20 - 敵の真ん中
愛玩動物、サーカス団、奴隷売買……
人類が「商品」や「もの」のように扱われている国、【ズウ】。
「ルリア」
「わかってる。でもダメ」
スマホの画面に流れている、捕らわれた人類たちの姿を見ていると、クーカスはそれに耐えられなかった。
「今なら行ける!」
今にも【ズウ】に向かって突進しそうな体勢でクーカスが言い返した。
「待て!」
今までないような本気さを感じさせる大喝だった。
「確かに、今の私たちなら正面から攻めることもできる」
「ボックス」を戻すように操作して、ルリアはフル装備で固めているシーカとクーカスを見た。
さっきの映像から判断すると、【ズウ】にいるアニモは多かったが、勝てない数ではない。それに万全の状態である今の三人なら、クーカスの言う通り正面から攻め込める。
しかし、ルリアは「けど」と付け加えた。
「ーー今の私たちでも、あの数のアニモを一瞬で片付けられない」
一瞬、とルリアはその言葉にアクセントを乗せた。
クーカスもその言葉で冷静になったようで、戦闘態勢を解除した。
【ズウ】の中にはアニモが大量にいる。そして、それと同等くらいの人類もいる。
戦いになってしまったら、被害が出ることは言うまでもない。
「どうすれば……」
ルリアがまた親指の爪を噛み始めた。
人類の救出が第一任務。そしてアニモと戦闘はできる避け、特殊個体を叩く。
カントウ・フジワラが言ったことを思い出しながら、【パイオニア】の三人は一斉に眉をひそめる。
「……あ」
珍しくシーカが意味もない声を漏らした。
その声に釣られて、ルリアとクーカスは目をシーカに向ける。
「……オーセル」
「オーセル?」
小首をかしげて、ルリアが復唱すると、シーカが【鼠王】との戦闘の時に会った、あの黒いイヌ型アニモのことを話した。
イヌ型。鋼のような毛皮。生き物を彷彿させる尻尾。
それと、未だに意味不明な言葉。ーー「帰ってお前のボスに伝えろ。--ここは我々【犬】の縄張りだ。よそ者が入りたければ、まずは【万種の町】まで挨拶をしに来い!」
「……奴は、そこにいる」
シーカは【ズウ】のほうへ目線を投げて言った。
「ボス、縄張り、【ズウ】……」
これらの言葉を呟いて、そこに何の繋がりがあるのかをルリアは考えていた。
「ね、シーカ。ーーあの時、そのアニモは『挨拶』って言ったよね?」
シーカが頷くと、ルリアの口の端が吊り上げた。
「方法があるなら早く言ってくれ」
クーカスが焦ると、ルリアは「ボックス」を背負って前に歩き出した。
「さあ、行こう」
「行こうって」
「正面から入るよ」
「結局それか」
がちがちと指を鳴らしてクーカスがルリアについて行く。
「違うよ。戦わなくても入れると思う」
ーー今までルリアの言う通りにすれば問題はなかった。今もきっと大丈夫。
と、クーカスとシーカはそう思ったかのように顔に浮かんだ戸惑いを一瞬で消した。
ささ、ささ……
いくら軽く足を運んでも、この砂地を踏むと必ずこのような音が響く。それはほんの少しだけで、そよ風の音に覆われるような音だった。
しかし、息を潜めて一歩一歩と【ズウ】に近づく【パイオニア】の三人にとって、この砂地の音はとても響くのだ。
【ズウ】の外囲に警備のアニモがいる。さっきはまだその黒影しか見えないけど、今はもうその姿をはっきり視認できる距離まで来た。
心臓の音が聞こえた。誰かがゴクリと唾を飲み込んだ音が聞こえた。戦闘はしないとルリアは言ったが、近づくにつれてこの高ぶる鼓動を、どうしても抑えきれなかったようだ。
「……」
つい力が入ってしまったのか、クーカスは急に足が重くなった。
「クーカス。戦っちゃあダメ。--シーカもよ」
シーカが剣に手を伸ばそうとする時、ルリアが釘を刺した。だが、そう仲間を注意する彼女自身も、さっきから「ボックス」の帯を握る手を緩めなかった。
「でも」
ここで戦うな。けれど、戦闘の準備はしておけ。ルリアはクーカスとシーカに一瞥してから再び歩き出した。
【パイオニア】の三人をそうさせたのは、今彼らの目の前に佇んでいる16体のアニモだった。
16体。数だけ言えばそう驚くものではなかった。おかしいのはその並び方だ。
一列に4体、合計4列。16体のアニモは一つの正方形になるよう立ち尽くしている。
目を左右両方に走らせると、このような正方形がいくつもある。
陣形。--【パイオニア】を驚かせたのはまさにこれだ。
言葉が話せるアニモ(彼ら)は人類を恨む感情まで掌握した。しかもその感情を人類にぶつかる力まで手に入れた。
カントウ・フジワラの予測からすれば、アニモには一定の組織力があると見た。【鼠王】との戦闘中でもそれを垣間見た。
しかし、陣形が組めるなら話はまだ違ってくる。【ズウ】のアニモはカントウ・フジワラの予想を遥かに超えたのかもしれない。
一つの正方形に16体。その中、一体イヌ型アニモを除けば残った15体は全部ゴリラ型だ。
そのイヌ型がリーダー枠であることは想像に難くない。
「っ!」
あれこれ考えているうちに、ルリアたちの真正面にいる正方形から、一体のイヌ型がこちらに向かってきた。
クーカスとシーカの戦闘意思に対して、イヌ型はただ三人を一瞥して、また踵を返した。
「待っていた」
尖った口を開いて、イヌ型が【パイオニア】を歓迎するように道を開けてくれた。
ルリアが頷くと、クーカスとシーカはルリアを後ろで庇うように前へ進んだ。
城門と思わせるものを通って、入国。
すると目に映ったのは、さっき「ボックス」で撮った映像そのものだった。
各種なアニモと鎖で縛られた人類。
そして、誰もが異様な眼差しをこちらに向けている。
賑やかだったこの町はルリアたちが入ってきた瞬間、凍り付くようにしずまに帰った。
「ようこそ、万種の町へ」
顔を上げると、真っ黒な毛皮で全身を覆いつくしているイヌ型アニモがそう声をかけてきた。
「……オーセル」
シーカが声を漏らした。この黒犬が例の「オーセル」のようだ。
オーセルはルリアたちの後ろへ目をやった。誰もいないようで、次は左右に顔を振り向く。
最後は確認するように目をシーカに留まり、口を開いた。
「来たのは人類だけか……誠意のない奴だ」
ニギっ! と口の端を吊り上げ、鋭い奥歯を覗かせた。イヌ型にとってそれは笑顔か、それでも威嚇か。オーセルの表情の真意を読めないまま、【パイオニア】の三人は全身の神経を緊張させた。
「そう構えなくていい。--見ての通り、ここでは人類を無闇に殺すことはしない」
そう言われて、ルリアたちは周りへ目を配った。
確かに、ここの人類は奴隷のように鎖で縛られてはいるが、虐げられた痕跡は一つもない。強いて言えば、彼らの身体にある傷は足についている掠り傷程度だ。それは靴を履かないでこの砂地を歩いたせいだと容易に推測できる。
「話は中でだ。--我らの王が待っている」
オーセルはルリアたちに背を向いて、彼らを導くように歩き出す。
まるで無防備。しかし、背を向けられている今は安易に攻撃を仕掛けないことを、シーカはよく知っている。
「どうする? ルリア」
「行くしかない。そこに特殊個体がいるかもしれない」
小声で耳打ちして、ルリアたちは足を動かなかった。
「合ってからどうする? --やるか?」
「今はやめとく。情報が足りないから。--まずは色々見てみよう」
三人はそれに合意して、オーセルの後ろへついて行った。
「シーカ」
ルリアはシーカを呼んだ。オーセルに聞かれることを避けるため、彼女は小声で何を言おうとしたが、ここにいるアニモの聴覚はどれほどのものかがわからず、結局話すのをやめた。
ルリアは「いざという時、お願い」という意味を込めた目線をシーカへ投げた。
シーカはそれをサインを受け取った様子も答える様子も見せないまま、バベル式神鋼剣の鞘にある加熱ボタンを静かに押した。
ブーンと、微かな機械音が響く。
けれど、【パイオニア】の三人は一斉に足音を鳴らして、その音を殺した。
商業エリアらしい場所を通り抜け、ついた先はドーム状の建物だった。
「さあ、入り給え」
おおよそ10メートルもある門。その中にはいったい何体のアニモがいるか、シーカに聞くまでもなかった。
シーカのような感覚を持ち合わせていないルリアとクーカスでも、このドームの中には一体だけ、圧倒的な存在感を放つ個体がいることを感じていた。
オーセルはその重そうな門を軽々と押して開ける。その中は真っ暗だった。
そしてぱくりと、まるで空中に浮いているように、二つの目ん玉が急に剥きだしてルリアたちをしっかりと捉えている。
急なことで面食らった【パイオニア】。どう反応すればいいかわからないその隙に、暗闇の奥から、
「……ネズミをやってくれたな」
寒気のある、枯れた声がルリアたちに襲いかかった。




