14 - 黒犬・オーセル
レジスタンスの皆が隠れている洞窟から出て、シーカの目に映ったのは、数十体のアニモだった。
具体的の数字を把握しているおそらくシーカのみ。だけど、一緒出てきたクーカスはシーカにそれを聞かなかった。
--何体いるか関係ない。全部殺ればいい。
と、クーカスの顔にはそれが伝わってきた。
当然、シーカも教えるつもりはなかった。元からシーカも同じ考えだったから。
「自分から出てくるとは……さすがというべきか。愚かな人類にも、降参したほうが痛い目を合わなくて済むことを理解しているようだね」
そう言いながら、白いネズミ型アニモ、--【鼠王】が出てきた。
おおよそ20体もいるゴリラ型を前に、【鼠王】は沈黙したままのシーカとクーカスを細い目でじーと見つめる。すると何かに納得したようにまた独り言を始めた。
「そうかそうか……他の奴は見当たらないねと思ったら、そういうことか……オレたちの命を差し出すから、他の人を見逃せとでも言いたいのね?」
そう言ってから、【鼠王】の周りにいるアニモたちも「シッシッシィ!」と笑い始めた。
おおよそ20体のゴリラ型アニモが最前列に、その後ろにいる40体ほどのネズミ型アニモの真ん中に居座る【鼠王】がそう言って、隣にいる一匹に耳打ちで何かを言い伝った
「交渉か……いいだろう。--さあ、こっちに来い」
言われたままに、シーカとクーカスは歩き出した。
二人とも何も言わずに、ただひたすら【鼠王】のいる方へ近づいていく。
そして、二人がようやくゴリラ型がいる最前列についた。
「入れてやれ。ーーオレの研究室でゆっくり話そうじゃないか」と【鼠王】がそう言うと、ゴリラ型たちはシーカとクーカスに道を開けた。
二人はアニモの群れに立ち入った瞬間、ゴリラ型たちが再び列を作り、ちょうどシーカとクーカスを囲むように並んだ。
「ああ、そうだ。その前に」と【鼠王】はそう言ってから、その尖った口を爪で覆い、「シッシッシィ!」と笑った。
「ーー実験体は二人ももらったから、他の人類どもを殺せ!」
その一言はまるで合図のように、ネズミ型たちが一気にシーカとクーカスを襲いかかる。
「ヒィィィっ、シッシッシィィ! バカバカバカバカ! 人類の頼みなんて聞くものか! 我々と交渉する? 笑わせるね! ……今まで何体の実験体もこの手で騙し取ったからもう二度と効かないと思ったが、人類ってのは学習することもできないのね……本当にバカだ、同じ手を何度も何度も」
と【鼠王】はだんだん笑い声を上げていった。
すると、10秒ほど経ち、【鼠王】は急に笑いをやめた。
「オマエら、どうした?」
シーカとクーカスを襲いかかるネズミ型たちは二人の傍で動きを止めた。
ーー光が走る。
それを見間違いだったように、【鼠王】は爪で細い目を擦りながらもう一度言う。
「あの二人を捉えろ! --ゴリラどもは残った奴らを殺れ!」
しかし、誰も動かなかった。
「どうした!? 聞こえないのか!」
「王」と一匹のネズミ型が口を開く。「なんか、様子が変です……」と。
「様子が変だと? そんなわけがない!」
「でも! さっきは何か光ったものがーー」
そのネズミ型の言葉はそこで途切れた。
「……黙れ」
「ネズミの分際で喋るな」
倒れていくネズミ型アニモ。その姿が【鼠王】の目の前に、ゆっくりと肉の塊と化して崩れていく。そしてようやく、【鼠王】が何を起きたのかを理解したようだ。
「お、オマエら!」
抜刀と斬撃は見えなかったのに、剣先についた血を振り落とすシーカの姿が見える。
次に、いつの間にか前列に並ぶ、シーカとクーカスの後ろに立っているゴリラ型も地面に倒れたのが見えた。
「交渉する気がないのはこっちだ」
クーカスが手を前方にいる【鼠王】を指さして言い放った。
「そこで待ってろ! 次はお前だ!」
「何を! 人類が我々に歯向かうというのか!?」
またも無視。シーカは無言でクーカスと背を合わせて立ち尽くし、剣の柄に手を添える。
戦闘態勢に入った二人を見て、【鼠王】は顔を顰めて険悪な形相になった。
「シッシッシィ! まあ、いいだろう。最近は少なくなってきたと思ったら、オマエらみたいな人類もまたいるとはね。ーー今の世界を目のあたりにしてもなお、自分がこの星の主だと勘違いしている、愚かな人類が!」
爪を伸ばし、牙を覗かせる。【鼠王】の叫び声を合図に、アニモたちも次々と凶暴化し始めた。
「人類は放っておけば勝手に増える。実験体には困らないんでね。ーーそんなことより、今はこいつらをもう一度教えてやろうじゃないか、今のオマエらはーー」
シーカとクーカスに向かって、アニモたちが走ってきた。
大地の振動音とともに、耳を痛める【鼠王】の叫びが響く。
「ーー食物連鎖の最下層にいることを!」
「あいつは俺がやる」
「……わかった」
向かってくるアニモを見て、シーカはクーカスの提案に乗った。
「……今度は逃がすな」
「逃がすものか!」
そう言い捨てて、クーカスは【鼠王】のいるところに真っ直ぐと突進した。
ーーーーー
頭から、真っ直ぐで素早く、一太刀。
決して二度目の斬撃を入れることはない。
シーカは最低限の攻撃で、巨体を持つアニモを次々と分断していく。
「ギィギィィィィッ!」「キサマァ!」「オノレェ、ジンルイ!」
……
そのうちネズミ型アニモの悲鳴を聞くのが嫌になって、シーカは首からバベル式神鋼剣を斬り込むようにした。
最初の一撃から首を刎ねってやる。そうすればその耳障りな声も聞かなくて済む。
「おっと! お前たちの因縁に関係のない我が輩まで斬るつもりか? --黒髪種にも凶暴な個体がいるものだな」
最後の一匹に剣先を向くと、一噛みでシーカの神鋼剣を噛み砕いたアニモがいた。
真っ黒な毛皮が全身を覆い、口の中を覗くとそこには鋸のような牙が乱立している。四つん這いの姿勢でも高さはおおよそ3メートル。
「……イヌ型」
「オーセルだ。ーー口の利き方に気をづけろ。躾がなってない人類は主の名に泥を塗ることになる」
シーカの言葉がオーセルと自称する犬型アニモの癪に障ったらしく、オーセルは威嚇するように吠えた。でもすぐに顰めた顔を和らげてシーカに訊いた。
「武器の所持を許されて、あの剣裁き……野良の人類とは思えない。--お前はどこの者だ? ここに来る目的を言え」
オーセルは何の話をしているのか、シーカにはわからない。故にシーカは警戒を解かずに黙り続けた。
するとオーセルは座り込んだ。後ろ足で頭の毛皮を整えながら呟いた。
「人類を使ったのは正体を隠すため、だから教えるわけない、か……フンっ」
オーセルは鼻で息を吐いて、立ち上がって去ろうとした。
前足を後ろへ、ふるっと身体を捻ったオーセルは後ろについた尻尾をこっちに向けた瞬間、シーカはその隙を見て攻撃を仕掛ける。
--反応できるはずがない。この体勢から、たとえ反応できたとしても、この一撃を防ぐ手段はない。
「甘い!」
キーン! と、金属がぶつかる音がして、シーカの剣が弾かれた。
シーカは改めてさっき狙ったその黒い尻尾を見直した。
柔らかそうな毛が一瞬で逆立ちし、まるで鋼の針のように硬くなる。そしてシーカの一撃を受けてから、今はまた風に吹かれて軽々と揺らぐ柔らかい毛に戻った。
「帰ってお前のボスに伝えろ。--ここは我々【犬】の縄張りだ。よそ者が入りたければ、まずは【万種の街】まで挨拶をしに来い!」
そう言い捨てて、オーセルというイヌ型アニモが四足で地面を叩き、一飛びで遠くへ消えた。
シーカは、地面に残した深い足跡を見つめて呟いた。
「……イヌと、万種の街」
その言葉を心の中に反芻し、すぐにクーカスのほうから何かがぶつかる音が伝わってきた。
周りに立っているアニモはもういない。残ったのは【鼠王】の一匹だけ。
シーカは新たな刃を柄に装着して、鞘に差し込んで加熱した。
「……あのイヌ型のことは後でルリアに聞いてみるか」
シーカはクーカスのところに向かいながらそう思った。




