気まぐれ猫 〜魔王とトラちゃんの物語〜
今回は、いつもとは少し違う工事の依頼です。
相手は人間……ではなく、どうやら気まぐれな住人たち。
魔王様は建築の腕前で、この難題を解決できるのでしょうか。
そして、現場を仕切る本当のボスとは……?
「魔王殿。今度は少々変わった依頼がありましてね」
大工のじいさんが、一枚の図面を持ってやってきた。
「変わった依頼だと?」
「猫カフェの増築工事ですわ」
「猫カフェ?」
俺は聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「猫と触れ合いながら、コーヒーなんかを楽しむ店ですよ」
「ほう。猫を飼育する施設か」
「まあ、そんなところです。店の評判が良くてね。猫も客も増えたんで、スペースを広げたいらしいんです」
「よかろう。我に任せよ!」
俺は図面を受け取り、さっそく現地へ向かうことにした。
────────
店は住宅街の一角にあった。
木目を基調とした落ち着いた内装で、壁際には猫が上り下りできる棚や通路が設けられている。
そして、店に入った瞬間だった。
「いらっしゃいませ。あら、大工さん。今日はお連れの方も?」
店主らしい女性が笑顔で迎えてくれた。
「こちらが改修を担当する魔王殿です」
「魔王……?」
店主は一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「よろしくお願いします。それと、この子がうちのボスです」
店主が指差した先には、茶色と白の縞模様をした大きな猫がいた。
堂々とした体格で、カウンターの上に寝そべっている。
「名前はトラちゃん。うちの猫たちのリーダーなんですよ」
「ほう。貴様がこの場所を統べる者か」
俺はトラちゃんの前にしゃがみ込んだ。
トラちゃんは俺をじっと見つめたあと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、俺の手を一度だけ嗅ぐと、何事もなかったかのように立ち去った。
「……無礼な猫だ」
「ふふ。トラちゃんは気難しいんですよ」
店主は笑っていた。
────────
店内を確認すると、確かに手狭になっていた。
猫たちが移動する通路は限られ、客席との距離も近い。
「今回は隣の空きスペースを利用して、店内を広げたいんです」
店主が説明した。
「猫たちが自由に動ける場所を増やして、お客さんもゆっくり過ごせるようにしたくて」
「なるほど。猫の動線と客の動線、その両方を考える必要があるな」
俺は図面を広げた。
「壁面にはキャットウォークを設ける。高低差をつけ、猫が自由に移動できるようにする。日当たりのよい場所には休憩スペースを設けよう」
「いいですね!」
「床材は滑りにくく、清掃性にも優れたものを選ぶ。壁面も傷や汚れに強い仕上げにする」
「さすがですね。お願いします!」
俺は満足げにうなずいた。
「全て我に任せよ!」
そのときだった。
バサッ。
図面の上に、何かが乗った。
トラちゃんだった。
「……おい」
トラちゃんは図面の中央に座り込み、こちらを見上げている。
「そこは重要な部分だ。どいてくれ」
返事はない。
「聞こえておらぬのか?」
トラちゃんはその場で丸くなり、目を閉じた。
「……大工よ。この猫、図面の重要性を理解しておらぬようだ」
「トラちゃんは、気に入った場所から動かないんですよ」
「そういう問題ではない!」
────────
数日後、増築工事が始まった。
壁面の下地を組み、キャットウォークの取り付け位置を確認する。
猫が飛び乗っても十分な強度が確保できるよう、下地の位置や固定方法にも気を配った。
ところが、作業はなかなか進まない。
「魔王殿! 工具箱がありません!」
「何だと?」
探してみると、工具箱の中にトラちゃんが収まっていた。
「……貴様、そこは寝床ではないぞ」
トラちゃんは前足をそろえ、こちらを見ている。
「おい、出てこい」
手を伸ばすと、トラちゃんは工具箱から飛び出した。
そして今度は、積み上げた材料の上に乗った。
「次から次へと……!」
大工のじいさんは腹を抱えて笑っていた。
「魔王殿、すっかり気に入られたようですな」
「どこがだ!」
さらに、壁面の棚を取り付けようとすると、トラちゃんがその真下に陣取った。
脚立を動かせば、その先を歩いてくる。
材料を広げれば、その上に座る。
休憩に入れば、なぜか俺の足元にやってくる。
「……この猫、我を監視しているのではないか?」
「違いますよ。遊んでほしいんじゃないですかね」
「魔王に遊びを要求するとは……」
そう言いながらも、俺はトラちゃんの頭をそっと撫でてみた。
ゴロゴロゴロ……。
「……む?」
喉を鳴らす音が聞こえた。
「これは何の音だ?」
「喜んでるんですよ」
「喜んでいる?」
もう一度、頭を撫でる。
ゴロゴロゴロ……。
俺はしばらく、その場から動けなかった。
────────
数日後。
増築工事は無事に完成した。
新しいスペースには、壁面を利用したキャットウォークが設けられ、猫たちが上下に自由に移動できるようになった。
日当たりのよい窓際には休憩スペースを設け、客席との間にも適度な距離を確保した。
もちろん、猫が外へ飛び出さないよう、出入口の管理や仕切りにも配慮してある。
「わあ! 素敵です!」
店主は新しい店内を見回し、何度も頭を下げた。
「これなら猫たちも、もっと快適に過ごせます。本当にありがとうございます」
「うむ。これで猫たちも満足であろう」
俺は胸を張った。
ところが。
新しく設けたキャットウォークを、猫たちは誰も使わなかった。
一匹は窓際のクッションで寝ている。
もう一匹は床の隅で毛づくろいをしている。
そして、トラちゃんはというと……。
工事で余った段ボール箱の中に収まっていた。
「……なぜだ」
俺は完成したキャットウォークを見上げた。
寸法も強度も申し分ない。
見た目も美しく、取り付け位置にも問題はない。
それなのに、猫たちは見向きもしない。
「トラ。そこではなく、こちらを使うのだ」
俺は段ボール箱を指差した。
トラちゃんは、ちらりと俺を見た。
そして、再び目を閉じた。
「……気に入らぬ」
店主は笑いながら答えた。
「猫って、そういうものなんですよ。人間が用意したものより、自分で気に入った場所を選ぶんです」
「ふむ……」
俺は腕を組んだ。
建物の納まりは、設計する者が決めることができる。
しかし、猫の居場所は猫自身が決めるらしい。
なかなか奥が深い。
────────
帰り際。
俺が店を出ようとしたときだった。
足元に、トラちゃんがやってきた。
そして、俺の靴に身体をすり寄せた。
「……どうした?」
しゃがみ込んで頭を撫でると、トラちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。
「魔王殿、すっかり仲良くなりましたな」
じいさんが笑った。
「ふん。別に仲良くなったわけではない」
そう答えながらも、俺の手はトラちゃんの頭を撫で続けていた。
────────
翌朝。
「魔王様! 本日の打ち合わせの資料でございます!」
側近が書類を持って駆け込んできた。
「そこへ置いておけ」
「はい。それと、昨日の猫カフェの店主から連絡がありまして、トラちゃんが魔王様を探しているそうです」
「……何だと?」
俺は立ち上がった。
「すぐに行くぞ」
「えっ? 打ち合わせは?」
「後にせよ!」
側近は困惑した表情で俺を見つめた。
「魔王様……最近、猫カフェに通いすぎではありませんか?」
「何を言う。現場確認だ」
「昨日も一昨日も行かれましたが……」
「必要な確認だ!」
俺は堂々と言い放った。
その日の午後。
猫カフェの店内では、トラちゃんを膝に乗せた魔王が、満足そうにコーヒーを飲んでいた。
「……ふむ。悪くない」
店主が笑顔で尋ねる。
「魔王様、猫はお好きになりましたか?」
俺はトラちゃんの背中を撫でながら答えた。
「いや、我は別に猫好きというわけではない」
その言葉とは裏腹に、トラちゃんが膝から降りようとすると、俺は慌てて両手で抱きかかえた。
「おい、どこへ行く。まだ撫で終わっておらぬぞ」
店主とじいさんは、顔を見合わせて笑った。
どうやら俺は、世界征服どころか、一匹の猫にすら勝てないらしい。
……まあ、悪くない。
そう思いながら、俺はトラちゃんの頭を撫で続けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は友人宅の愛猫「トラちゃん」を描くことにしました。
今作も建築の納まりにはこだわる魔王様ですが、どうやら猫の気まぐれまでは納められなかったようです(笑)
人間相手なら強気な魔王様も、猫の前では形なし。
トラちゃんとの出会いで、魔王様の新たな一面が見えてきました。
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