第11話 勇者の休日
今回、魔王の工房を訪れたのは、あの勇者。
しかし、今回の依頼は魔王討伐でも世界の危機でもありません。
勇者が大切にしている、とある「財宝」を守るための依頼でした。
果たして魔王は、どんな宝物庫を作り上げるのか。
「魔王よ。ちょっと頼みがある」
ある日の午後、工房に現れたのは、見慣れた顔の男だった。
勇者である。
これまで何度も工事現場で顔を合わせてきたが、施工管理という立場から工程や安全に厳しく、魔王にとっては何かと注文の多い相手だった。
「ほう。また面倒な話か? 今度はどこの現場だ?」
「いや、今回は仕事じゃない」
勇者は妙に真剣な顔で、黒いアタッシュケースを作業台に置いた。
「これを見てくれ」
「武器か?」
「違う」
「まさか、魔王軍への宣戦布告か?」
「だから違うって!」
勇者はロックを外し、ゆっくりとケースを開いた。
中には、透明なケースに収められた色鮮やかなカードが整然と並んでいた。
「これは……?」
「ポケモンカードだ」
「ぽけもん?」
「カードゲームだ。俺はこれでも、かなりの腕前なんだぞ」
勇者は少し胸を張った。
「大会でも上位に入る。いわばトップデュエリストだ」
「ほう……」
俺はカードを眺めた。
「つまり、そなたは勇者でありながら、カード遊びの達人でもあるということか」
「カード遊びと言うな! これは戦略と読み合いの競技だ!」
「……なるほど。戦場での駆け引きと同じということか」
「そうだ!」
「それで、今日は何の用だ?」
勇者は一枚のカードを取り出し、俺の前に置いた。
「これを安全に保管できるケースを作ってほしい」
「箱なら市販品があるだろう?」
「普通のケースじゃ駄目なんだ。湿気も紫外線も避けたいし、持ち運ぶときの衝撃も心配だ。できれば展示もできるようにしたい」
「注文が多いな……」
「大切なカードだからな」
勇者はカードをそっと元に戻した。
俺は腕を組んだ。
「ふむ。つまり、カードのための小さな宝物庫が欲しいということだな」
「そういうことだ!」
「よかろう。我に任せよ!」
俺は方眼紙を広げ、鉛筆を握った。
「まずはアタッシュケースをベースにする。内部には着脱式の収納ユニットを設けよう。持ち運ぶときは固定し、保管するときは取り外せる構造だ」
「おお!」
「収納部はカードのサイズに合わせて仕切る。スリーブに入れた状態でも、余裕を持って出し入れできる寸法が必要だ」
俺の鉛筆が勢いよく走り始めた。
「湿度管理には交換式の乾燥剤と湿度計。展示部分にはUVカット材を使う。さらに、外部からの熱の影響を抑える断熱構造も検討しよう」
「赤外線対策も頼む」
「分かっている。赤外線による熱の影響も考慮した構造だな」
「それと、暗証番号式のロックも欲しい」
「盗難対策か」
「そうだ。何しろ、俺のカードには相当な価値がある」
「なるほど……」
俺は一度、勇者の顔を見た。
「ちなみに、そのカードはどれほどの価値があるのだ?」
勇者は少し間を置いて答えた。
「……ものによっては、その辺を走っている車より高い」
俺の鉛筆が止まった。
「なに?」
「中には、それ以上のものもある」
「……」
俺はゆっくりとカードを見た。
「勇者よ」
「何だ?」
「これは、紙ではないな」
「紙だが?」
「いや、財宝だ」
勇者は満足そうにうなずいた。
「分かってくれたか」
「ならば、保管庫にも相応の構造が必要だ。側近! 金物のカタログを持ってこい!」
「魔王様、カードケースの依頼でございますよ?」
「黙れ! 財宝を守るのだ!」
その後、俺の設計は一気に加速した。
スライド式の収納トレー。
着脱可能な内部ユニット。
湿度管理用のスペース。
UVカット仕様の展示窓。
二重ロック機構。
さらには、カードを一枚ずつ取り出せる専用スライダーまで考案した。
「魔王様……」
側近が図面を覗き込む。
「これは、もはやアタッシュケースではございません」
「何だと?」
「移動式の宝物庫でございます」
「ふむ。悪くない名称だ」
そこへ勇者が再び顔を出した。
「魔王よ、進捗はどうだ?」
「順調だ。ところで、カードは何枚収納する必要がある?」
「そうだな……大会で使うデッキは60枚だが、予備のカードも合わせて100枚は入れたい」
「百枚!?」
側近が思わず声を上げた。
「勇者様、そんなに持ち歩くのですか?」
「大会に向けて、デッキの調整も必要だからな」
「……」
側近は俺を見た。
俺は静かに図面に数字を書き加えた。
「収納部を増やそう」
「魔王様! まだ増やすのですか!」
「当然だ。依頼主の要望に応えるのが職人というものだ」
数日後。
試作品が完成した。
黒いアルミニウム合金が鈍い光沢を放つアタッシュケース。その内部には、整然と並ぶ収納ユニット。カードを保護するクッション材、湿度計、乾燥剤、展示用の透明パネルまで完璧に備え付けられていた。
勇者はケースを開くなり、目を輝かせた。
「おおっ! これはすごい!」
「どうだ。これなら持ち運びも保管も問題あるまい」
「魔王よ、感謝する!」
勇者はカードを一枚取り出し、専用の収納部に収めた。
そして、満足そうにケースを閉じた。
「これで次の大会も安心だ」
「優勝できそうか?」
「もちろんだ。俺を誰だと思っている」
「施工管理の勇者だろう?」
「今はデュエリストの勇者だ!」
俺は小さく笑った。
「ふっ。では、優勝したら報告に来るがよい」
「ああ。ところで魔王よ、もう一つ頼みがある」
「何だ?」
「優勝トロフィーを飾るケースも作ってほしい」
俺は鉛筆を落とした。
「……まだ依頼があるのか」
「できれば照明付きで。あと、ホコリが入らないように」
「勇者よ」
「何だ?」
「そなた、世界を救うよりカードを守る方に熱心ではないか?」
勇者は少し考えた。
「……どちらも大切だ」
「そうか」
俺は鉛筆を拾い、再び図面を広げた。
そのとき、工房の入口から声がした。
「おや、勇者さん。また新しいケースを作ってもらったんですか?」
振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
「あ、明秀!?」
勇者の表情が一瞬で変わった。
「ほう。知り合いか?」
「ああ……俺のライバルだ」
明秀は勇者の手元にあるカードケースに目を向けた。
「ずいぶん立派なケースですね。大切なカードを守るための特注品ですか?」
「ああ。魔王に頼んで作ってもらったんだ」
「ところで、こちらの方は?」
「紹介しよう。魔王だ」
「……魔王、ですか?」
「知らん!」
「えっ?」
明秀は思わず俺と勇者を交互に見た。
「いや、あの……魔王様、ですよね?」
「だから知らんと言っておる!」
勇者が横で小さく笑った。
「まあ、気にしないでくれ。こいつはいつもこんな調子なんだ」
明秀は少し困ったように笑い、改めて俺に向き直った。
「明秀と申します。よろしくお願いします」
「うむ。よろしく頼む」
明秀は再び勇者の方へ向き直った。
「それにしても、次の大会が楽しみですね。前回は本当に僅差でしたから」
「今度こそ勝たせてもらうぞ!」
「私も負けるつもりはありませんよ。お互い、いい勝負にしましょう」
「望むところだ!」
明秀はそう言い残し、工房を後にした。
俺は勇者の顔を見た。
「……勇者よ。そなた、ずいぶん手強そうな相手がいるではないか」
「手強いからこそ、倒しがいがある!」
勇者はケースを抱え直した。
俺は思った。
どうやら、この宝物庫にはカードだけでなく、勇者のプライドも保管する必要がありそうだ。
「ところで勇者よ」
「何だ?」
「大会はいつなのだ?」
「横浜の現場のあとだ!」
「現場のあとに直行だと!? そなた、カード大会にまで工程表を持ち込むつもりか!」
「当然だ! 勝利への工程にも抜かりはない!」
俺は呆れて鉛筆を置いた。
「……もう好きにするがよい!」
まったく、そなたは最後まで面倒な男だ。
今回は、勇者の意外な一面を書いてみました。
そして、サプライズゲストとして明秀が登場!
実はリアル友人です。デュエリストではなく、コレクターですが〔笑〕。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




