23 - 内緒話
『こちら方舟』
「さしぶり。カグヤくん」
【アース・タウン】。通信室。
カントウ・フジワラは一人で方舟と通信を繋いだ。
『フジワラ先生!? 生きていたのですか!』
「ははは、悪かったな、死ななくて」
『あ、いえ……そういうつもりでは』
「冗談だよ。--相変わらず真面目だな、カグヤくんは」
懐かしそうにカントウは笑った。
机にかけている杖を撫でながら、カントウが話題を切り出す。
「禿げはそっちにいるか?」
『……ヤハ爺は今研究室にこもっています』
「じゃあ、こっちの回線に切り替えてくれ」
しばらく経つと、カントウとカグヤは違う通話回線に切り替えた。方舟にも、レジスタンスにも知らせなかった回線だった。
『あの、フジワラ先生……』
「心配するな、変なことはしないさ。スカウトするつもりはないし、何か企んでもいないよ」
通信の向こうにいるカグヤの反応が手に取るように、カントウは間を置いて口を開いた。
「あなたに聞きたいことがある」
机においてある三枚の紙に目を通して、カントウが質問を口に出す。
「あの子たちは何だ?」
通信の向こうは沈黙した。
答えられないのか、答えたくないのか。わからないまま3分経つと、カグヤの声が響く。
『……生物学上は、人類、です』
「わたしが訊いているのはそういうことではない」
二人の会話はまるで、言い訳を探す生徒とそれを叱る先生のように見えた。
「いじったのか」
『すみません。私にはわかりません』
カグヤの声には、何か言い難いものような雰囲気を匂わせた。
「あいつ……」
憎い誰かの顔を浮かんだのか、カントウは顔を顰めた。
『でも、これだけは言えます』
さっきの弱気を吹き飛ばしたように、カグヤは胸を張った姿を思わせるはっきりした声で言う。
『私はあの子たちを人間として育てました』
はぁと、カントウは一つの疑問を解けたように長いため息を吐いた。
「そうか」
通信機に手を伸ばし、通信を切った。
笑みを浮かべて、カントウは杖に手を伸ばす。
「教祖様」
ドアを開けると、すぐに一人の教徒が報告をしにきた
「【パイオニア】がーールリアさんが戻ってきました」
わざわざ「ルリア」に言い直した教徒を見て、カントウは目を細める。
しばらく黙っていると、ふとカントウが「そういうことか」と呟いた。
ーーーーー
地面に下りて、会議室がある本ビルへ一直線に走るルリア。
ルリアの帰還を見た人たちは喜悦の色を浮かばせたが、すぐに「早すぎた」「なぜ一人だけ?」と疑問に満ちた表情に変わった。
それに、ルリアの顔色は朗報を持ち帰った人のものじゃない。
会議室に付き、中にはカントウが待ち構えている。
「早かったな」
「カントウさん。方舟に繋いでください」
「それはいいだが」
カントウは通信機に手を伸ばそうとしないまま、ルリアに訊く。
「繋いでどうするつもりだ? --救援部隊でも送ってくるのか?」
ルリアが黙った。その顔から何かを察したようにカントウが続く。
「ないよな。そんなことができるというならこんな事態にはならなかったはずだ」
椅子に座り、ルリアにも座るように手でサインを出す。
「何があった?」
ルリアが【万種の町】で起こったこと、見たことを全部カントウに話した。
長い溜息をついて、カントウは右手の人差し指でテーブルを叩きながら言う。
「無謀すぎた……いや、策略としては悪くないが」
指の動きを止め、カントウはルリアと目がピンと合わせる。
「己の力を過信したな」
返す言葉が見つからない。悔やむようにルリアが唇を噛んだ。
「そして相手の力を過小評価した。あなたたち、--ルリアくん。それはあなたが犯したミスだ」
傷口を抉るように、ルリアはカントウの指摘を浴び続けた。
「クーカスくんとシーカくんを助けにいきたいところだが、残念なことに今の地球で奴らと戦える者はおそらくあなたたち三人だけだ。あなたたちの戦闘を見てきたが、どうだ? ルリアくん。奥の手的な何かを持っているか?」
ルリアは頭を横に振る。
「じゃあ、いつも戦闘中二人に指示を出しているあなたに、ルバルトくんを含めたレジスタンスの皆をあなたに任せれば、二人を助けられるか?」
ルリアは真剣にその案を考えた。
目を閉じり、ルバルトや戦闘に心得る皆が自分の指示で【万種の町】に向かう光景を脳内でシミュレーションする。
すると、ルリアは眉をひそめた。そして次に、ルリアは何かを気づいたように虚ろな目になった。
「あなたも気づいたようだな、ルリアくん。--あなたは今までその二人に頼り過ぎたのだ。巧みに計画や作戦を練ったのではなく、ただハイスペックな機械を操っているに過ぎなかった」
初めて別れた今こそルリアは気づいた。自分一人だけじゃあ何もできないということを。
「わたしの元で動いた方が効率的だと思うね。ルリアくんならわかるでしょう?」
ルリアの顔は暗くなっていく一方、カントウの口の端が何故か僅か吊り上げている。
「……でも。今はそれを悔やむ時間はない」
いつの間にかそらした目を真っ直ぐとカントウへ向き直し、ルリアは誠意を込めてカントウに言う。
「カントウさん。力を貸してください」
「力、か……具体的に言うと?」
カントウがそう訊き返すと、ルリア席から立った。
そして深く腰を折り、頭を下げる。
「兵器の作り方を教えてください!」
目を伏せ、カントウが顔を天井へ向く。
「失望したよ、ルリアくん。まさかあなたがそれを言い出すとは」
杖を手に取って、カントウは席から立った。
「あなたたちに今欠けているものは力じゃない。それ力を正しく使う方法だ。--あなたならわかると思ったが……実に残念だったよ」
「クーカスとシーカはそうかもしれないけど」
カントウの背中に向かってルリアは反論をぶつけた。
「私にも力が欲しいです! カントウさんの言う通り、今まで私はずっと二人に守られてきた……でも! 今度は私が二人を助ける番です!」
お願いします! と付け加えて、ルリアがもう一度頭を下げた。
「断る。--言ったはずだ、今のわたしはただの教祖だ」
あっさりと断って、カントウはゆっくりと会議室を去った。
ーーーーー
【アース・タウン】の人たちはまだ復興の作業に励んでいる。
ルリアの帰還を見て話を聞きに来ようとする人はいたが、ルリアの顔色を見た瞬間に結局皆はやめた。
力。自分一人でも戦える力。
ルリアはずっとそれを考えて、目的地もなく【アース・タウン】を徘徊した。
シーカのような五感やスピードはない。クーカスのような身体もない。ルリアにできることと言えば、「ボックス」をいじることくらいだった。
それでも、ルリアは「ボックス」に兵器を搭載してみた。だがルリアは「兵器」の概念こそ知っていたが、具体的なものは何一つ浮かばなかった。
方舟のデータベースには何一つも載ってなかった。カントウさんも教えてくれなかった。
ルリアがどうしようと悩むと、「こんな時にクーカスとシーカがいてくれたら」という結論にたどり着いてしまう。でもすぐにその二人は今いない現状を思い出して、一人で何とかしなくちゃと、最初の論点に戻ってしまった。
まるで無限のループ。ルリアはそのループから脱出できないまま、【アース・タウン】を歩き回った。
「ええ!? 女子?」
ふと誰かが声をかけた気がした。
振り向くと、ぽんとお腹を前に付き出すような太った男が後ろにいた。
「何でおれの部屋に女子がいんの? ラノベ?」
ぱっと男は自分のほっぺを叩いた。
「あ、すみません……」
よく見ればここは誰かの部屋らしい。間違って入ってしまったことに気づき、ルリアは謝った。
「私はルリア。ーーその、ちょっと考えことをしてって」
「おおおおれは、ポカルスといいます! 24歳、独身です!」
男はポカルスと名乗った。なぜか緊張しているようで、彼は全身のお肉が震動するほど震えながら言う。
「私は15歳、同じく独身です」
相手が年齢まで教えてくれたので、ルリアも同じく自分の年齢を教えた。
「ああ、それはよかった……じゃなくて! ルリアちゃーーさんって【パイオニア】の人? 今任務に行ったじゃなかったっけ?」
そう訊かれたルリアはまた顔を下へ向いた。
「ああああ! 答えたくなかったらいいよ! 別に知りたいわけじゃなくて……あの! さあ、座って座って」
座ってと言っても、この散らばった部屋に座れる場所は一つもなかった。
「ごめんごめん、すぐ片付けるから待ってて……」
ポカルスは散らばった部屋を片付けながらそう言った。
そしてようやく小さな空き地を作った後、ルリアとポカルスはそのまま床に座った。
しーんと、二人は急に黙り込んだ。
にやりとポカルスが笑うと、ルリアはにこり微笑んで返す。
気まずい空気が5分ほど続いた。
これは打破するように、ポカルスが口を開く。
「か、髪綺麗ですね! 銀髪は似合うと思います! そのど、どこで染めたんですか?」
「これは地毛です。すみません……」
「あっ、いいえいいえ、こちらこそ、失礼なことを……」
再び空気が凍り付く。
ポカルスは泣き顔と見間違うほどの笑顔を無理やり作った。ルリアのそれも笑顔というより、必死に口の端を吊り上げているだけだった。
「あの、そろそろ……」
この空気が耐えられなかったのか、ルリアがそう言って立ち上がろうとした。
「ごめん!」
立ち上がって、背負っている「ボックス」が何かにぶつけたルリアは慌てて謝った。
「大丈夫です! どうせガラクタだから」
ポカルスがフォローを入れて、倒れた「ガラクタ」を適当なところへ退かした。
よく見ると、この部屋は何かの機械で満ち溢れていた。少し興味を持ったルリアがじーと部屋中に散乱している部品たちを見つめていると、ポカルスが声をかけてきた。
「その、もしよかったら」
さっきのような緊張して震えた喋り方ではなく、今のポカルスの声には落ち着いていた。
「それ見せてもらえないか?」
「これ?」
ポカルスの目線の先は、ルリアの「ボックス」だ。
「前から興味があったんだ。方舟のテクノロジーはどこまで行ったのかをね」
「いいですけど」
ルリアは「ボックス」を下ろした。
「ふむふむ……」
じーと「ボックス」を見つめて、ポカルスがあるボタンを指してルリアに訊く。
「これを押すとどうなる? --ミサイルと出たりするのか?」
「みさいる?」
「ないの? ……じゃあマシンガンくらい搭載してるよな? 見せてもいい?」
「ましんがん?」
ルリアが一々小首をかしげると、ポカルスが悩んだように指で自分の頭を突いた。
「じゃあ、どんな兵器を積んでるの?」
「兵器は、ないです……すみません」
ぽちりと、ルリアは「ボックス」にあるボタンを操作しはじめた。
シーン! キーン! コーン! ……
と言った音が鳴り響き、「ボックス」が変形して「ウィング」とキーボードが展開した。
「飛行と方舟との通信、機能はこれくらいです」
「--すげぇ! かっけ!」
突如ポカルスは興奮し始めた。
「もっかいやって!」
食いついてくるポカルスの要望に、ルリアは答えた。
「ウィング」を収まり、もう一度展開させる。
「おおおおおおお! いいなこれ! この変形の音がたまらないよな!」
キラキラと目を輝かせ、ポカルスはまるで人が変わったようにぺらぺらと喋り出した。
「……方舟のテクノロジーがここまで来たのか……でももうちょっともの足りないっていうか何っていうか。これじゃあアニモとの戦闘はどうやるの? 空爆と言っても弾薬の収納スペースが小さいよな……やっぱりマシンガンの一つは搭載したところ。でもそれじゃあもっと大きくしないとーーでもそれじゃあ重さが、え? 軽い……どういう素材だろうこれ……」
まるで今目の前にルリアがいることすら忘れたかのように、ポカルスが「ボックス」を隅から隅まで調べ上げた。
「あ! ごめんないさ! 方舟から機械は初めて見たからつい……」
「いいえ、気にしないでください……それにこれは、私が作ったものです……」
「ええ!? すげぇ!」
ぷにぷにした手でポカルスはルリアの手を掴んだ。
「だったらどうして兵器を搭載しないの? あなたたちはおれたちと違って戦闘にきたでしょう?」
「いいえ」
ポカルスの手を離し、ルリアは答える。
「調査に来たのです」
「でも戦うだろ?」
「それはそうだけど……」
口を噤んで、ルリアはこの議論が無意味であると、本当のことを口に出した。
「私は兵器が作れないです……見たこともないし、作り方もわからない」
「作らないじゃなくて、作れない……教祖様とは違うか」
ぽつりとポカルスがそう言った。
「なぁ、ルリアちゃんってもしかしてこれに兵器を積みたいの?」
ポカルスは「ボックス」を見つめたままそう訊いた。
「そう、ですがーー」
「じゃあ」
ポカルスは部屋のドアまで歩いた。
こっそりと隙間から外の様子を覗いて、そっと静かに部屋のドアを閉まる。
鍵をかけてから、ポカルスは小声でルリアに言う。
「おれでよければ教えようか?」
「いいの?!」
「しー!」
指を口元に当てて、ポカルスが言う。
「教祖様にバレるとやばいから、内緒にしてくれたらいいけど」
「ありがとうございます! 内緒にします!」
「礼を言うのはこっちだ。--男はそういうものに目がないんだ。教祖様に禁止されてからもう何年も触ってないんだよ……」
ポカルスはキラキラした目を「ボックス」に向いたまま言う。
--「おれも結構溜まってんだ。ストレス解消を手伝ってくれや!」




