21 - 四面楚歌
暗闇の中から、寒気を帯びる声が襲い掛かる。
「キサマらはどこの者だ?」
ルリアたちは黙っていた。しばらくすると視線がだんだん慣れてきて、ルリアたちが初めてその声の主を視認できた。
暗かったせいか、全身が黒い毛に覆われているように見えた。一番の特徴と言うなら、首回りの鬣が強大な威圧感を放っている。
もしその両目の真ん中に二つ白い点がついていなければ、今目の前にいるのはイヌ型ではなく、「ライオン型」ではないかと錯覚してしまうかもしれない。
「キサマらはどこの者だ?」
黒犬。--ここでは「ボスイヌ」と呼ぼう。オーセルがの態度からも、この黒犬がここでボスであることが容易に推測できる。
「私たちは【アース・タウン】から来ました」
「【アース・タウン】?」
ボスイヌがそう訊くと、オーセルが「イングゥで建てられた、人類の集落でございます」と説明した。
「そう」
ボスイヌは座ったまま、少し首を上げた。そして、
--「ガオオオオオオオォォォ!」
不意にボスイヌが咆哮を放った。
その咆哮は地面にも振動を起こし、見えない何かがルリアたちに向かってくる。
攻撃。とシーカは素早くそれに反応した。
鯉口を切り、何もない前方へ、一閃。すると空気が両断された音がして、シーカおよび彼の後ろにいるルリアとクーカスの髪が強風に吹かれたように乱れる。
さっき入ってきた重そうな門も、その咆哮で破られ、外から光がこのドーム内に差し込んでくる。
「本当のことを言え。--野良の人類がそのような腕を持つわけがない」
ボスイヌを代弁してオーセルが話しかけた。
「わ、私たちは」
少し声が震えたルリア。
こんな話方では嘗められてしまう、と彼女がそう思ったのか。ゴクリと唾を飲み込み、ルリアは改めて言葉を組み直して口に出そうとした。
「私たちは」
「俺たちは人類だ。誰の手下でもねぇ」
ルリアの肩に手を乗せ、クーカスは彼女を後ろへ庇った。
「クーカス……」
「大丈夫、ここは俺とシーカに任せろ」
そう言ってクーカスとシーカは一歩前に踏み出した。
「お前ここの王様か?」
「口を慎め! 人類!」
オーセルが立ち上がると、シーカがすぐ彼の前に剣を構えた。
「なるほど……」
まるで独り言のように、ボスイヌが呟き始めた。
「己の力を過信する。強すぎる相手を目の前にすると冷静さを失う。死ぬとわかっても強敵にぶつかり、その行為を勇気と勘違う……」
ボスイヌとオーセル。そしていつの間にか、数体のイヌ型アニモもこのドームに寄ってきた。
殺気をむき出しに、牙を露わにする。ルリアたちはあっという間に囲まれた。
「愚かだ。そんな愚かな生き物はもはや人類のみ。今時どこの人類もちゃんと躾がなっているはずだが--キサマらは本当に、野良の人類のようだ」
そう言い終えて、ボスイヌもようやく立ち上がった。
3メートルをも超える巨体。アニモならその大きさが平均値だ。
だがボスイヌが少しずつ身体を起こして、3メートルに到達したあとも、彼はまだ完全に立ち上がってはいなかった。
前足を地面につけ、首を上へ伸ばす。次は徐々に後ろ足を伸ばし、四足をしっかり地面につかせる。
完全に立ち直ったボスイヌの高さは、おおよそ7メートル。
「……行くぞ」
その巨体にはっとするクーカスを、シーカが気を引き締めてやった。
「ああ!」
こっちも戦闘体勢に入った。
四面楚歌。力尽くでこの場面を打破しようとするシーカとクーカスを、ルリアが止めた。
「二人ども! ダメ!」
「なんでだよ! --っ!」
クーカスが振り向いて反論を上げた。だが、ルリアの後ろに、--さっき破られた門の外に、怯えた目をしている人類たちの姿がいた。
--ここで戦闘になったら、彼らにまで危害が及んでしまう。
そもそも、それを避けるためにこうして戦わずに入ってきたのだ。
「……でも」
シーカは構えを解かずにルリアに言った。
こっちに戦う気がなくても、向こうはそうでもないらしい。
一歩一歩と迫りくるアニモの軍隊。
後ほんの数秒で戦闘が勃発しそうな時に、ルリアは決断を二人に言い渡す。
「--逃げよ」
「またかよ!」
クーカスはそう反論を上げた。それでも、彼はほぼ同時に力を溜めた重拳を地面に叩き込んだ。
大地が震動する。地面は一つの罅を付けられて、次の瞬間に大崩壊が起きた。
「なっ!?」
事前の打ち合わせは要らない。地面が崩壊し始めた瞬間、シーカはすでに天井へ斬撃を繰り出した。
地震と落石が同時に起きて、アニモたちはパニックに陥った。
だが、それも一瞬だけのことだった。
「奴らを逃がすな!」
オーセルがすぐに指示を出した。
だがその一瞬で、ルリアたちがこのドームから逃げ出すには十分だった。
廃墟に化したドーム。そして、ボスイヌの身に掛かっている瓦礫。
鋭い牙を剥きだす、全身の毛が逆さに立つ。はぁと重い息を吐くボスイヌは、何も言わないままでいた。
だが、その様子はある限度を超えた憤怒であると、オーセルは知っているように怯えて震える。
「奴らの匂いを嗅ぎ出せ! 早く!」
オーセルがそう吠えて、アニモたちが一斉に動き出した。




