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(第六話) 佐藤基治の館

 偽の義経の首が鎌倉に届く前に、奥州の奥地を行く義経の一行は、平泉を脱して束稲山たばしねやま(束稲山は、現在の岩手県平泉町、奥州市、一関市の境界にまたがる山)の麓を佐藤基治の屋敷を目指し急いで山道を進んでいた。


 彼らは、背中においを背負い、山伏の姿に身をやつしていた。それは、人目をはばかるための仮の旅装束である。

笈というものは、背中に負う経文などを入れる箱のこと。僧、六部、山伏などが諸国回遊のために用いたもので、文箱ふみばこともいわれている。その笈は、背中に背負って移動することが多く、多くの修験者達の貴重な持ちものとなっていた。


 義経一行は、その再起の意味と、行方知れずになった常陸坊海尊の情報を得るため、その目的地である佐藤基治の屋敷を目指している。

「また、このような格好で、基治殿の屋敷を目指すことに人目をはばかる意味があると思うのだ…」

 弁慶は、矢傷が癒えない状況下で足を進めていた。

「まったくじゃ…」

 ぶつぶつと、伊勢三郎が口を尖らせた。

「今後は、傷を癒すことに専念しないとどうにもならん!」

 喜三太が、やや回復していると見えて、横になっている戸板の上で口を開いて呟いている。

「喜三太、あまり言葉を出すでない…」

 義経の屋敷で深手を負った喜三太を見て、片岡常春が心配そうに喜三太をたしなめている。

「仕方があるまい、命があるだけでも有り難いではないか…」

 義経が、自害を決意したときの情景を思い出しながら当時の状況を振り返ってつぶやいた。

それに従う一行も、平泉の戦闘で刀傷を負っている者も多い。

「傷が疼きまする…」

 鈴木三郎が、腕の傷を抑えながら束稲山を見上げている。


 まず一行が、最初に身を寄せたのが長部おさべ(現在の平泉)にある佐藤庄司基治の屋敷であった。

基治の屋敷の前までは、杉林が生い茂っていて、鬱蒼うっそうとした林の中に、外からの侵入を拒むように屋敷が居を構えている。

「見事な杉が立ち並んでいる…」

義経は、その杉の林を見ていると、平泉に初めてやって来た頃を思い出さずにはいられなかった。

「懐かしい想いがしますな!」

 その様子を気遣う、片岡常春がすかさず声をかけている。

「複雑な心境とは、このようなことを言うのか…」

 鷲尾三郎が、今は遠く離れた故郷の戦上である鵯越を思い出している。

「そうであったな。遠くまで来たものじゃ!」

 その一言が、重い意味をなしていることは、弁慶らも承知であった。


 一行は、傷を負いながらも歩き続け、ようやく基治の屋敷に到着する。周辺を見渡した後、義経は屋敷の主にそっと声をかけた。

「お邪魔申す!」

 義経が軽く挨拶をしていると、中から屋敷の主、基治が出てきた。

「どなた様ですかな?」

 基治は、目を凝らしてこちらを見つめると、驚いたように向かってきたのである。

「これは、義経様。ご無事でありましたか!」

「平泉で、泰衡様の偽装襲撃があったことは存じておりました。

 義経の無事を確認した基治は、安堵の表情を浮かべている。

「お久しゅうございます…」

 義経は、挨拶を済ませると基治の手を握り再会を喜こび、募る想いを述べて屋敷にたどりついた安堵感から気を失いかけた。

「大丈夫でございますか…」

 基治は義経を抱えて抑えている。

「すまぬ!」

 義経は基治の屋敷にたどり着いた喜びを隠せなかった。


 佐藤基治は、義経にその命を賭けた主従の継信と忠信の二人の父である。義経のために命をかけた両名は、もうこの世にはいない。

「お入りくだされ」

 基治に即され、主従は邸内に入っていく。背負っている笈を、背中から取り外し、一同は囲炉裏の周りに座り込む。

 喜三太だけは、深手を負っているので、その場所の隣の部屋に休ませた。

「基治殿、かたじけない」

 そう言うと、義経は眼を閉じる。目蓋を閉じれば、今は亡き継信や忠信の姿が浮かんでくるのであった。

「忠衡様と、平泉を落ち伸びたと聞いておりました」

 平泉の襲撃を、偽装と知っている基治は、義経がこの場所を訪ねてくることは覚悟の上であった。


 基治は、続けて二人の息子の最後の様子を義経主従に訊ねることにした。義経は、目を開いて語りだした。

「屋島の闘いのおりに、佐藤継信は私の身代わりとして、平知盛の射た矢を喉元に受けました」

「私は、この世に思い置くことはないかと尋ねたところ」

「継信は、こう云いました」

「別に何事も思い置くべきことはありませんが…」

「されど、主君が世の中で栄達するのを見ずに死ぬことが、いかにも心に懸かる想いであることです…」

 その言葉には、志半ばで散る義経の主従の悲しさが物語っている。そして義経は続けて、その状態を思い出すように話し出す。

継信はひん死の状態で、声を絞り出していた。

「武士は、敵の矢に当たって死ぬことは元より期するところです」「なかでも、源平の合戦に奥州の佐藤三郎兵衛継信という者が、讃岐の国、屋島の磯で主に代わって討たれたと、末代までの物語に語られることこそ、今生の面目であり冥途への土産ばなしです」

「そう言うと、静かに継信は息を引き取りました」

 継信の最後は、武人として立派であった。主君である義経を守るべく捧げた命の重さが伝わってくる。一同は、涙して故人を偲んでいた。

義経は続けていう。

「私は鎧の袖を顔に押し当てさめざめと泣き、近くに僧がいないか探させ、継信を供養させました」

「継信の弟の忠信をはじめ、これを見た侍たちは、皆涙を流していました…」

 義経は、感情を抑えることが出来ず、涙声で事のすべてを話し終えた。言い終わると義経は、悲しみが心の底から込み上げてきた。

 その表情を見つめる一行の想いが、基治の屋敷にて思い出の涙に変わってゆく瞬間であった。

 寂しげな弔いのさざめく風が、継信の魂を浄土へと運んで行く。


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