17 - 答え
方舟の元で行動を続行し、アニモを殲滅する。
カントウ・フジワラの計画に乗り、特殊個体を倒す。
【パイオニア】には今、この二つの道を示された。
「なあ、クーカスとシーカはどう思う?」
「俺に訊いても……」
教団の隠れ家。教会にある【パイオニア】たちの部屋。
三人は小さなテーブルを囲んで床に座っていた。
「あのおっさん、最初はいい人だけ思ったけど……」
「……違う」
「シーカもそう思うだろ? やっぱり悪い奴か」
「……それも違う」
「どっちだよ!」
「ボックス」の通信機を切断し、ルリアははぁとため息を漏らす。
「もう! どうなったんだよ」
頭を抱えるクーカスがテーブルに体重を預かった。そしてギシギシとテーブルが壊れかけた音がして、クーカスは慌ててテーブルから身体を引き離す。
黙って何かを考えているルリアとシーカの顔を伺い、クーカスが二人の思考を遮る。
「あのさ、今まで通りにカグヤ姉の指示に従っちゃあまずわけ?」
「それは……本来そうすべきだと、思いますが……」
三人しかいないのに、カグヤの話が出るとルリアはつい敬語になってしまった。
片手を「ボックス」に乗せ、片手の指に銀髪を絡ませる。
「カントウさんがしてくれた話、どうしてカグヤ姉もヤハ爺も教えてくれなかったでしょう」
「隠し事があるってことは……やっぱりなんか裏があるじゃない? --だったらカントウのおっさんの話に乗ったほうがいいんじゃない?」
クーカスの言葉を聞いて、ルリアは親指の爪を齧り始めた。
地球のことはずいぶん前からカグヤ姉から色々聞いたから、ここに来られたのは夢ともいえる。
地球に行きたい。そんな素晴らしい場所が存在するなら、そこに住みたい。
暗い宇宙じゃない、狭い方舟でもない場所に、ルリアたちは行きたいのだ。
だから、人類最強として【パイオニア】に選ばれるよう、三人は頑張った。
頑張って、やっと選ばれた。
地球に行って、任務を遂行する。ついでに地球の観光もできたら、それは最高だ。
--しかし、本音は違う。
任務の遂行はあくまで「大人たちの手伝い」としか思っていない。
ルリアたちの本心は、「地球に行って、そこで居場所を作る。--ついでに、大人たちの手伝いをする」のだ。
【パイオニア】は軍隊ではない。しかも、まだ15歳の子供に、「忠誠心」などあるはずがないのだ。
あくまでも我欲、私欲で動く歳。もしくは、反抗期でもある。
そんな彼らから見れば、「カントウさんの話に乗る」選択肢は十分にあり得る。
しかし、だ。
「カントウさんも、こっちの仲間とは言い切れませんからね」
焦る必要はない、というカントウの言葉は、ルリアたちを焦らした。
シーカはもちろん、直接それを耳にしたルリアとクーカスもはっきりとわかる。
あれは言い方のせいで招いた誤解ではない。故意だ。
「こういう時はシーカの勘に頼りたいけど」
ルリアがそう言って目をシーカの方に向くと、シーカは頭を横に振った。
「どっちも怪しいか……」
「じゃあどうすんだよ」
まるで無限のループにはめられたように、【パイオニア】の三人は再び沈黙に浸る。
方舟か。カントウ・フジワラか。
この選択は人類の未来に関わる。地球の未来に関わる。ルリアたちの未来にも関わることだ。
カントウ・フジワラの言う通り、焦って答えを出す問題じゃない。
「嫌だけど、カントウさんの言うことは正しいわ」
今こうして悩んでいる間にも、アニモに苦しまれている人がいる。
ルリアは今、とりあえず何か結論を出そうとした。
「シーカ」
まずは、周囲に盗み聞きする人はいないかとシーカに確認させる。
いない、--とシーカのサインが得たところで、ルリアは声を押さえながら、議論を再開させた。
「まず、私たちの目的を確認するわ」
「……この地球で」
「居場所を作る!」
それはもはや揺るぎないもの。
「私がこの地球で居場所を作ったとして、もしここに人類は私たちしかいないとしたら、どう思う?」
頭を横に振るシーカと、両腕を前に×の形を作るクーカス。
「よし、じゃあ人類を救うことも私たちの目的に含むよ」
二人の意思が取れて、ルリアは一回深呼吸して話を続けた。
「カントウさんの話は悪くないと思う。アニモとの全面戦争は時間もかかるし、何より、地球は人類だけじゃ営んでいけないもの。他の生物も必要だと、前にデータベースで見たわ」
「それじゃあ、やっぱり」
「いいえ。特殊個体と戦うためにも、方舟の援助は必要。方舟を裏切るわけにはいかない」
「え、それじゃあ……結局どうするだっけ?」
小首をかしげるクーカス。その一方、シーカとルリアの口元に、笑みが滲み出した。
「……方舟の元で任務を遂行しつつ」
「カントウさんと協力して、特殊個体を叩く!」
閃いたように、クーカスもようやく理解した。
「それだ!」
手をテーブルの上に差し出してクーカスが笑うと、ルリアとシーカも手を出して、重ねた。
ーーーーーー
「本当、ルリアくんは賢い子だ。しかもこの時代の人たちにない大胆さを持っている。--シーカくんは生物の気配を感じ取れるが、機械類の存在までは察知できない、か……」
『まったく、貴様って奴は何を企んでいる』
ルリアたちがいる部屋とかなり離れた個室の中に、カントウ・フジワラはマイクで誰かと話をしていた。
「あなたも知りたいだろ? あの子たちの選択を」
ルリアたちの部屋に盗聴器を設置し、その声を別室で拾ったカントウは、通信機を使って方舟にいるヤハにも聞かせた。
「いい、実にいい。仇討ちでもない、憎悪でもない。何かを奪うでもなければ、何かを取り戻すでもない。--ただ純粋に、自分たちの居場所を作りたい。そんな彼らが私たちの間で二重スパイをするという、浅はかな悪巧みも可愛く見えてくるのだ。--あなたもそう思わないか?」
笑みを浮かべながら、カントウは讃嘆の言葉を絶えなかった。
『どうでもいい。そんなことより、--どうだ? オレに協力するか、しないか」
「こっちが聞きたいのだ」
盗聴器のスイッチを切り、カントウはマイクにその魅惑ある声を入れる。
「さて、子ともたちの会議が終わったらしいので、そろそろ大人の話をしようか。--わたしに協力しないか?」
『立場をわきまえろ、カントウ。こっちは宇宙砂も方舟、そして人員。お前がいなくても困ることはない。ーーお前が出せるカードは、破壊的な兵器をいっぱい詰め込んだその頭脳だけだ』
「これだけじゃあ足りないというのかい?」
通信機の向こうから何も返事してこないと、カントウがにやと笑う。
「思った通り、そっちは兵器に精通する者はいないようだな」
『当たり前だ』
「だったら、わたしが持っている唯一のカードはあなたたちにとって、ジョーカーに等しいじゃないのか?」
この手のやり取りは大学時代からずっとやってきた。そして、カントウは一度も負けたことはなかった。
「こっちに協力しなさい。--あなただって、アニモの殲滅が目的じゃないだろ?」
『……条件を言え』
「おや?」
まったく驚いた様子もないカントウがそう言った。
「知っていると思ったが、まあ、この場だからもう一度言うよ。ーー協力して、特殊個体を倒す。そして地球に人類が戻った後、科学の研究を禁止するように」
『科学そのものを禁止するとは、貴様やっぱり正気じゃないな。--まあ、一歩譲って兵器は禁止するよ』
「そんな冗談わたしに通じると思うか? --兵器は元を言えばただの道具だ。また人類に科学を与えたら、そのうちにすべてが兵器になる。兵器を手に入れた人たちは次に何をするかは言うまでもないだろ?」
いつもの冗談めいた口調をやめ、カントウは顔を引きつらせる。
「わたしはこの15年間でわかったことは一つ。科学は人類が手に入れてはいけないものだと」
カントウは教祖の服から目を移し、部屋の壁に掛けている、もう何年も着なかった白衣のロングコートを眺めた。
「強い者が弱い者を食う。弱い者が力を合わせて強い者に勝つ場合もある。地形が変われば狩る方が狩られる。……食物連鎖は世界が作り出せた時にもう決められたものだ。頂点に立つべきものも、底辺にいるべきものも」
聞いているかどうかはわからない。それでも、カントウは語り続けた。
「不思議なことだ。体型も大きくない、爪も牙も鋭くない。空も飛べないし、海で長時間の行動もできない。かといって陸上で人類より速い動物はたくさんいる。--なのに、人類は頂点に立った。科学の力でね。あなたはどう思う?」
『当たり前のことだ。人類は知恵を重ねて、爪と牙の代わりに、科学という武器を手に入れたのだ」
「違うよ。違うのだ。--ズルだ。チートだ。ルール違反だよ科学は」
わずかな狂気を匂わせるような声だった。
「分解してはいけないものを無理やり分解し、くっ付けてはいけないものを無理やりにくっつける。--わたしたちがやることは神の意思に反したのさ。だからアニモが現れたさ。協定者として」
『カントウ……』
ヤハがカントウの話を遮ろうとしたが、カントウは敢えて音量を上げた。
「アニモはどうしてあんな姿になると思う? --変異には規則性がない。予測も不能だ。進化のヤハであるあなたならわかるはずだ。--なのに、アニモはその姿になった。まるで人類を滅ぼすために、無数の変異の方向から、もっとも人類の殲滅に適する進化を選んだように。そこに神の意思がないと言ったほうがおかしい」
『カントウ。貴様は疲れている。--方舟に来い。若い人たちだが、セラピストとしては一流だ』
「わたしは本気だ!」
珍しく、カントウは激情に満ちた声を出した。
「ヤハ、わたしと手を組め。石器時代に戻るんだ。そして石器時代に止まれ。今のわたしたちならできる! --計画的に人口を制御し、自然と共存するのだ。必要な資源だけ自然から取り、必要以上なものを取らない。それしか人類に、地球に未来はないのだ」
『なるほど』
通信機の向こうから、呆れたような声が伝わってきた。
『交渉失敗だな』
「そうか、あなたも平和を望む者だと信じていたよ。わたしの勘違いのようだ」
『それは間違いない。貴様のその人を見る目は相変わらず素晴らしいものだ。ボクはいつでも平和を求めているのだ」
バベルの創立者である、ヤハ・マルクスがそう告げた。
「じゃあ」
『ただし、この進化のヤハに、止まるという言葉を持ち出したのが間違いのだ』
「ふ、はははは」
カントウが笑った。
「そうか、そうだよな。1%だって、あなたが止まるはずないよな」
『そうだ。ボクは止まらない。止められないのだ』
「じゃあ、さよなら。--わたしが目指す平和と、あなたが目指す平和。一体実現できるのはどっちだろうな」
『そんなの決まってる。--今度こそ負けないぞ」
通信機が切られ、カントウの部屋にまた静まり返った。
杖を取り、カントウが立ち上がろうとするその時。ドンドンっと。
「カントウさん」
ドアが叩かれ、カントウがドアを開けると、【パイオニア】の三人が現れた。
「あなたたちか……どうした?」
「例のことですが……」
三人は一回顔を合わせて、最後はルリアに発言を委ねる。
「私たちは決めました」




