10 ー 世の中
「人類の強さ、ですか」
カントウの言葉を反芻し、ルリアは黙り込んだ。
「そりゃあもちろん、力だ!」
拳を握り、腕を上げる。クーカスは自慢な筋肉を露出して答える。
「じゃあ、シーカくんも君のように素手でアニモに勝てるのだと?」
「それは……」
クーカスが目を向くと、シーカは黙ったまま頭を横に振った。
「あなたと違って力の弱いシーカくんを、あなたは弱いと思うのかね?」
「そんなことはない」
「だろうな。つまり力は人類の強みではないのだ」
あっさりと論破されたクーカスは凹むように肩を落とした。
「……道具」
次はシーカが口を開く。
「なるほど。力比べでは、そもそも人類が負ける場合のほうがほとんどだ。それでも人類は動物に勝てる。その理由は、人類が道具を駆使できる、と。--シーカくん、あなたはそう思うのかね?」
バベル式神鋼剣をぎゅっと握るシーカに、カントウが確認するように訊いた。するとシーカは頷いた。
「しかし、道具を使用する例はずいぶん前からたくさん発見されたよ。『人間だけが道具を使う』という観点は、わたしが生まれる前にはすでに論破された。その経緯を話すとちょっと長話になるだが、--ルリアくん、あなたは知っているだね?」
「はい。方舟にいた時に、データベースで見ました」
ルリアがそう言うと、シーカも納得して再び黙り込んだ。
全員の目が一斉にルリアに向いた。
「え? わたし?」
まるで彼女の答えを待っているかのように、カントウは微笑みを、シーカとクーカスは期待の眼差しを。
「えーど……そうですね、やはり道具です」
ルリアが隣においてある「ボックス」を触りながら、さらに言葉を足した。
「でも、道具を使うのではなく、道具を作るのです」
ほう! それだ! とクーカスが声を上げた。
カントウのほうは相変わらず微笑んだまま、続けて、というサインを込めて手のひらを見せる。
「確かに、鳥が枝を咥えて巣を作る行為も、見方によればそれは道具を作っていると言えますが、私が言いたいのは……そう、動物にはこう言う道具は作れません」
ルリアが後ろにおいてある無線機を指して言った。
その後しばらく、この通信室に誰も声を発さなかった。そしてカントウがこの沈黙を打破する。
「それがあなたの答えでいいよね?」
「はい!」
「ファイルアンサー?」
「……は、はい」
カントウの表情を見ると、ルリアが急に自信を無くした。
「10点だ」
「やったぜ! さすがルリアだ」
クーカスが躍り上がると。
「満点は100点だ」
「えええ!?」
一喜一憂するクーカスを一瞥して、カントウがルリアに向き直す。
「あなたはまだ本質を見抜いていない。ーー人類は機械と呼ばれる類の道具が作れると言っても、最初からできたわけじゃないんだ。人類も最初の頃は、巣や棒、衣服などの道具を作るのが精々。--まるで動物と何も変わらないのさ」
少し溜めて、カントウが続けた。
「動物と違わない人類が、やがて動物よりも高度な道具を製造するようになる。--それきっと、動物が持ってないあるものを、人類が得たからだ。--それが何だと思う?」
ルリアたちが小首をかしげると、カントウが「ヒントを出そう。あなたたちが今日で一番驚いたことは何だ?」と言った。
「あっ」
とクーカスがそう声を漏らすと、三人は同時に答えを導き出した。
--「喋るアニモ!」
「そう。人類だけが持つ、最強な兵器は言葉だ」
三人を称賛するようにカントウは拍手した。
「動物にも言葉がある、と主張する者がいたが、わたしから見ればあれは当時の動物が掌握したのは、ただの『サイン』にすぎない。人類が使っている言葉とは本質的に違うのだ」
もじゃもじゃした白髪を搔き上げながら、カントウがもう一言を付け加えた。
「動物でも人類のように思考はする。しかし、言葉を持つ人類のみ、己の思考を『整理』できるのだ。ーー整理されない思考は記憶に残らない。次の思考に繋げるために、まず今までのことを整理せねばならないのだ。ーー船が空を飛ぶ。あなたたちが乗っていた方舟も、このプロセスを踏まなければできなかったのさ」
「でもよ」
クーカスが納得しないような顔でそう言った。しかし、次の言葉は出てこなかった。
「無理もない。言葉にそんな力が秘めているとは、20年前の人類たちも思わなかったからね」
何かを思い出すように、カントウは目を閉じた。
「20年前、とある科学者が動物に言葉を教える実験に成功した」
ーーーーー
20年前。動物が人語を話した。
インコのように、発声を真似るのではない。意思の疎通も確実にできた。
テレビに、動物たちと会話を交わす【バベル】の科学者が映っている。それを見た多くの人はそれをあんまり快く思わなかった。
--「まったく、こんな時に【バベル】は何をやっているんだ」「明日にも戦争が爆発しそうなのに、科学者ってはのんきなものだな」「動物の軍隊でも作ってくれたらいいのに、あの【バベル】じゃあできないか」「宝の持ち腐れだ! あの頭脳をオレにくれれば、こんな戦争一瞬で終わらせる!」
と、戦時下にいる人たちは誰も【バベル】のあの実験に興味を持てなかった。
「やれやれ。今になって気づいたことじゃないけど、世の中にはバカしかいないのか?」
20代に見える、白衣を纏う青年がふさふさな金髪を掻きながらグラスに残る氷をリンリンと鳴らす。
「このおれの研究発表が『xx国のミサイル発射実験の成功!?』なんてバカな記事に埋もれたとは……世の中は腐ってる! ーーそう思わないか? カントウ」
「【進化のヤハ】がそう言うなら、きっと世の中は腐っているのだろう」
カントウ・フジワラは、大学の同期、ヤハ・マルクスにあるバーまで呼び出された。
二人ともわずか一年で大学から卒業し、今ではかたや大学の教授、かたや反戦科学研究会【バベル】のトップ。
「一体いつの話をしているんだ……今じゃあ【進化のヤハ】より、【破壊のカントウ】だよ」
「ははは、だったら」
空になったグラスをバーテンダーに返し、お代わりのグラスに唇をつけてから、カントウが冗談めかして言う。
「その研究をわたしに渡せば、すぐにニュースのトップに上がらせるよ」
「バカなことを言うな!」
と、酔った勢いでヤハは大声を出した。
同時に、店の客からスーツ姿の4人が席から立ち上がり、スーツの懐に手を突っ込んで何かを取り出そうとした。
「よせ」
カントウが手を上げてそう言うと、4人はまた席に座り直した。
「なんだ? おれのことを知らないなんて、また新人を雇ったか?」
「ええ、まあ。前の人たちは先月やられたさ」
ーー【破壊のカントウ】。一部の人たちにそう呼ばれる兵器の天才カントウ・フジワラは、どの国にも加担することなく、気まぐれでどの国にも取引をする。
故に、各国政府や武器商人……そんな彼を恨む人がたくさんいるため、カントウ・フジワラは常に数人のボディガードを連れている。
「で? そんなことより、どう? 世の中のバカにはわからないけど、人語を話す動物はかなり使い道があると思うが?」
カントウの問いに、ヤハは長い溜息をついてから酒を仰ぐ。
「まったく、世の中にはバカと狂った戦争マニアしかいないのか……」
「ははは、戦争マニアなんて、あなたも冗談を言うようになったな」
酒と一緒に出されたつまみのピーナッツを一粒口に入れて、カントウは笑い飛ばした。
「わたしは面白いと思うものを研究するだけさ。--ただ、なぜかそれを買いにきた奴は戦争を好むものばかりだけどね。--客を追い出すわけにもいかないしな」
「貴様の大学は給料を出さないのか? ーーちゃんと給料が出せる大学を紹介しようか?」
「戦争のおかげでどの国も教育に経費を割らないからね。どこに行っても給料はそんなに変わらないよ。それに今は面白い生徒が一人いるから、しばらくこの国にいるつもりだ」
それを聞いてヤハは氷を一つ口に入れて、小声で訊いた。
「【バベル】に戻る気はないか? 武器を売るよりは儲からないと思うが、こういった店で酒飲むくらいの余裕は持てるぜ?」
カントウは目をほそめて、ニヤっと笑った。
「『アダマント』。--先日ある者から、宇宙から取ってきた鉱物をもらってね。常温状態では砂にしか見えないけど、加熱すればするほど硬くなり凝固する。わたしの計算ではその理論値は今存在するどんなものをも超える」
その話を聞くと、さっきの酔いっぷりはまるで嘘のように、ヤハの目は一瞬で冴えた。
「で、わたしは今、ある面白い考えが」
「ちょっと待て。もしまた兵器を弄る気なら【バベル】に戻してやる話はなしだ」
「あなたはわたしに大きな誤解を抱えているようだ。--まあ、兵器かどうかは使う人次第、わたしの知ったこっちゃないさ。--そんなことより、わたしの話に興味はないかい?」
ヤハはバーテンダーにもう一杯酒をもらった。
「別に。どうせ核爆弾の臨界値を伸ばすことでも企んでいるだろうよ」
「そんな恐ろしいこと、わたしが考えるわけないじゃないか」
その冗談をヤハがスルーした。
「まあ、核爆弾と関係あるのは確かだーー核爆弾を所持する国にこっそりと常温状態の『アダマント』をばら撒く。で、もし核爆弾が発射されたら、迎撃ミサイルで即時に核爆弾をその国で起爆させるのだ。すると、そのエネルギーを吸収した『アダマント』は凝固して巨大な蓋となり、その国を鍋のように閉じ込む」
タバコを一本取り出して火をつける。煙を吐いてからカントウが続ける。
「迎撃ミサイルだと気づかれるから、その代わりに、あなたの実験成果を借りたいわけだ。--そこら辺に飛んでいる鳥がまさか『アダマント』をばら撒いて、しかも核爆弾の迎撃までするとは誰も思わないだろ?」
灰皿にタバコを押し付けて、カントウは自慢げに言う。
「名付けて、『対核爆弾鍋蓋』。それを平和な象徴である鳩たちに搭載すれば、--どう? とても反戦的と思わないか?」
「マスター、お会計」
ヤハは席から立って、言われた通りの金を払った。
「おい、人を呼び出してそれはないだろ」
一人で店を出ようとしたヤハへ目を向くと、ヤハが店に飾られたテレビをじっと見つめていた。
「どうした?」
カントウも違和感を覚え、ヤハの目の先を追った。
すると、テレビにこんなニュースが流れていた。
ーー『今日の21時27分。【バベル】と思われる研究施設が爆撃を受けたとの情報が入りました……新しい情報が入り次第追って報告します……」
テレビに示された現時刻は、21時47分。つまり20分前のことだ。
「ヤハ」
カントウがそう口を開くと同時に、ヤハの携帯が鳴り始めた。
携帯を耳に当てて、ヤハの顔は真っ青になっていく。
「どうした? その顔はまるでパニック映画に出るような科学者だな。--実験動物が逃走したのかい?」
ヤハが何も答えないまま佇むと、カントウもついに、冗談が言えなくなった。




