12 - 廃墟都市・イングゥ
仕度の時間さえなかった。
「ここは……よし、行きましょう」
スマホの画面に示されている合流ポイントを確認してから、ルリアは「ボックス」を背負ってシーカとクーカスに言う。
「おれもついていくよ。」
ボルスがそう言ってルリアたちの後ろに立つと、ルリアが彼を断った。
「いいえ、大丈夫です」
「帰りの道を」
「覚えていますので、大丈夫です」
「でも、長のおれが」
「わかんねぇのか?」
と、クーカスが口を挟む。
「邪魔だって言ってんだ」
「すみません。今は急いでアジトに向かわないといけませんので、ボルスさんを連れて行くのはちょっと……」
一度会釈して謝り、ルリアは踵を返した。
「さっさと行こうぜ」
足を急ぐクーカスが一番前に走っている。
「さっきのうまそうだから」
「そうね。早くレジスタンスたちを助けてごはんにしよう」
あの迂回な道を辿ってルリアたちは例の地下通路に戻った。
シーカに斬られた穴を使って地面に上がると、思ったのと違ってアニモの気配は一つもなかったとシーカが知らせる。
「静かだね」
異常なほど、物音一つしなかった。
「こりゃあまずいかもな。……アジトが受けている攻撃はまさか奴らの総攻撃じゃないよな? --ルリア? さっきから何をやってんだ?」
スマホという板をあっちこっち触りながらルリアが返事を上げる。
「これの使い方って?」
「ルリアも知らないなら俺たちがわかるはずないだろ?」
「おかしいな、ここが合流ポイントのはずなのに……あっ!」
とその時、スマホから声が流れ出した。
『こちら資源隊。--【パイオニア】へ、レジスタンスのアジトが攻撃を受けています。我々もここから動けません。合流ポイントを廃墟都市・イングゥに変更』
「こちら【パイオニア】。了解しました」
通話が切られ、クーカスが問う。
「廃墟都市・イングゥって?」
「レジスタンスのアジトがいるあの廃墟のことです。--資源隊の人たちが使う地図はそうやって、場所に名前を付けるの」
それから三人は一直線にアジトへ向かった。
10分ほど走り、途中でアニモの姿は見えなかった。
「こりゃあもしかするとやばいかもな」
顔を顰めてクーカスが言う。
「そ、そうね……」
汗でピタッと顔にくっついた銀髪を指で取り除いて、ルリアがシーカに言い渡した。
「シーカ、あなたが先に行って」
「……大丈夫か」
クーカスが笑って親指を立てて見せると、シーカは「……わかった」と言ってアジトへ向かって加速した。
1分も経たないうちに、シーカの姿が視界から消えた。
「私たちも」
再び走り出す。
周りは限界の見えない荒野。ここからアジトまでは一直線だ。方向感さえ失わなければ道で迷うことはない。--シーカならなおさらだ。
シーカが残してくれた足跡を沿ってルリアとクーカスも順調にアジトに近づいていく。
「見えたぞ!」
ぼやっと見える、廃墟の輪郭。
「あれは……」
「シーカ? どうしたの?」
先についたシーカは剣に手を添えながら二人を待っていた。
シーカが廃墟のほうへ目線を投げると、そこには薄らと数体のアニモの影が揺れている。
今のところはネズミ型しかないようだ。
「突破するか?」
クーカスがそう訊くと、ルリアがその案を却下した。
「今はレジスタンスの救助が最優先。下手に戦うと時間が長引いてしまうかもしれない」
「……レジスタンスが攻撃を受けている。今」
シーカの言葉は皆の顔を曇らせた。
急がなければならない今、急いてはいけない。このジレンマの狭間にいる三人はアニモに囲まれた廃墟都市・イングゥを眺めることしかできなかった。
「チッ」
目をイングゥのほうへ向くと、煙を立ててこっちに向かってくるものがいる。クーカスが舌打ちを漏らし、前に立ち向かった。
「……待って」
数十体のネズミ型アニモが津波のように走ってくる。だけど、シーカは目を細めて、そこにはまだ他の何かがいると言う。
「おーい! おーい!」
舞い上がる煙が近づけた。今度はルリアとクーカスも見えた。
ーーアニモの群れの前に、車が一台必死にタイヤを回っている。運転手が一人で、隣の席にもう一人が立ち上がって「おーい! おーい!」と叫びながら手を振っている。
「……資源隊」とシーカが呟くと、「助けに行こう!」とルリアが動き始めた。
「【パイオニア】、ーーおっと! そろそろ限界か」
コッツン! と車の車輪が凹み、黒い煙がそこから漏らした。
さっき大声を上げていた資源隊の一人が、車が転倒する寸前に、一つ銀色のケースを車内から投げ出す。
「ーー受け取れ!」
「シーカ!」
ルリアが指示を下す前にシーカはすでに飛び出した。
空に舞う銀色のケースが落下し始めた瞬間に、シーカはそれを手に取った。
素早くケースを開けて、色々積み込まれた内容品から宇宙砂一瓶と神鋼剣の刃を数枚取り出して、ケースを閉じてルリアたちの方へ投げると同時に、アニモの群れに向かって足を伸ばす。
ーーーーー
「6、7、8……12本!?」
ケースの中身を見ながら、思ったよりも多かった宇宙砂の数にルリアが驚嘆を漏らす。
「それくらいで驚くなよ、こっちにはまだあるぜ!」「ルリアちゃん! 早く助けてぇぇぇ!」
資源隊の二人が転倒した車の中から悲鳴を上げた。
「またあるの!?」
「当たり前だ! このハースが何年資源隊やってたと思ったんだ?」
資源隊の一人はハース。彼は車に押されたこの状況でも決め顔で笑う。
「こっちのドアが開かないから、お兄ちゃん先に出てってよ!」
運転席にいる人がいくらパンパン叩いても、上にある運転席のドアは開けられそうになかった。
「あ、悪い、メアリ……これ重いんだよ」
クーカスが二人のところに行って、車を片手で持ち上げた。
「これで出られるか?」
「おお! 助かるぜクーカス!」
地面から隙間ができて、ハースは車から這いよってきた。
「ありがとう、クーカス。--さしぶり」
次に出てきた運転手。ゴーグル付きの帽子を外して、赤い髪が滝のように流れ出す。
「さしぶりだ、メアリ姉」
クーカスが車を、ちゃんと四つのタイヤが地面にくっつく形に置き直した。
「なあ、再開話を後だ。--レジスタンスの人たちは今やばいってよ」
「もう、手遅れ、ですか……」
クーカスの後ろについてきたルリアが眉をひそめてそう呟いた。
するとメアリが彼女を抱きしめて、「大丈夫よ、ルリアちゃん」と優しく声をかけた。
「ああ、レジスタンスの人たちは俺とメアリの車で避難させたから無事だ。--でもアジトのほうは完全に奴らにやられた」
今は別の場所に隠れている、とハースが付け加えた。
「でもいつまで持つかはわからない」
メアリがそう言い出すと、クーカスもいつの間にか新しい戦闘服に着替えてシーカのいる方へ目を向く。
クーカスたちがいるこの場所から、廃墟都市・イングゥの入口まで、シーカがまるで一本の道を作るように、アニモの群れを切り開いた。
「さすがシーカ。仕事が速いね」
メアリがそう言うと、
「そりゃあそうだよ。ーーあいつ、絶対楽しんでいるだろう。ずっと我慢していたからな」
クーカスがそう相槌を打った。目を細めて、しばらく戦場を眺める。
光のような糸が素早くアニモの群れに走り回り、その光に襲われたアニモは見るみるうちにただの肉の塊に化けていく。
「よく見えないけど……シーカの奴、今絶対笑っている……」
四人は苦笑いを交わしてから、ルリアが「ボックス」に新たな宇宙砂を入れる。
ブーンと機械音の回転音が響き、ルリアが空へ上がりながら復帰したマイクに声を入れる。
「さあ、私たちも行きましょう。--シーカ」
『……すぐ終わる』
「いいえ、その必要はないよ」
ルリアがアニモの群れの上空まで飛ぶと、ボックスを開けてさっきもらった宇宙砂の瓶を、四つ取り出した。
「ーー燃料爆弾、投下します!」
小さな四つの瓶が地面が落ちていく。そして地面と接触する瞬間、一気に火の竜と化してアニモたちを襲い掛かった。
「おおお! 燃えてる燃えてる!」とハースが笑い上げると、「あの、ルリアちゃん。いっぱい持ってきたと言ってもそんな使い方じゃあ……」とメアリが苦笑いをした。
今度は火の海が廃墟都市・イングゥの入口を塞がっていた。
「……殺す気か」
髪についた何かの燃えカスを取りながら、シーカは戻ってきた。
「ごめんごめん……シーカならきっと避けられると思って」
でたらめに暴れるシーカとルリアを見て、メアリはやれやれと頭を抱えた。
「これ、どうやって入るの? --任務忘れてないよね?」
アニモの群れが火の海に変わっただけで、イングゥに入れないことは変わらなかった。
「大丈夫さ。俺に任せろ」
今度はクーカスが前に出た。
腰を落とし、重心を落ち着かせる。
大きく息を吸い込んで、クーカスは身体を膨らませた。
「--ハァっ!」
腰を捻り、その勢いで巨体化した右拳を突き出す。僅かな回転を加えただけで、クーカスの拳には爆風が帯びた。
ーークーカスの撃ち出す風が道を開いた。
「何回見てもすごいなこれ」
ハースの驚嘆に、クーカスは「だろ?」と自慢げな顔で返した。
「じゃあ、行ってらっしゃい。わたしたちはここで車を直すから」
修理道具を手に取って車に近づくメアリ。それを見たハースも「あとは任せたぞ」と言って、一緒に車の修理に加わった。
「ああ、任せろ」
とクーカスが返事をした。
新品な戦闘服、神鋼剣の刃、そして宇宙砂。
万全な状態になったルリア、クーカスとシーカ三人は廃墟都市・イングゥに足を踏み入れる。
「せっかくのランチタイムを邪魔してくれたな。--借りを返してもらうぞ!」




