15 - 正しい戦争の方法
ーー廃墟都市・イングゥ。
黄色の砂に覆われた廃棄建築。血の匂いが蔓延する空き地に、二人の少年と白いネズミ一匹が対峙している。
「手出すなよ」
がちがちとクーカスが指を鳴らしてシーカに言い渡してから、白いネズミーー【鼠王】に近づいた。
「ヒィィィ、シッシッシィ! --このワタシも嘗められたものだね……」
全滅した部下を目にしてもなお、【鼠王】の気炎が弱くなる様子はなかった。
他のネズミ型アニモとは違い、巨体を持たない【鼠王】は180センチしかなかった。
「人類は所詮人類……身体の大きさを強さと勘違いするとは……シッシッシィ!」
剣を鞘に納め、戦闘の意思を示さないシーカを一瞥して、【鼠王】はまたその高い笑い声を上げた。
シュッ! と【鼠王】は何の前触れもなく急に走り出した
「人類の視力でもこの速さでは捉えないだね!」
クーカスを中心に、まるで一つの円を描くように【鼠王】は物凄く速い速度で走り回った。
「大丈夫だ。手を出すな」
シーカは剣に手を伸ばそうとすると、クーカスはすぐにそれを止めた。
風をも起こす速さ。なのに足音の一つもしない。
シーカの目では【鼠王】の速度に追いつくが、故にシーカはわかっている。今のクーカスはその残像さえ捉えるかどうか。
「教えてやろう。このワタシがネズミの王になれるわけは、この俊敏な足とーー」
同時に、残像の輪から四体の【鼠王】が同時にクーカスに襲いかかる。
「--この美しい牙を持っているからね!」
大きく口を裂け、【鼠王】の牙が見るみるうちに伸びる。まるで彼の牙が自分の意思を持つように、小さな棘から太くて鋭い槍と化けていく。
シーカは小さく舌打ちを漏らした。
クーカスに襲いかかる四体の【鼠王】は全部残像だ。本体はまだ輪の中に走っている。
しかし、今それをクーカスに教えることはできない。クーカスはきっとそう望んでいないから。
「ハァっ!」
大きく右手を振り回す。クーカスは四体の【鼠王】を一振りで消した。
が、その大振りが隙を作ってしまって、その隙を狙ったかのように、【鼠王】の本体は一飛びでクーカスの左手を噛みつく。
「シッシッシィ! バカだねバカだね! 力に頼りすぎてせっかくの脳が機能しなくなったね!」
牙がクーカスの左手を貫通し、クーカスの血がその牙に沿って滴る。
それを見たシーカは無言のまま踵を返して、洞窟に戻ろうとした。
「逃げるのか? 無駄だ! このバカを噛み殺してから次はオマエだ!」
更に牙に力を入れて、クーカスの左手の出血が酷くなった。
「なんだその目は? 命乞いか? --無理だね。許さないだね!」
クーカスが目を【鼠王】のほうへ落とすと、【鼠王】の笑顔は獰猛なものに変わっていった。
「我々の同胞を実験体にしたオマエ人類を今更許せるものかね!」
再び口を裂け、今度こそとかみ砕いてやると言わんばかりの勢いで、【鼠王】は牙を抜いた。
「--っ!?」
が、抜けなかった。
「これは、クッソ! --抜けないだと!?」
しっかりと嵌めたかのように、【鼠王】の牙はクーカスの左手にくっ付いたままびくともしなかった。
そしてよく見ると、クーカスの左手の出血も、いつの間にか止めてあった。
鉄塊のような筋肉が【鼠王】の牙をしっかりと捕まえて、【鼠王】がどう足掻いても、クーカスから抜け出すことはできなかった。
「この! 離せ! このっ!」
「うるさいな、ちょっと黙ってくれないか」
クーカスがようやく【鼠王】に話しかけた。
「俺はさあ、よく頭悪いってルリアに言われたんだ。それが本当かどうかはわからないけど、戦闘中にあれこれ考えるのは結構苦手なのは事実だ。お前はさっきから何かぶつぶつ言ってるけど……」
左手を、【鼠王】と一緒に目の前に持ち上げて、クーカスは右手を拳の形にした。
ゆっくり腰を沈めて、両足をしっかりと大地を踏みつく。
「今度こそ、確実に仕留めてやる。--俺はさっきからずっとそれだけを考えていたんだ。頭はそればっかりで、お前の話なんて聞く余裕もなかったよ」
それを耳にした【鼠王】は、初めて恐怖というものを顔に浮かばせた。
「降参だとか、命乞いだとか、許すか許さないとか……なんの話はわからないけど、もしかしてお前さっきからずっと俺たちに許してほしいと言ってるのか?」
「人類に許しを乞うなど……じょ、冗談をーー」
「自分がやったことは許されると思ってんのか!」
遠くまで届く音量で、クーカスが怒りを叫び出した。
「ギギギギィィッ!」
同時に、クーカスが動きも取れない【鼠王】に、砲弾のような右手を突き出した。
拳がしっかりと【鼠王】の身体に食い込み、その勢いのままに突き飛ばす。ただ、【鼠王】の牙だけまだクーカスの左手に刺し込んだままだった。
「くっそおおぉ! くっそぉおお! --人類の分際で、人類の分際でぇぇ!」
牙を折られて、口の中に溢れ出す血を吐きながら【鼠王】はクーカスを睨みつける。
「しぶとい野郎だ」
刺さっていた牙を抜き出して、クーカスは【鼠王】に近づけた。
「離せ! ワタシにこんなことやったらーーっ!」
耳を貸さずに、クーカスが【鼠王】を掴み、持ち上げた。
そして何回も何回も、地面に叩きつけた。
「クーカスくん!」
後ろから声が聞こえたので、クーカスは一旦攻撃をやめた。
「ケホっ! --オマエ、覚えてろよ! こんなことしてたたじゃあ済まないね! 戦争だ! 今度こそ根絶やしにしてやるね!」
弱った声で、【鼠王】は力を絞ってそう吐き出した。
眉をひそめて、クーカスが再び攻撃を始めようと、
「やめて! クーカスくん!」
メアリの声だった。
振り向くと、資源隊の二人とシーカも一緒に来た。
「事情は皆から聞いたわ。--その、怒っているのはわかっているけど」
メアリが目を【鼠王】のほうへ向いて、クーカスに言う。
「その辺にしとかない? こっちとしてはそれを持ち帰らないとヤハ爺に怒られるんだよ……」
クーカスも【鼠王】のほうへ向き直した。
がくがくと震える四足で、何とかこの隙を狙って逃げようとする【鼠王】の姿がいた。
「また我々を実験体にするつもりか!? --こ、殺せ! 人類の手に捕まるくらいならっ!」
自分の舌を伸ばして噛みつく。が、牙はすでに全部折られたことに気づき、今度は両手の爪で自分の首を掻きまわったが、【鼠王】の爪もとっくに剥ぎ取られた。
「くっそぉ! また人類に捕まるのか……また実験されるのか……オノレェジンルイ! 恨むぞ! 恨むぞおおお! --っ!」
血涙を流しながら、【鼠王】は空へ向かって叫び出した。すると、空から一つの瓶が落ちてきて、【鼠王】の口に入ってしまって、詰まらせた。
クーカスはもう洞窟の方へ戻って姿がぼやっとしか見えなかった。代わり、一人銀髪の少女が空に飛んでいるのが見えた。
「その心配は必要ありません。あなたには」
「ギギ?」
ルリアはそう言って、洞窟のほうへ飛んでいた。
--ボーン!
爆発が爆風を起こし、砂が嵐のように舞い上がる。
しばらく経って砂が沈むと、爆発の中心にいるはずの【鼠王】の姿は、どこにも見当たらなかった。
ーーーーー
「あっちゃー」
頭を抱えて、ハースがため息を吐いた。
「やってしまったね」
メアリも苦笑いでそう言うと、ハースが半分泣き出すように喚く。
「どうしてくれんだよ! 怒られるのはこっちだぞ!」
「こんなことになると知っていたら、特殊個体の存在を報告しなかったのにね、お兄ちゃん」
「どうしよう……もう報告したし、ヤハ爺も絶対それを持ち帰るって言ったし……」
困った顔をしている資源隊の二人に、ルリアが地面に下りて、頭を下げる。
「すみません。ヤハ爺への説明は私たちがします……」
「いいよいいよ。お姉ちゃんたちが何とかするから」
そっとルリアの頭に手を乗せて、滑らかな銀髪を整えながらメアリが微笑んだ。
「辛かったよね」
ハースも、湿った顔をしているクーカスとシーカに笑いかけた。
「その、あれだ。ーー戦えば人は死ぬ。昔からの理だ。いつまでも抱えることはない」
「……でも、死んだ人は生き返らない」
シーカが口を開く。そしてルリアに手当てされながらクーカスも声を上げた。
「あんな弱い相手なのに……あの時もし俺がーー」
「それでも、おれたちはあなたたちに感謝せねばならない」
顔を上げると、ルバルトは皆を連れて洞窟から出てきた。
「ありがとう。助けてくれて」
そして、さっきルリアたちを責めた男も前に出て、頭を下げた。
「申し訳ありません。さっきあんなことを言って……」
「いいえ、あなたの奥さんを救えなかったのは事実です……」
ルリアが慌てて男の身体を支え上げると、男はルリアの手を掴んで涙をこぼした。
「ありがとう……妻の仇を取ってくれて、ありがとおぉ……」
感謝の言葉が飛び出し、ルリアたちに浴びせた。
「仇、か……懲りない奴らだ」
突如、シーカの後ろに男の声が聞こえた。
皆がその声の方へ目を向くと、統一された服装を纏う数人の姿が見えた。
「カントウ・フジワラ?!」
「さしぶりだな、ルバルトくん」
ルバルトへ挨拶の言葉をかけてから、カントウはルリアの手を掴んだ男に目線を向いた。
「アニモは人類に復讐した。そして今度、あなたたちはアニモに復讐した。次はあのネズミの仇を取るために誰かが攻めにくるだろう」
少し溜めて、カントウは全員の顔を見回って問いかけた。
「この繰り返しはいつまでやるつもりだ?」
「また勧誘にきたのか? 教祖様よ」
男が嘲笑うようにカントウに言う。
「残念だが、人間の尊厳を捨ててアニモに屈するような腰抜けはここには一人もいないんだ。帰れ!」
カントウは洞窟のほうへ一瞥して、その男に笑顔を向けた。
「まるでネズミのように暗い洞窟に住むような人間が、尊厳を語るとは驚いたな」
「貴様!」
「よせ」
暴れ出す男を止めて、ルバルトがカントウに近づく。
「カントウ・フジワラ。あなたは何をしにきた?」
「復讐ではこの世界は救えないとあなたたちに教えに来たが?」
「そうか。--昔はそうかもしれないだが」
ルバルトはルリアたち三人に目を向けて言う。
「今は違う。--今は彼らもいる。今度こそ地球を取り戻すんだ」
「それは違うよ、ルバルトくん」
カントウは顔を上げて、広い空を見上げる。
「あなたの方法では、ここにいる人たちは救えるかもしれないが、この地球を救うことはできないのだ。--今この瞬間に、まだアニモの支配下に苦しんでいる人たちはあなたの救いから弾かれたのかい?」
「そんなことはない! --救う! 全員だ! --アニモの巣がすでにいくつ把握した、これからは一つ一つ叩きに行く!」
「さて、果たしてそこにいる人たちはあなたの救いが行くまで持つのかな?」
カントウはルリアたち三人を一瞥して、にやっと笑った。
「皆、この子たちと同じ強かったら持つかもれしれないけど」
ルバルトの返事はなかった。
ルリアたち三人も、目を伏せた。
いくら強いとは言え、アニモと戦えるとは言え、たかが三人。
今の目の前にいる17人を救うのに、17人の犠牲を出した。
たとえルリアたちがいつか世界中の人類を救うことができたとしても、その間に何人の犠牲が出るか。
「わたしは今、一つ面白い考えがあるだが? 聞く気はないかい?」
カントウがそう言い出すと、ルバルトが目を細めた。
「犠牲を出さずに人類を救えるのか?」
「それは出すさ。この状態から人類を救うのに犠牲の一つも出したくないだと、あなたにしては面白い冗談だ。--わたしの方法は戦争だ」
「一緒じゃないか……」
ルバルトはそう吐き捨てた。
期待を煽り上げてからカントウがまた皆の気を落とした。
しかし、カントウは相変わらずにやっとした笑顔のまま、ルリアたちの後ろへ周り、クーカスとシーカの肩に手を乗せてからカントウがもう一言付け加えた。
「同じ戦争でも、あなたの戦争よりよっぽど犠牲を少なくて済むだが? そう、正しい戦争の方法だ。--本当に、聞く気はないかい?」
カントウは笑顔のまま、分かり切った返事を待っていた。




