25 - バトルショー
一か月が過ぎる。
「すみません」
【アース・タウン】、カギを掛けられたある部屋。
少し錆がついた鉄の門にある、小さな窓からポカルスの声を聞こえてくる。
「結局バレてしまった」
少し背伸びして、でもルリアの身長ではやはりその窓からポカルスの顔を見ることはできない。
「いいえ、すみませんを言うべきのはこっちのほうです」
1か月前、ルリアに兵器製造の指導をしようとポカルスは手を貸すと言った。
アニモが出現して、大半の人類が「方舟」に乗って宇宙に移住した頃から、カントウ・フジワラを教祖として教会では、兵器に関する資料を全部処分するように指示が下りた。
けれどその中に、カントウ・フジワラの生徒であった時期のレポートを、秘密に保存している人がいる。それがポカルスだ。
どこで教祖にバレたかは、おそらくポカルスも知らないだろう。レポートを出した瞬間、急に教祖が数にの教徒を連れてポカルスの部屋に突撃した。
レポートはすべてその場で消された。挙句ポカルスも今のように「懺悔室」という名の牢屋に閉じ込められた。
「でも、礼を言います。ーーありがとうございます。おかげ様で、友達を助けることができました」
ルリアは鉄の門の向こうにいるポカルスに、深く腰を折る。
兵器に関する研究をしてはいけない。教会のその戒めは、教会に属さないルリアには通用しなかった。
一か月、ポカルスが残したアニメという映像資料をじっくりと研究し、ルリアはそこから多くのアイデアをもらった。新しい発想をすぐに実践に移る。今のルリアが背負っている「ボックス」は、一か月前のものとはずいぶんと変わっていた。
「完成したのか」
「ええ」
「この目で見れないことはとても残念だ」
口を噤み、ルリアは目を下へ落とす。すると今日ポカルスにあるものを渡しに来たと思い出して、ポケットに手を突っ込んだ。
「ポカルスさん。プレゼントを持て来ました。窓から投げますね」
「いい。床に落ちたら壊れてしまう」
前に好奇心をうっかり首を折ってしまった、ポカルス自作の小型ロボットモデル。ルリアはこの一か月間で時間を割り、このロボットを直した。
これが好きなポカルスさんならきっとこれを欲しがっているでしょう。何もない懺悔室にいてはきっと退屈だと、ルリアのそういう心使いをポカルスはドア越しで断った。
「ルリアちゃんにあげるよ。おれのところに置いたらどうせ教祖様に没収されるに決まってる」
大事そうに、ルリアはそのロボットを閉まった。
困った時に助けてくれて、そのためにカントウさんに叱られるポカルス。そんな彼にルリアは何の恩返しもできないことを思うと、ルリアは眉を顰めたまま立ち尽くした。
「行きなさい。待ってるだろ?」
「ええ。そうですが」
「おれは大丈夫だ。初犯だからすぐに出られる」
そう言われて、ルリアは顔を上げる。このドアの向こうに、パン生地のような顔がにやりと笑っているのが見える気がした。
再び腰を折って、会釈。行ってきます、と今度こそルリアは懺悔室を後にした。
伸びた銀髪を一束に纏めて、左肩にかかる。前髪が視線を遮らないように、左右に分ける。
さしぶりに会うんだ。ルリアは鏡の前に容姿のチェックを済ませてから、一直線に【アース。タウン】を出た。
「もう行くのか」
誰も見送りに来ないと思うと、【アース・タウン】の城壁の大門に、カントウ・フジワラがルリアを待っているように佇んでいた。
「ええ、これ以上待たせるわけにはいかないので」
カントウはルリアの後ろへ目をやった。困ったものだ、と頭を軽く振る。
「そんなものでは、地球は救えない。ーー同じ悲劇を繰り返すだけだ」
カントウさんは見送りに来たのではなく、止めるに来た、とルリアは理解した。
ルリアは失望しなかった。そうだろうと薄々さっきから感づいたのかもしれない。
「ええ、わかってます。こんな方法では地球は救えません」
足を踏み出し、大門を通る。
「でも、友達は救えます。--地球を救うのはその後です」
はっとした顔で固まったカントウを残して、ルリアが言った。
これ以上何を言っても無駄、とカントウはルリアの意思を読み取ったのか。杖をついたまま彼は【アース・タウン】に戻った。
ーーーーー
「行くのか」
暗い地下室、一人の老人が嗄れた声を発する。
老人の前に、一人の男が上半身を露わにして、いくつの古傷に薬を塗りながら返事をした。
「ああ」
男は壁に張り付いている一枚の似顔絵を凝視した。
「友達が心配か?」
老人がそう訊くと、男は顎を引く。
「でも、まあ。あいつなら大丈夫だろう」
男は似顔絵をはがした。
両目から深い殺気を匂わせる、黒髪の少年。絵師の腕を称賛すべきか、それともその少年が元々そういう雰囲気なのか。
まさかブラックリストに、それに指名手配書まで張られたとは。男はこの一か月間の活躍に苦笑いを漏らす。
似顔絵を破って、男は老人に向き直す。
「お世話になったぜ。黄老師」
左手を拳の形にして、右手でそれを包む。そして両手を胸の前に構えて、男は礼を言った。それが「黄老師」と呼ばれた老人から教わった作法だった。
「ああ、元気でな。空香」
「やめてくださいよ。空香って女の名前みたい……俺はクーカスだ」
男は本名を名乗った。引き締まった筋肉をそのまま服装にするような格好をしているクーカスから見れば、「空香」という名前は気に入らないらしい。もう何回も異議を申したが、そのたびに必ず黄老師はこう返す。
「わしの門下に入った弟子は皆、わしがつけた名前を使うのだ。異議は認めん」
やれやれと、クーカスが苦笑いを漏らす。
クーカスと呼ばれることは無理だとしても、「空香」だけは無理だ。せめて「空火須」にして欲しい。名前を個人のアイデンティティに関わる大問題。黄老師が弟子の名前にこだわりを持っていると同様、クーカスもそこは譲れないのだ。
だが、今はそれより大事なことがある。
「じゃあ、行ってくる」
この地下室には、上と繋がる階段がある。階段へ向かい、出口を塞いでいる板の向こうから、歓声のような声が聞こえた。
「暴れてこい。ここで一番強いのは誰かを、奴らに見せつけてやろう」
老人がそう言った。振り向いてみると、老人の後ろには数人の子供がいた。
がんばって、と子供たちは応援をしてくれた。
「ああ、任せろ」
板を押して、クーカスは地上へ出る。そこは一つの通路だ。光を向かって、クーカスが更にこの通路から足を踏み出す。
すると、クーカスを歓迎するような声が響く。
「ーーそして、今日の挑戦者は何と!」
リングのような舞台に、クーカスが姿を現れた。
リングは檻のような構造になっており、そしてリングを囲むように、外囲にはたくさんの、しかも種類も違うアニモたちが観客として座っていた。
そして中央に、黄色のイヌ型アニモがクーカスを指しながら観客たちに呼びかけた。
「ーー人類の星! クーカァァァ!」
おおおおおおお! と歓声の波が打つ。
「知っている方もいますが、初めてのお客様に少し説明をさせていただきます。ーー我が【万種の町】の名物、人類とゴリラが生存権をめぐって争うこの『バトルショー』が開催してから十数年、彼は初めてこの決勝戦まで辿り着いた人類である!」
この場にいるすべてのものがクーカスに目線を集めたあと、司会らしきイヌ型は話を続けた。
「まさに、人類にとっての希望の星! この決勝戦に勝てば、彼は多くの同胞を『人類』に戻すことができる。しかし」
次に、観客の目はリングの隅にある、おおよそ20人くらいの人類が閉じ込められている檻へ移った。
「ここで負けたら、彼らは『肉』として皆さまの食卓に並ぶことになるでしょう。--さて、狡猾な戦闘スタイルを駆使するクーカは果たして今日も生き残れるか?」
もったいぶって、司会の者は間を置いた。
次ににやっと口の端を吊り上げ、再び声を上げる。
「わたくしはそれがとても難しいと思います。なぜなら彼の対戦相手はーー」
クーカスの向こうにある出口から、一匹のゴリラ型アニモが出てきた。
クーカスのおおよそ3倍も大きい身体を持ち、全身は刃物のような白い剛毛に覆われる。石柱と思わせる太い両腕は見るに破壊的だが、それよりも脅威を感じさせるのは、そのゴリラ型の口からはみ出す二本の牙だ。
「ーー我らの王者! シルバファング!」
司会の者がそのゴリラ型の名を叫ぶと、会場で大きな拍手が連鎖した。
「多くの人類が『人類』である資格を求めてこのバトルショーに参加したが、そのたびに彼の前に立ちふさがるのがこの無敗の王者、シルバファング! ーーさあ! 頑張れクーカ! お前の死は必ずこのバトルショーの歴史に残ると約束しよう!」
最後のパフォーマンスを終えたらしく、司会のイヌ型は退場した。
「ーーバトルスタート!」
クーカスとシルバファング。両者はリングの中央に寄せる。
「悪く思うなよ、人類。貴様らが過去に多くの罪を犯した。そのせいで貴様と似た遺伝子を持つゴリラたちまでこんな目に会ったんだ。ーーあの世でしっかり罪を償え!」
シルバファングが上から怒りをクーカスにぶつけてきた。
「知らねぇよそんな昔のこと」
クーカスの返事に癪に障ったのか、シルバファングは牙をむき出しに石柱のような両拳をクーカスに向かって叩き下ろす。
下ろされた拳に、クーカスは足を動かずに左手を突き出した。強く突き出すのではなく、シルバファングの両拳の横から少し力を加えたように見える。すると、勢いよく下ろされた攻撃が簡単に左へといなした。
体勢が崩れ、シルバファングは慌ててバランスを取り直した。ここまで名を上げてきたシルバファングも只者ではない。間髪入れずに横からクーカスにまた攻撃を仕掛ける。
連打。連打。雄叫びを上げながら、シルバファングは怒涛の攻撃を続けた。
しかし、クーカスは身体の向きすら変えず、シルバファングの攻撃を左手一本で全部受け流した。
「つまり、お前は昔の人たちに文句言いたいだろ?」
クーカスがそう言った。向かってくる右拳に対して、クーカスは一寸の距離で躱し、そのまま流れるようにシルバファングの懐に入った。
--「発勁」、とクーカスが呟いて、シルバファングのがら空きになって腹部に自分の右拳を打ち込む。
大振りはない。力を溜めた様子もない。そんな何の変哲もない一撃だ。そんな一撃がシルバファングに効くわけがない、と誰もがそう思う時、
「--ぶっ!」
悶絶した声を漏らして、シルバファングは一直線に飛ばされた。
場の空気が凍り付いたように静かだった。さっきの司会も試合の中継を忘れたかのように、固まる。
「昔の人たちに文句言いたいなら言えばいい」クーカスが言った。
口から吐き出す血を拭いながら、シルバファングは立て直した。赤くなった目でしっかりとクーカスを睨みつける。
クーカスも動き出した。
弧を描くように右足を後ろへ回し、身体が側面に向くようにする。右手を拳にして腰のあたりまで下ろして、左手が手刀の形を作って、敵のいるほうへ向ける。
最後は膝を少し折って、重心を固定する。
黄老師から学んだ構えを決めてから、クーカスがシルバファングに言い放った。
--「あの世まで送ってやるよ」




