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(第四話) 危機一髪救われた義経

 弥生たなびく花美月のなか、昨日までは、信用できる味方であった筈の藤原泰衡の手勢が押し寄せてきている。


 高館は軍事施設であった。屋敷の外側には、深い堀が張り巡らされ、敵の侵入は一か所だけに絞られた作りであった。

その高館なる衣川館は、前陸奥守民部少補、藤原基成の宿館として『吾妻鏡』に登場する。基成は、二代基衡の治世に約十年間陸奥守を努め、帰京後に弟の信頼が起こした平治の乱により陸奥に流されたことがある。

 その基成は、娘を秀衡に嫁して泰衡をもうけさせ、秀衡の岳父・泰衡の祖父として衣川館を任されていた。

 その基成は、義経とも遠い縁で結ばれている。すなわち、義経の生母である常盤御前の再嫁先である一条家と藤原基成は親戚に当たり、義経を平泉でかくまうよう、一条家から基成に懇願があったと云われている。

 その高館を義経の宿所にしたのが、その基成の配慮からである。


そんななか、騒然たる義経の屋敷では、敵味方が入り乱れ混乱の状態にあった。そんな場所に天の悪戯であろうか、泰衡の使者がやってくることになる。


 現場は騒然としていた。その時である…。

「お待ちくだされ、判官殿。早まってはなりませぬ!」

「お待ちくだされ!」

 一人の見覚えのある男が、裏口より慌てるように、今にも自害しようとしている義経の屋敷に飛び込んで来たのである。その一瞬の出来事に、郎党たちは皆、驚いている様子であった。

「忠衡殿!」

 義経の郎党が叫んだ。

 その修羅場と化している場所に飛び込んできたのは、藤原泰衡の弟の忠衡その人である。

 衆寡敵しゅうかてきせずと思われた、絶体絶命の義経主従の最後と思われたときに、義経の命運を変える救い主が現れたのである。

その様子を見ている一同は騒然としている。攻め手と守る側が呆気に取られ、口が開いたまま声が出ぬ有様が、異様な雰囲気を醸し出していた。

「これは、策略なる我らの仕組んだ偽装襲撃でござります。双方とも、刀を収めてくださいませ!」

「泰衡様が考えて仕組んだ、偽りの襲撃でございます」


 攻め手の大将である長崎太郎は、その様子をみて驚いている様子である。それもその筈である…主である泰衡の命令に従い、猛攻を繰り返していたのだから無理もない。

 この襲撃を任された長崎太郎でさえ、その偽装襲撃の意味を聞かされていなかったのである。


「落ち着いてくだされ、泰衡様の巧妙な策でございます」

 思わぬ忠衡の起死回生の出来事の言葉に、危急存亡の危機であった義経主従は、その時に泰衡の思慮の深さの真相をこの場所で知ることになった事は云うまでもない。

「偽装襲撃でございますか?」

「我らは、この襲撃が偽りとは知りませぬぞ!」

 攻め手の大将、長崎太郎は眼を丸くしていた。

「そうだ、泰衡様の鎌倉方の目を誤魔化す仕組んだ大芝居よ!」

 事の真相を話しだすと、攻め手側と守りに徹していた義経主従が、やっと偽装襲撃の事実を知って納得しはじめた。

「そうであったのか…」

「しかし、泰衡様もお人が悪い!」

「何も、聞いておらぬから、危なく義経様を自害に追い込むとこであったぞ…」

 大将として将兵を率いる長崎太郎は、天を見上げ一息漏らした。しかし、のんびりはしていられない。


 最後の仕上げの手筈を整えねばならぬことは、この作戦の最後の醍醐味と云うほかは何もなかった。

「これより、屋敷に火をかけます。偽装襲撃の最終なる仕上げになります」

忠衡のいう通り、双方とも訳のわからぬまま屋敷に火が放たれる。

「義経様、これより忠衡が、脱出の経路を案内仕ります!」

「この地には、間者が来ているかも知れませぬ…」

「一刻も早く、この地を離れましょう!」

 事を知った攻め手は、忠衡に云われるように、偽装襲撃を完了させるため高館を襲っているように見せかけていた。

「この義経も、生き長らえるとは、まさに奇跡のような想いである」

 義経は、やっと小刀を鞘に納め、屋敷を離れる覚悟を決めた。


一行は、燃え盛る炎の中、急いで高館を逃れてゆく。

「忠衡様が、生きておられるとは、この弁慶もわからなんだ!」

「信じられませぬ…」

 驚愕の事実を知って、弁慶は気持を落ち着けている。その矢傷は、見るからに痛いげである。

「急所には、矢は達していない…しかしながら…」

「わしは何人かは、本気で殺めたぞ!」

 弁慶は、襲撃が迫真に迫る感じであったので、獅子奮迅の活躍を見せたのである。その表情からは、鬼神の如くの顔つきは、すっかり消えていた。

 喜三太が声を出そうとしたが、主従に留められ、運び戸板の上に寝転んでいた。

「大丈夫か、喜三太!」

 義経が喜三太に声をかけると、喜三太は大丈夫というように手を挙げた。

「しかし、偽装襲撃とは思いもせぬ、両軍乱れての必死の攻防でしたな…」

 そう言う、郎党の片岡常春が、返り血を浴びたくらい真剣に闘っていたのである。その他の面々も、あの時は「もはや、これまで…」と覚悟を決めていたという状況下であることは間違いないなかった。


 その様子を見ていた北の方が一言つぶやく。

「誠に、これまでと思いました。義経様に刀を突き付けられた時は覚悟を決めておりました」

「それがこうして生きている事実、やはり生きていればやり直しはできることでしょう」

 北の方が、涙ながらに語っている。

四歳の娘も、さぞかし恐ろしい想いであったようだ。

「すまぬ、誠に申し訳ない!」

「一足でも遅ければ、取り返しのつかぬことになっていた…」

 あと一足、ことを伝えに来た時刻が遅ければ、もうこの世には義経は存在していない。それだけ、間一髪の救出劇であったことは、その場の緊迫感が物語っていた。

 忠衡は、義経を見て頭を下げている。遠く見える、平泉の高舘は爛々と燃えている。

 義経主従は、無事にその場所を後にした。


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