て、クーカスは冗談のつもりでそう言ったが、シーカは一気に真剣な顔で近づいてきた。
「……通信機を出して」
「え? どうした?」
「……俺の奴は前の戦闘で壊れた」
不穏な雰囲気を匂わせる口調に、クーカスも今は仲間との再開に浸る場合じゃないとわかった。
「悪い、俺のも壊れた」
クーカスもまたシーカが通信機を持っているのを期待していた。
そうすればルリアと連絡が取れるのに。
「探せ! 今度こそ逃がすんじゃないぞ!」
外からアニモたちの声が聞こえた。
「場所を変えよう。お前がこいつを殺したおかげで今連中は動揺している。今のうちに」
「赤毛のザンオ」の死体を蹴り飛ばして、クーカスが移動することを勧めた。
が、シーカは逆にクーカスを呼び止めた。
「……俺じゃない」
「お前じゃないって……どういうことだ?」
バトルショーの主催者。「黒毛のオーセル」と並び、【万種の町】の王の側近の一体。「赤毛のザンオ」をシーカが暗殺したからこの騒ぎが起こったのではないか、とクーカスが思ったが、どうやらそうではないらしい。
「……行くぞ」
それ以上の説明はない。でもクーカスはシーカについて行くことにした。
一ヶ月間ここで生活してきて、わかったことはいくつかある。
この【万種の町】では、人類は一番下等な生物と見なされている。そして人類と似ている原因で、ゴリラ型は「食べられない」ことを除けばほぼ人類と同じ扱いをされているのだ。
そして、イヌ型とゴリラ型以外のアニモはほぼ全員、「来客」としてこの国に歓迎されている。彼らは元々この地域に生息する者ではないらしい。
だから、このようにアニモに反逆する人類が現れた場合、制圧に向かうアニモは「イヌ型」と「ゴリラ型」だけ。
「この量は……」
街に出て、クーカスははっと息を飲み込んだ。
人類の制圧は普通、ゴリラ型で済む話だ。そもそも生身の人類がアニモに勝てるわけもなく、たまに腕に自信のある人はゴリラ型で十分抑える。イヌ型の出動はめったにない。前回イヌ型が人類の制圧に向かったのは一ヶ月前、ーークーカスたちがここに来た時のことだ。
何十体のイヌ型アニモが門の方へ向かっているのを見て、クーカスの脳内にある考えが浮かんだ。
「まさか」
「……ルリアが来た」
シーカは「多分」と最後に付け加えた。
クーカスがバトルショーを壊したじゃない。シーカが「赤毛のザンオ」を暗殺したでもない。この騒動の正体は、誰かがこの【万種の町】を攻めてきたからだ。
そして、その「誰か」を、クーカスとシーカはよく知っている。
「助けに行かなくちゃ、この数をルリア一人じゃキツイ! ……奴らの戦力をここで分散させるぞ、シーカ」
巷に潜むクーカスは外へ出ようとした。シーカはすぐに彼の手を引っ張り、頭を横に振る。
「何をしている! もたもたしてると奴らは合流してしまうぞ!」
「……俺たちも、合流する」
長い包丁を回して、シーカは先に街へ出た。
「……ルリアのところに行け。俺は後で行く」
まるで、「俺のほうがこの役に向いている」と言いたいかのように、シーカは街中に張り付いている手配書へ目線を配った。
「でもお前の武器がっ!」
クーカスが声を発すると、シーカはすでにこの声が届けないところまで行った。
白衣の少年、長い包丁。一ヶ月ぶりのシーカの変化はそれだけではなかった。
いつも腰に掛けている筒が見当たらない。シーカはそれがなくても戦えるようになったのか、とクーカスは感心するように笑う。
「そうか、そうだよな……そうでなくちゃ」
シーカから目を離れ、クーカスは門のほうへ向く。
波のようにアニモたちが門のほうへ流れていく。そしてわずかに爆発音が聞こえた気がする。
深呼吸して、息を整える。身体の調子を確認するように、クーカスは腕を回した。
「今の俺を見たらルリアびっくりするかな」
門のほうへ向かいながらクーカスは思った。さしぶりに会えたせいか、それともこの一ヶ月間の修行成果を仲間に自慢したいのか、クーカスの顔にニヤニヤが止まらなかった。
--「成長したのはお前だけじゃないぞ!」




