第8話 見えないところにこそ職人の技
魔王様のもとに舞い込んだ、新たな工事依頼。
今回の現場、どうやら一筋縄ではいかないようで……。
果たして魔王様は、無事に納めることができるのだろうか。
ある朝。
「魔王様! 大変です!」
側近が血相を変えて駆け込んできた。
「今度は何だ?」
「急な工事の依頼が入っております」
俺は立ち上がった。
「よかろう! 我に任せよ!」
「……魔王様、まだ依頼の内容をお話ししておりませんが?」
「案ずるな! どのような工事であろうと、すべては納まり次第だ!」
側近は額に手を当てた。
「……その自信は、いったいどこから来るのでしょうか」
二人は依頼人のもとへ向かった。
――――
今回の現場は、街の郊外にある一般住宅だった。
依頼主は、近所の電器店の店主である。
「今日はよろしくお願いします。お客様からエアコンの取り付けを頼まれましてね」
「うむ。任せておけ」
俺は取り付け予定の部屋を見回した。
「これを壁に取り付ければよいのだな?」
「はい。室内機と室外機を設置して、配管と配線を接続していただければ」
「なるほど。壁に取り付ける以上、納まりが肝心だな」
俺は室内機を見上げた。
「まずは位置決めだ。高さ、左右の位置、配管カバーの取り回し……。ふむ、実に興味深い」
「魔王様、エアコンの施工は初めてでは?」
「初めてだが?」
「……大丈夫なのでございますか?」
「案ずるな。建築に関することなら、我に分からぬことなどない!」
電器店の店主と側近は顔を見合わせた。
二人とも、なぜか不安そうだった。
まずは配線の確認である。
俺は説明書に目を通し、手元のケーブルを確認した。
「よし。これでよかろう」
俺は手にした二芯のケーブルを差し出した。
「魔王様! お待ちください!」
側近が慌てて声を上げた。
「何だ?」
「この機種は、室内機と室外機をつなぐ連絡配線に三芯のVVFケーブルが必要でございます!」
「……何?」
「二芯では、必要な接続ができないのでございます!」
俺はケーブルを見つめた。
確かに、そこには二本の芯しかない。
「……」
「魔王様?」
「店主よ」
「は、はい」
「この機械、ずいぶんと融通が利かぬな」
「機械のせいにしないでください!」
側近の声が室内に響き渡った。
配線仕様を確認し、必要なケーブルを用意する。
電気工事士にも確認を取り、適切な施工を進めた。
やがて、エアコンは無事に動き始めた。
「おお! ようやく動いたか!」
俺は満足げにうなずいた。
「やはり、最後にものをいうのは納まりだな」
「今のところ、魔王様が納めたものは何もございませんが……」
側近の小言を聞き流し、俺は仕上げに取りかかった。
配管カバーを外壁に沿わせ、曲がり角を慎重に整えていく。
直線は真っすぐに。
曲がりは美しく。
壁との取り合いに隙間は許さぬ。
そして、室外機。
俺は水平器を当て、慎重に据え付け状態を確認した。
「……よし」
室外機は水平。
配管カバーも完璧だ。
「見よ! これぞ職人の仕事!」
電器店の店主も思わず声を上げた。
「いやあ、見た目は本当にきれいですね!」
「見た目だけではない。水平も垂直も、すべて完璧だ!」
俺は胸を張った。
そのときだった。
ポタッ。
「……ん?」
ポタッ、ポタッ。
室内機から水が垂れてきた。
「魔王様! 今度は水でございます!」
俺は室内機を見た。
「何だと?」
ポタッ。
「……なるほど」
俺は深くうなずいた。
「最新型のエアコンは、水を製造する機能まで備えているのか!」
「そんな機能はございません!」
「しかし、現に水が出ているではないか!」
「室内機の取り付け状態を確認してください!」
俺は水平器を取り出した。
……。
「……逆だ」
「逆でございます!」
室内機の取り付け状態が、ドレン水の排水に適さない状態になっていたのだ。
「なぜだ! 水平器で確認したはず!」
「水平器で水平を確認するだけでは不十分でございます! ドレン水がきちんと流れるよう、適切な取り付け状態になっているか確認しなければなりません!」
「何だと!?」
俺は室内機を見つめた。
配管カバーは完璧。
室外機も水平。
だが、肝心の排水が納まっていなかった。
「……奥が深い!」
「感心している場合ではございません!」
専門の職人とともに室内機の取り付け状態を見直し、ドレンホースの取り回しも確認した。
改めて排水テストを行うと、今度は水漏れもなく、正常に排水された。
「よし! これで一件落着だな!」
俺は満足げにうなずいた。
しかし、まだ気になることがあった。
俺は室外機の周囲をぐるりと回った。
側面には配管が接続されている。
一方、正面にはファンの格子があり、見た目があまりよろしくない。
「ふむ……」
俺は腕を組んだ。
「こちらを正面にすれば、見た目がよいのではないか?」
「魔王様?」
「見よ。この裏側のほうが平らだ。配管カバーとの取り合いも、こちらのほうが美しく納まる!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は室外機の向きを変えようとした。
「魔王様! 室外機は、向きを自由に変えてよいものではございません!」
「何を言う。水平は完璧だぞ!」
「そこではございません!」
「では、何が問題なのだ?」
「吸気と排気の方向がございます! 周囲に必要なスペースもございます! メーカーの施工説明書を確認してください!」
俺は、ぴたりと動きを止めた。
そして、ゆっくりと室外機を見つめた。
「……つまり」
「はい?」
「この機械は、見た目だけでは納まりを判断できぬということか」
側近は深々とうなずいた。
「ようやくお分かりになりましたか……」
俺は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「……よし。ならば、この向きのまま、配管カバーを二ミリ寄せよう」
「まだ納まりにこだわるのですかあああ!」
住宅の庭先に、側近の絶叫が響き渡った。
……翌朝。
「魔王様! 大変です!」
「今度は何だ?」
「新たな工事の依頼が……」
「ほう!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「面白い! 次こそは、すべてを完璧に納めてみせよう!」
側近は、深いため息をついた。
「……魔王様。お願いですから、次は施工説明書を読んでから現場に向かってください」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
エアコン工事は、見た目をきれいに納めるだけでは終わりません。
配線も排水も、室外機の設置にも、それぞれ大切な決まりがあります。
魔王様には、まだまだ勉強が必要なようですね(笑)。
次回も、魔王様の奮闘をお楽しみに!




