居酒屋改装 〜ぶつかり合う職人魂〜
今回の魔王様のお仕事は、居酒屋の改修工事。
職人同士のこだわりがぶつかり合い、思わぬ方向へ……。
果たして、無事に納まるのでしょうか。
「魔王殿。ちょいと頼まれてくれませんかね」
大工のじいさんが、珍しく神妙な顔でやってきた。
「何だ。申してみよ」
「甥っ子がやってる居酒屋があるんですがね。そこの改修を手伝ってほしいんです」
「居酒屋か」
俺は腕を組んだ。
「よかろう。我に任せよ」
話を聞くと、店主はじいさんの甥っ子らしい。
長年、夫婦で小さな居酒屋を営んできたが、店内の傷みが目立ち始めていた。とはいえ、蓄えもほとんどなく、大掛かりな改修は難しいという。
「できるだけ安く、きれいにしてもらえればいいんです」
店主は申し訳なさそうに頭を下げた。
「年金暮らしみたいなもんですからね。あまり金はかけられません」
「ふむ。予算の範囲で、最善を尽くそう」
俺は店内を見回した。
古びたカウンター。傷のついた収納扉。油汚れの目立つ壁面。
「カウンターはメラミン化粧板で仕上げる。収納扉も同様。厨房まわりはポリ板で十分だろう」
「おい、若造」
隣で聞いていたじいさんが口を挟んだ。
「カウンターは天然木にしろ」
「……何だと?」
「酒を飲む場所だぞ。木の温もりってもんがあるだろうが」
「耐久性、耐汚染性、維持管理の容易さ。いずれもメラミン化粧板に利がある」
「そういう話をしてんじゃねえ!」
じいさんはカウンターを拳で叩いた。
「ここは客が毎晩、肘をついて酒を飲む場所だ。木の手触りが大事なんだよ」
「ならば、天板は天然木。側面はメラミンで仕上げればよかろう」
「側面も木目を合わせろ!」
「……ほう。言うではないか」
俺は図面を広げた。
「ならば、木目の流れを切らず、見切り材の納まりも整える。天板との取り合いは――」
「見切りを入れるなら、ここは無垢材で回せ!」
「無垢材では反りや伸縮を考慮せねばならぬ。固定方法も再検討が必要だ」
「だから、それを考えるのが職人だろうが!」
「面白い……!」
俺は思わず笑みを浮かべた。
「よかろう。最高の納まりを見せてやる」
「おう、やってみろ!」
「……あの、お二人とも」
店主が遠慮がちに声をかけた。
「予算のほうは……」
「案ずるな!」
俺とじいさんは、同時に答えた。
「「何とかなる!」」
店主の顔が、わずかに引きつった。
────────
数日後。
俺たちは改修工事に取りかかった。
カウンターの天板には天然木を採用。木目を見極め、反りや癖を考慮しながら加工を進める。
収納扉にはメラミン化粧板を使用。汚れや傷に強く、日々の手入れも容易だ。
厨房まわりにはポリ板を使い、清掃性を確保する。
それぞれの素材の特性を活かしながら、取り合いを一つずつ検討していった。
「おい、そこは三ミリ逃がせ」
「なぜだ。図面上は納まっている」
「現物を見ろ。木は生きてるんだ」
「ならば、こちらの見切りを調整すればよい」
「おっ、わかってきたじゃねえか」
「ふっ。我を誰だと思っている」
「ただの若造だろうが」
「……貴様」
口論をしながらも、作業は着々と進んだ。
やがて、カウンターの天板が据え付けられた。
木目は自然につながり、側面の仕上げも美しく納まっている。収納扉との取り合いにも無駄がない。
「……悪くねえ」
じいさんが、しばらく眺めたあとにつぶやいた。
「当然だ」
俺は満足げにうなずいた。
「機能性と意匠性を両立させた、見事な納まりである」
「へっ。木を見て仕事ができるようになったじゃねえか」
「貴様の経験も、多少は役に立ったようだな」
「言ってろ、若造」
店主は完成した店内を見回し、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に、立派な店になりました」
「うむ。これからも大切に使うがよい」
俺は威厳たっぷりに告げた。
「ただし、仕上げ材の特性に応じた維持管理を怠るでないぞ」
「は、はい……」
店主は感激した様子だった。
そのときまでは……。
────────
数日後。
「……え?」
店主の声が、静かな店内に響いた。
手には請求書が握られている。
「これ、何かの間違いじゃ……」
じいさんが横からのぞき込んだ。
「ん? どうした」
「いや、だって……予算の三倍以上なんですけど……」
「三倍?」
じいさんが固まった。
俺は請求書を受け取り、目を通した。
天然木への変更に伴う材料費の増加。複雑な加工。追加の見切り材。納まりを追求したことによる施工手間。
いずれも正当な費用である。
「何がおかしい?」
俺は首をかしげた。
「これほどの仕事だ。当然の対価であろう」
「いやいやいや! 最初に予算を伝えたじゃないですか!」
店主が悲鳴を上げた。
「できるだけ安くって!」
「……そうだったか」
俺は腕を組んだ。
じいさんは請求書と店主の顔を交互に見て、頭を抱えた。
「だから言っただろうが、若造……!」
「貴様も天然木を要求したではないか!」
「そりゃあ、あんなカウンターを見せられたら、こだわりたくもなるだろうが!」
「ならば、完成したものに文句はあるまい!」
「そういう話じゃねえんだよ!」
店主は椅子に腰を下ろし、遠い目をしていた。
「これじゃあ、年金が吹き飛ぶどころか、何年働けば元が取れるんだ……!」
店主が頭を抱えて突っ伏す横で、俺は美しく仕上がったカウンターをうっとりと撫でた。
木目の流れ。見切りの納まり。素材ごとの取り合い。
どこを見ても、妥協はない。
「……ふむ」
俺は満足げにうなずいた。
「やはり、納まりとは奥が深い」
「感心してる場合かあああ!」
じいさんと店主の声が、店内に響き渡った。
────────
翌朝。
「魔王様! 大変です!」
側近が、血相を変えて駆け込んできた。
「今度は何だ」
「居酒屋の店主から、支払いについて相談が……」
「ほう」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「面白い。次はどのような納まりの問題だ?」
側近は、なぜか泣きそうな顔をしていた。
「……魔王様。今度は、金銭の納まりでございます」
「……」
俺は静かに図面を閉じた。
建築の納まりに完璧はあっても、世の中にはどうしても納まらないものがあるらしい。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
建築の仕事では、納まりを追求することも大切ですが、予算に納めることも大切です(笑)
魔王様には、もう少し勉強していただく必要がありそうですね。
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