22 - 必ず、戻ってくる
【万種の町】が沸騰した。
「退けぇ!」
叫びながらクーカスが先陣を開く。
町を疾走する【パイオニア】たちの姿を見た者は皆驚愕の色を顔に浮かばせた。ようやく我に返って状況を理解しようとする時に、【パイオニア】の三人の姿はもう視界から消え去った。
町に突っ込み、人群れに潜る。次は巷に入り、姿を隠す。
「ボックス」を飛ばして、上空から【万種の町】の地図を撮影する。その映像をスマホで確認しながらルリアたちは城門へ近づいたが、
「やはり……」
城壁のところにはたくさんのアニモが待ち構えていた。
「いたぞ!」
「くっ!」
後方から追手がやってきた。
すぐに場所を移り、ほかの出口を探す。
「キリがないな……」
クーカスが後ろへ一瞥してそう吐き捨てた。
さすが奴らの本拠地というべきか、いくら走っても追手を振り切ることはできなかった。
「鼻が利く。--方舟からもらったデータにも書いてあった」
クーカスに抱えられているルリアは追ってくるイヌ型アニモたちを見た。
地面にぺったりと鼻をつかせるイヌ型の様子は、図鑑で見た「犬」そのものだった。
が、しかし。
「それ以外の情報は当てにならないみたい」
角を曲がり、ふと攻撃が仕掛けられた。
その不意打ちに素早く反応したシーカは鯉口を切り、攻撃が来る方へ剣先を向くと、キーン! と金属がぶつかる音が響く。
牙をむき出し、爪に殺意を宿らせる。2体のイヌ型がルリアたちを睨みつけた。
「後ろ!」
ルリアが大声を上げると、クーカスが急に振り向いた。
そして見えたのは、顔とほんの数センチしかいない距離で、クーカスを噛み殺そうとする勢いで襲いかかってきたイヌ型の姿がいた。
「……っ!」
電光石火。シーカはその一瞬を見逃さず、素早く足を動かしてその一撃をいなす。
前方に2体。後ろに4体。近づいてくる気配も数体を感じたシーカはルリアとクーカスに言った。
「……先に行け」
ルリアを下ろすことはできない。彼女の足ではシーカとクーカスに追いつけないのだ。
でも、このままルリアを抱えたままではクーカスも戦えない。
この場合、ルリアを先に脱出させるのが上策だとクーカスにもわかっている。
「でもお前」
「……時間が」
2体のイヌ型がいる前方へ一閃。シーカの斬撃をその2体のイヌ型左右へ躱した。
「ーーない!」
有無を言わせない声だった。
シーカが切り開いた道を、クーカスとルリアは唇を噛み締めて突っ走った。
ーーーーーー
「ごめんなさい……」
大胆過ぎた作戦だった。
特殊個体と会えったら、話し合いで隙を見せたところで、倒す。そうすれば被害を最小限に抑えられる。
でも、甘かった。ルリアは大きく己の甘さを後悔した。
「今はそれを言う場合じゃない」
地勢的にはかなり不利。この状況の下で一瞬の油断も許されないのだ。
城壁までは5分もかからない。しかし、そのルートには大量のアニモが配置されているせいで、ルリアとクーカスがやむを得ず、迂回しながら進むしかなかった。
巷に入り、出たところでまた違う巷に入る。ゴミや腐った何かが廃棄されているこの暗い巷では、少しでも奴らの鼻を誤魔化せると思っていた。
「あなたたち!?」
泥水をぱたぱた踏み進む途中で、どこかから声をかけられた。
クーカスがすぐにルリアをおろして、目が行くよるも先に拳を声がする方向へ突き出す。
が、空振りになった。そして今度は目でしっかり声の主を見る。
視線の先にあるのは成人男性おおよそ10人も入れられる鉄の檻だった。今その中にいるのは、白髪の老人一人と、クーカスたちよりも幼い3人の子供だ。
「あなたたちも化け物どもに捕まったのか?」
老人は縋るように話しかけてきた。
「頼む、逃げるならわしらも連れて行け」
地面の振動が、追手の接近を示している。
クーカスが顔を顰めると、老人は何か覚悟を決めたように言い直す。
「この子たちだけでも。お願いします」
三人の子供は老人の袖をしっかりと捕まえていた。まるで「行くなら一緒じゃなきゃ嫌!」と訴えているようだ。
「おい! てめぇら何をやってる!?」
急に檻の後ろから黄色のイヌ型が1体現れた。
「オレの商品に手を出す気か! --おーい! 人類どもが逃げーー」
声を上げてそのイヌ型が救援を呼ぼうとした瞬間、クーカスは一歩踏み出して彼に近づいた。
「誰が逃げるんだ!」
両手を合わせて、上からハンマーのように黄色イヌ型の頭を叩き下ろす、粉砕。
血まみれな両手で、クーカスは檻を破壊した。
「ルリア」
「嫌よ!」
クーカスがルリアの名を呼ぶと、まるで次に出る言葉がわかったようにルリアがすぐに反論を突き返した。
でも、クーカスは破壊した檻の更に後ろへ目をやった。その視線を追うルリアも、彼がここに残る理由を悟ったようだ。
そこには小さな家がある。ドアが占められているが、その中から、人類のなき声が伝わっている。
「お前一人なら飛んで帰れる」
「でもクーカスだけじゃあ……あんたの継続戦闘時間は12時間しかないのよ!」
「それは1年前の記録じゃないか。今は成長してるかもしれないだろ?」
「それでも」
「だから早く行け」
人類が閉じ込められた部屋のドアを破り、クーカスは顧みもせずにルリアに言う。
「そして早く助けに来るんだ」
クーカスはそれだけ言って、姿を消した。
ーーーーー
空から「ボックス」を呼び寄せて、装着してからルリアは空に上がった。
上空から見下ろすと、シーカとクーカスの姿はどこにもいない。ただし、二人の匂いを嗅ぎ回すイヌ型の姿は町中に溢れている。
「シーカ! クーカス! 応答して!」
通信機に声を入れて、ルリアは二人の返事を待っていた。
『……こっちは大丈夫』
「シーカ!?」
先に返事をしたのはシーカだった。
微かに戦闘の音がする。でも彼の位置はこの上空でも視認できなかった。
「シーカ、クーカスもここに残ったわ。二人で合流できる?」
『……こっちは』
声が途切れて、今のシーカは返事一つでもしにくい状況にいることがわかった。
『まだ帰ってなかったのか、ルリア』
「クーカス!? そっちも大丈夫なの?」
『ああ、こっちは大丈夫だ。--なんかすげぇ爺さんがいてよ』
クーカスの方は何か静かだった。
『ごめん、こっちは今あんまり声出せないんだ。--とにかくこっちは大丈夫だ』
「クーカス、そっちはシーカと合流できるの? --シーカ、場所を教えて」
『……西のスラム街。さっき斬ったイヌがそう言ったらしい』
落ち着いた声が返ってきたので、ルリアはほっとした。
「クーカスそっちは?」
『……ううん、わからん』
その返事を聞いたルリアは呆れたようにため息をついた。
こんな大事な時に、自分の居場所もわからないとは。自分が歩いた道すら忘れたなんて、クーカスって本当にバカだ、とルリアは思った。
でも、だからこそルリアは微笑んだ。
「わかったわ」
いつも通りの二人。だから、きっと大丈夫だ、と。
「必ず、戻ってくる!」
『……待てる』
『あんまり待たせるなよ』
涙を拭い、ルリアは【万種の町】を後にした。
風になびく銀髪。ルリアは【アース・タウン】に向かいながら、あることに気づいた。
三人が知り合ってから、離れたことは一度もなかった。
--こうやって離れ離れになってのは、初めてだ。




