第7話 異音が招いた大騒動
今回は、台所の床鳴り修繕のお話です。
小さな修繕のはずが、魔王と伝説の大工のこだわりに火がついてしまい……?
果たして、無事に依頼を終えることができるのでしょうか。
「魔王様、お願いがございます!」
側近が珍しく真剣な顔で駆け込んできた。
「何事だ? また勇者でも現れたか?」
「いえ、そうではございません。実は……」
側近は言いにくそうに視線をそらした。
「以前から、気になっている女性がおりまして……」
「ほう。恋の相談か?」
「そ、そのようなものではございません!」
顔を赤くする側近を見て、俺は思わず笑った。
「それで、その女性がどうした?」
「その女性の家の台所で、床がギシギシ鳴るそうなのです。修繕をお願いできないかと……」
「なるほど。床鳴りか」
俺はゆっくりとうなずいた。
「よかろう。俺が直してやる」
「本当でございますか!」
「ただし、仕事は仕事だ。惚れた女だからといって、手を抜くわけにはいかんぞ」
「もちろんでございます!」
こうして俺は、側近の恋心がきっかけで、台所の床鳴り修繕に向かうことになった。
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「台所の床がギシギシ鳴るんです。直してもらえませんか?」
依頼人の言葉に、俺は力強くうなずいた。
「任せろ! 全て納まりよく仕上げてやる!」
俺はかつて魔王として君臨し、今は人間界で職人として生きている。
魔王としての誇りは失っていない。
職人としてのこだわりは、それ以上だ。
大工のじいさんと現場に到着すると、俺はさっそく台所の床を踏んで確かめた。
ギシッ。
「なるほど……」
もう一度、踏んでみる。
ギシッ、ギシッ。
「確かに気になるな。原因を調べる必要がある」
隣にいた大工のじいさんも、床の状態を確かめながらうなずいた。
「床下も確認しておこう。原因がわからなければ、直しようがないからな」
さすがは伝説の大工だ。
話が早い。
……と思ったのも束の間だった。
「ところで魔王殿。このキッチンも、そろそろ交換時期じゃないか?」
じいさんが古びたキッチンを眺めて言った。
「何?」
俺もキッチンに目を向ける。
確かに、開き扉は外れかけ、建て付けも悪い。収納も使い勝手がよいとは言えない。
だが、一番気になったのは天板だ。
目立つ傷がいくつもあり、ひびも入っている。
「ふむ……」
俺は腕を組んだ。
「床を直すついでに、キッチンも新しくするというのは悪くないな」
「そうだろう?」
じいさんがニヤリと笑う。
「では、天板は天然木にしよう。木目の美しさは、何物にも代えがたいぞ」
「待て。キッチンは水や油を使う場所だぞ。清掃性も考えねばならん」
「ならば何を使う?」
「メラミンだ!」
「何だと!」
じいさんの目が光った。
「木の温もりを捨てるっていうのか!」
「機能性を無視するわけにはいかぬ!」
「職人なら素材の良さを理解しろ!」
……また始まった。
気づけば俺たちは、床鳴りのことなど忘れ、キッチンの全面改修について議論していた。
俺は図面を広げ、理想のキッチンを描き始めた。
「天板は大理石調のメラミン。収納はたっぷり確保し、引き出しはソフトクローズ機構付きだ」
「甘いな。収納だけでなく、使いやすさも考えろ!」
「わかっている!」
「ならば、天板は天然木にしろ!」
「話を聞いていたのか!」
二人の議論は、ますます白熱していった。
そのときだった。
「……あの、少しよろしいですか?」
声をかけてきたのは、依頼人の母親だった。
「その図面、拝見してもいいですか?」
「構わんが。なかなかよくできているぞ」
俺が自信満々に図面を差し出すと、母親はじっと目を通した。
「なるほど……キッチンを新しくされるおつもりなんですね」
「そうだ。最高のキッチンを造る!」
母親は顔を上げた。
「実は私、キッチンメーカーのショールームでアドバイザーをしているんです」
「……何?」
じいさんの手から鉛筆が落ちた。
母親は再び図面に目を落とし、静かに話し始めた。
「まず、天板ですが、長く使うことを考えるなら、素材ごとの耐久性やメンテナンス性を比較する必要があります。メラミンも天然木も、それぞれ特徴がありますから」
「な、何だと……」
俺は思わず息をのんだ。
「ステンレスやクリスタルカウンター、セラミックトップなども選択肢になります。何を重視するかで選ぶといいですね」
「うぬぬ……!」
「シンクも同じです。ステンレスと人造大理石では特徴が違います。汚れの落としやすさや傷への強さ、お手入れの方法も含めて比較しましょう」
じいさんが腕を組んだ。
「しかし、収納は多いに越したことはないだろう」
母親は娘に尋ねた。
「普段、吊戸棚は使っていますか?」
「いやあ、高いところは手が届かないので、ほとんど使っていません」
「でしたら、吊戸棚を省く方法もありますよ。収納は多ければよいというものではありませんから」
「……何だと?」
じいさんの顔が曇った。
母親はさらに図面を指さした。
「キッチンパネルも、マグネット対応の製品を選べば、マグネット収納を活用できます。必要な物を使いやすい位置に配置できるので、壁面の使い方も変わってきます」
俺は思わず身を乗り出した。
「壁まで収納として活用するというのか!」
「はい。ただし、製品ごとの対応範囲や耐荷重は確認する必要があります」
「ぐぬぬ……」
「さらに、食洗機はフロントオープンタイプという選択肢もありますし、レンジフードも自動洗浄機能付きの製品があります。ご予算や使い方に合わせて検討できますよ」
俺は言葉を失った。
じいさんも黙り込んでいる。
俺たちは天板の素材ひとつで、あれほど激しく争っていた。
だが、この母親は違う。
天板だけでなく、シンク、収納、壁面、設備、そして日々の使い勝手まで考えている。
「……見事だ」
俺は静かに口を開いた。
「我らは、あまりにも天板にこだわりすぎていたようだ」
「認めざるを得んな……」
じいさんも悔しそうにうなずいた。
母親は微笑んだ。
「お二人とも、素材へのこだわりは大切です。でも、まずは実際に使う方の希望を聞くことですね」
「うむ……」
俺は深くうなずいた。
「すべては、依頼人の望む納まりのためだ!」
その瞬間、依頼人が不思議そうな顔で尋ねた。
「あの……ところで、床鳴りの修繕はどうなったんですか?」
「…………」
じいさんが俺を見た。
俺もじいさんを見た。
母親は静かに図面を閉じた。
「まずは、ご依頼いただいた仕事からですね」
「……そのとおりだ」
俺は床を見つめた。
ギシッ。
床が鳴った。
「よし! まずは原因を突き止めるぞ!」
俺は拳を握りしめた。
じいさんも工具を手に取る。
こうして、俺たちはようやく本来の仕事に取りかかった。
床鳴りの原因を調べ、必要な修繕を行う。
そして、キッチンの全面改修については、依頼人の希望を聞いてから改めて考えることになった。
……当然である。
すべては、納まればよい。
ただし、何を納めるかは、最初に確認しておくべきだった。
床鳴りを直すだけのはずが、いつの間にかキッチン全面改修の話に。
職人のこだわりも大切ですが、やはり一番大切なのは、実際に使う人の声ですね。
……ところで、床鳴りの修繕は無事に終わったのでしょうか(笑)




