9 - カントウ・フジワラ
結局ルリアたちはまず、カントウとチサトを教会まで送ることにした。
今の状態でアジトに戻るとしたら、途中で避けられない戦闘に遭遇する可能性を考慮し、カントウの話によると、教会には通信設備もあるらしい。
--そして何より、ルリアたちは「真相」を知りたがっている。
周りをきょろきょろと見回りながら進むボルスに、ルリアが「大丈夫ですよ、もしアニモが近づいたらシーカが教えてくれますから」と安心させた。
「そういえば、ボルスさんはどうしてあの地下通路に行ったのですか? 子供たちを探すようには見えませんが」
カントウ・フジワラ博士に会うために、あの地下通路に追い詰められたと、ボルスが言った。
「その話は何回も断ったはずだが? ボルスくん」
「もう一度考え直してください。カントウはかーー教祖様」
「様は付けなくていい。--それにあなたは教徒じゃないから、カントウでいい」
二人の会話を気にしているように耳を傾ける、ルリアは思わず訊いてしまった。
「何の話ですか?」
当然のように、カントウは彼女に答えなかった。
「カントウさんを我々レジスタンスのアジトに招きたく、俺が何回も教会まで頼みに行った。アニモと戦うために、どうしてもカントウさんの力が欲しい」
「こんな状況でも冗談が言えるとは、あなたは実にユーモアな男だボルスくん。--自力で歩くこともできないおっさんに何を期待していると言うのだ?」
「そんなことはない。兵器の天才であるカントウ博士ならーー」
カントウが鋭い目線をボルスに向け、ボルスは自分の言葉をそこで断ち切った。
「私、知ってます。--【バベル】は反戦組織なので、武器専門の科学者が組織にいてはいけないので……カントウさんはそれで【バベル】から追放されました、と」
「追放、か……ははは、それはきっとあの禿があなたたちに教えただろう」
「ぷっ! --それ、ヤハ爺の前に言ったら絶対怒られる……」
過呼吸から回復したはずのクーカスは今度、笑いを堪えるためにまた苦しそうな顔になった。
「まあ、それも含めて、あとでゆっくり教えよう」
地下通路を進むルリアたちは、更に地下へ潜った。
地下へと続く入口の前に、アニモの気配を探るため、シーカは足を止めて目を閉じた。
「心配する必要はない」
カントウがシーカに声をかけた。
「そこに入ったら安全だ」と言って、カントウが隣の壁にある、小さな黒い箱を指した。「あれはネズミが嫌う超音波を発信している」
黒くて小さな箱。よく見つめてみないと、ただのゴミに見間違うこともある。実際にこう言われてみて初めて、ルリアたちはここまでの途中でもあの箱を何回も見かけたようなが気がした。
「でもーー」
超音波を発信していることはむしろ敵に「自分たちはここにいる」と教えるようなものじゃないか、とルリアが言いたいその時。
「もちろん。ダミーもたくさん設置した」
まるでルリアの考えを見透かしたように、ルリアが質問する前にカントウが答えを先に言い出した。
「ぷっ! --ルリアがバカに見える……」
くすっと笑うクーカスに思いっきり蹴りを入れて、結局自分の足を痛めたルリアが涙目でクーカスに怒鳴りつけた。
「あんたには言われたくない!」
「ははは、気にしないでくれ」
カントウが笑いを上げた。
「こればかりは頭の良さとは関係ないからな……経験、もしくは失敗の積み重ねだ」
今の地球において、失敗の積み重ねはどうのような結果を招くか、ルリアたちもよく知っている。だから、笑っているカントウの顔に潜む僅かな悲しみの正体も、薄々感づいた。
「その先だ」
方向感を狂わせる、迂回な道をやっと踏破した。
光を向かって、出口から足を踏み出す瞬間、まず目に入ったのは、数人の教徒らしき服装を纏う男女だった。
「教祖様! --どうしたのですか!?」
「交渉が上手くいかなかっただけだ……先にチサトくんの治療を頼む」
カントウの帰還を気づき、彼らはまずはカントウの安否を確認した。
数人の教徒がチサトを運んでどこかへ行った。
残った一人の女教徒がようやくルリアたちの存在に気づき、彼らへ目を向いた。
「ようこそ、教会へ。--もう大丈夫ですよ」
彼女はルリアたちを、カントウが拾ってきたかわいそうな子供と勘違いしたように、優しい笑顔で声をかけてきた。
「彼らは【方舟】から来た調査隊だ。今回は彼らに助けてもらったよ」
カントウがそうルリアたちを紹介すると、その教徒が信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
「クーカス」
「わかってるって……」
クーカスがすねる前にルリアが釘を刺した。
「まずは食事の用意をしてください。--あとそこの少年に服をもってきてくれ。このままじゃあ風邪をひいてしまう。今じゃあ風邪薬でさえ限りあるからな」
「わかりました。--では教祖様も早く治療をなさってください」
また二人の男性教徒がやってきて、カントウを運んだ。
ルリアたちがカントウを運ぶ教徒たちのほうへ目を追うと、彼らが行く先に、おおよそ高さ5メートルの建物が見える。
「あなたたちも。ーーゆっくり休んでください。ーー彼らを通信室まで案内してくれ」
ルリアたちが案内人についていって、教会と彼らが呼んでいる建物の中に入った。
教会の中はかなり広い。レジスタンスのアジトの倍もある空間だった。
広間には数列の椅子が並んでいる。椅子に座ればちょうど皆同じ向きになっていて、目線の先には、枝を咥えている鳥の像が飾られている。
「こちらへ」
広間の奥に、赤いドアがある。
案内人がそのドアを開けて、ルリアたちに入るよう手を指した。
「レジスタンスのアジトに繋げますか?」
薄汚い茶色の箱の前に、案内人はルリアたちにそう訊いた。
「それは何ですか?」
「これですか? 電話、です……レジスタンスのアジトにも同じものが一台設置されているはずだから、これを耳に当てると向こうの声を聞こえます……」
何の反応も示さないルリアたちを見て、案内人は困ったような顔で説明を付け加えた。
「これは受話器と言ってーーあ、この丸いやつを回すのは、周波数を……」
案内人は頭を掻きながら、脳内に言葉を整理しているようだ。
「やれやれ、説明が下手過ぎる。--彼らをただの子供と思うな。そこのお嬢ちゃんはあなたよりも賢いのだ」
「すみません、教祖様」
包帯で両足を巻いたカントウが両手に杖をついてやってきた。
「無線機、もしくはトランシーバーと言えばわかるかね?」
「はい」
ルリアが振り向いて答えた。
「でも実際に見るのは初めてです」
「当たり前だ。わたしの子供時代でさえ、こんなものでも、もし考古学者に知られたらきっとバカみたいな値段をつけて買いに来るだろう」
不思議な話を聞いているような眼差しで、ルリアはカントウと無線機の間に目を往復させた。
「まあ。それも本物だったらの話だけど。--これはわたしが昔の文献を参考にして作った、無線機みたいなものだ。ーー武器以外のものを作るのは不慣れでね、たまに繋がらないこともある。これはただポンコツだ」
自嘲的な口調でカントウが言う。
「方舟に繋がりますか?」
ルリアはポンコツと呼ばれた箱を眺めて訊いた。
「それは無理だ。これは同じ機種でしか通信できない。--前にもう一台をボルスくんにプレゼントしたから、アジトとは繋がると思うが」
それを聞いたルリアは肩を落とした。
アジトに繋がったところで、彼らの問題は解決されない。
「あなたたちは方舟と通信を取るとき何を使っているのだ?」
「これを使います。--でも今は壊れたみたいで」
ルリアがカントウに後ろを向いて、「ボックス」を見せた。
「わたしに見せても?」
「どうぞ」
ルリアが「ボックス」を下ろして、カントウの前にそっと置いた。
「ふむ……これは電源切れだな。--動力源は、電力……だったらここで充電すれば再起動できるはずだが、余計な機能がついたせいで、起動させるには膨大なエネルギーを食ってしまう……ここの電力を全部使ってもこれを起動させるのは無理だな、--おっと!」
「気をづけてください」
じっくり「ボックス」を見つめるカントウがうっかり体勢を崩してしまって、転びかけた。幸いルリアがちょうどカントウが転倒する方向にいたので、上手くカントウを支えた。
「まったく、こんなものを作り暇があれば、車椅子でも作ってくれないかね……ありがとうごう、ルリアくん。--ん?」
カントウを支え上げるルリアが身体を動かすと、ポケットから小さな板が飛び出してきた。
「それもあなたのものかい?」
「いいえ、これは、あの地下通路で拾ったもので……まだ分解してなかったからこれは何かはまだわかりませんが」
それを聞いたカントウは「ははは」と笑った。
「カグヤくんの弟子とは本当みたいだな。わからないものを見つけるとすぐ分解しようとする」
懐かしそうに、カントウがそう言った。そしてルリアからその小さな板を受け取って、口を開いた。
「これはスマホという、昔の人類が使っていた通信機だ。--私の生徒たちはほとんど、ゲーム機として使っていたが、これは通信機であることは間違いない」
「げーむき!? 何それ!?」
目を輝かせるルリアを見て、カントウはニヤっと口の端を吊り上げる。
機械類に興味のないクーカスとシーカでさえ、「ゲーム機」という響きに気を引かれたように、カントウを見つめた。
三人の顔を窺って、カントウが言う。
「上での生活はかなり退屈のようだな。あなたたちを見ていると、15年前についていかなくてよかったと思ったよ」
カントウはスマホという板をさっきの案内人に「充電を頼む」と言って渡した。
「方舟と連絡が取れるかもしれない。スマホが充電完了までしばらく待とう」
「じゃあ、さっきのげーむきの話をしましょう!」
食いつくルリアたち。そんな三人に、カントウは無言のまま、椅子に座った。
案内人とボルスに部屋から出るよう目線を配り、カントウ、そしてルリア三人、--通信室に残っているのはこの四人しかない状況を作ってから、カントウが意味深い笑顔で、口を開いた。
「さて。ゲーム機の話と、世界の真相。--どっちを先に聞きたいかね?」
三人は、一瞬で顔を引き締めた。
「なるほど、あなたたち三人が選ばれる理由も納得したよ」
カントウはその冗談めかした話し方を慎んだ。
「地球が今の様子になる原因を話す前に、あなたたちに一つ、答えてもらいたいことがある」
まるで生徒に講義をしている教師のように、カントウはゆっくりと口を開く。
「ーー人類の強さは何だと思う?」
兵器の天才ーーカントウ・フジワラによる歴史講義は、この質問から始まった。




