(第五話) 身代わりの男
春を惜しむ、名残の桜が平泉を薄紅色に染めている。そして、燃え盛る義経の屋敷の高舘で、最後の仕上げが行われようとしていた。
義経主従が平泉を抜け出して後、九郎判官と云われた義経の影武者の杉目太郎行信が、燃え盛る炎の中、義経の代役としてこの地に果てる瞬間を迎えている場面である。
「我が主君、義経様の影武者として終えるこの身、決して悔いはない…」
思えば、義経の配下となり影武者の役目を担ってきた行信は、主との出会いを思い出すように平泉の夜空を見上げて懐かしそうに見つめている。
身代わりを務めたといわれる杉目太郎行信は、義経の母方のいとこと云われ、年や背格好が義経とよく似ていたため、以前から義経の影武者となっていたと言われる事実が伝承的に宮城県に残っている。
その行信は、佐藤基治の子と言われ、奥州杉妻城(現在の福島県庁のあることろ)の城主だったというのが伝承の一つとして残る。
物語はこの高舘の襲撃より前の、泰衡が身代わりの要請に行信の屋敷に向かう場面である。
奥州藤原氏の四代目の泰衡が、義経の偽装襲撃を演出することを心に決めた頃にさかのぼる。
泰衡は義経を助けて逃れさせるために、杉目太郎の屋敷を訪れ、説得を目論んだ。
その日は霧が一面に立ち込め、辺りは朧月の微かな光が闇を照らし、静けさがいっそう感じられる夜であった。
「今宵の闇夜の月、訝しげである」
泰衡は行信の屋敷に来るまで、十分に慎重な行動をとっていた。その井出達はまるで乞食の格好にも見える。
「夜分のこと、お頼み申す!」
泰衡は、そのみすぼらしい恰好で表門の戸を叩いた。
すると、門番が夜分に来る者を見て、
「何事か!」と顔を出した。
「なんでえ、乞食じゃねえか!」
「我が屋敷は、杉目太郎行信様の御屋敷じゃ…」
「乞食には、用はねぇだぁ!」
門番は門前払いで、戸を閉めようとした。
「物乞いなどに用はない…」
門番は、変装してきた泰衡には気がつかぬ様子であった。
「わしじゃ!」
慌てるように泰衡は、かぶってきた頭の布を取り外す。暗がりに見えた大御所の顔を見て、門番は慌てた。
「な、なにごとですか…」
「こんな夜分に?」
「まるっきり、乞食と思いまして…」
「申し訳ございませぬ!」
身なりは乏しい乞食に見えても、その顔を見慣れている男は、その泰衡の顔を見分けることが出来たのである。
「いま、行信様を呼んで参りまする!」
門番が奥に行ってから、行信が慌てるように現れた。
「これは、泰衡様。このような、夜分にご来着…」
「何か、急用でございますか」
「まずは、かたじけないと存じます!」
行信が屋敷に泰衡を招き入れ、泰衡を応接間に案内した。二人は、腰をかけて会話を始めた。
「遠路遥々、この行信をお尋ねくださり、恐悦至極でございます!」
「なにか、特別な御用でもあるのでしょうか?」
行信は泰衡の身なりを見ると、ただ事ではないことを、いち早く察知している。
「今回は、大切なお話があるので、このような身なりでやって来ておる…」
「如何せん、乞食みたいであろう」
「目立たぬわ!」
泰衡は当たりを見渡すと、用心のために、屋敷の障子を閉めさせることを提案する。
「あいすまんが、屋敷の障子を閉めてはもらえぬか…」
すると行信の指示で、障子が閉められることになる。
「間者が、こちらを探っている可能性があるのじゃ…」
小さな声で、行信に近寄り手招きした。行信は、それを見ると身を乗り出してくる。泰衡は続ける。
「影武者として、今日まで従っている、義経殿の屋敷を偽装襲撃することが決まった…」
「その仕上げに行信殿に申し訳ないことであるが、義経殿の身代わりとなって、自害して頂きたいと考えておる!」
懇願する泰衡の目には、涙がにじんでいる。悲しい決断ではあるが、主君の義経のために死ねると、影武者の行信には武士の誇りに思えた瞬間であった。
少しだけ、間を置いた行信であるが、覚悟が決まるように「口」を開くことになる。
「お解かり申した!」
「格なる上は、仕上げに屋敷に放火して頂きたい。この首を、分からぬ様に仕上げてもらえば、鎌倉殿に対しての時間稼ぎは必定といえましょう」
その堂々とした様子を見ていると、泰衡は泣かずにはいられなかった。
「主君を、助けるためには仕方がないのです」
「泣かないで下され、泰衡殿!」
覚悟が決まるなか、行信は泰衡の手を握りながら泣いている。この時に、義経には内緒で事を運ぶ密議が行われている。
それから襲撃の時を迎え、杉目太郎は、義経には内緒で高舘にやってくる。そして、火が放たれる寸前に、義経の一行が、離れるのを確認すると、屋敷内に密かに侵入する。
長野太郎の軍勢は、偽装襲撃を繰り返していた。泰衡に選ばれた、偽の義経主従も奮戦して、自害して果てる演出も行われている。
そのとき、杉目行信は燃え盛る炎の中で、割腹自殺の場面を迎えている。
「もはや、これまで。義経様の身代わりで旅立つ栄誉…」
「この行信、見事に散って果てて見せますぞ!」
行信は装束を捲り上げ、尖った刀を腹に当て、思い切り十文字に腹を切り裂いた。
「義経様!」
「これにて行信、見事に散って見せますぞ!」
そう言い残すと、行信は平泉の露と消えた。燃え盛る炎が、悲しく赤く輝いていた。
行信、若干惜しまれる享年二十九歳でこの世を去る。義経の影武者として数多の戦に従軍し、その近くで義経を見てきた武将の最後のあっぱれな散りぎわなるお役目であった。
続く。




