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魔王、第二の人生 〜こんどは人間界に転生したので、世界をリノベします〜  作者: 木口タカシ


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老朽化アパート 〜我を若造と言い切る謎の老人〜

今回は、老朽化したアパートの改修工事!


元魔王である私の前に現れたのは、入居者で妙に頑固な謎の老人だった‥。


原点回帰の新エピソード。ぜひお楽しみください!

老朽化したアパートの改修工事が始まった。


勇者に「我に任せよ!」と啖呵を切った以上、半端な仕事はできぬ。


俺は傷んだ廊下の床板を眺め、腕を組んだ。


「……なるほど。見た目以上に手がかかりそうだ」


床板の一部が沈んでいる。表面だけの問題ではなさそうだ。まずは傷んだ部分を剥がし、下地の状態を確認する必要がある。


俺が道具を取り出した、そのときだった。


「おい、そこの若造。勝手に剥がすんじゃねえ」


振り返ると、白髪の老人が立っていた。


腰には使い込まれた道具袋。日に焼けた顔には深いしわが刻まれ、こちらを睨む目には職人特有の頑固さがにじんでいる。


おそらく、勇者が困り果てていた最後の住人だ。


「若造だと?」


「ほかに誰がいる」


「俺は四十九だぞ」


「俺は七十二だ」


「……それがどうした」


「だったら若造だろうが」


「……七十二年も生きて、まだ他人を若造呼ばわりするのか」


「七十二年も生きたから言えるんだよ」


「まあいい。お前が退去を拒んでいるという大工か?」


「そういうお前さんは、この改修を任された職人か?」


「いかにも」


「ふん。どれほどの腕か、見せてもらおうじゃねえか」


老人は床板を指さした。


「そいつを剥がす前に、よく見てみな」


俺は床を確認した。


「傷んでいる。剥がして下地を調べる」


「それだけか?」


「ほかに何がある」


老人は呆れたように首を振った。


「お前さん、図面ばっかり見て、木を見ちゃいねえな」


……何だと?


俺は思わず老人を見た。


「図面を見ずして、どうやって正確な仕事をする」


「図面が木を見てくれるのか?」


「……」


「木は一本一本違う。反りもあれば、癖もある。古い建物なら、なおさらだ」


老人は床板にしゃがみ込み、表面を指先でなぞった。


「こいつは、ただ傷んでるだけじゃねえ。どこから水が入ったのか、どう傷んだのか。それを見なきゃ、直したってまた同じことになる」


俺は床板を見下ろした。


確かに、老人の言うことには一理ある。


だが、それとこれとは話が別だ。


「原因を調べるのは当然だ。だが、調査と判断は別の話。勘だけで部材を残すわけにはいかぬ」


「誰が勘だけだと言った」


「では、何だ」


老人は立ち上がった。


「経験だよ」


「経験?」


「そうだ。お前さんが図面を見てる間、俺は何十年も木を見てきた」


……言ってくれるではないか。


「ならば、その経験とやらを見せてもらおう」


「いいだろう」


老人は不敵に笑った。


こうして、俺と頑固じじいの戦いが始まった。


────────


翌日。


傷んだ床板を取り外し、下地の状態を確認した。


予想どおり、一部に腐朽が見られた。だが、すべてが使い物にならないわけではない。


俺は傷みの範囲を確認し、交換する部材と補修できる部分を見極めていった。


「ここは交換だな」


「待て」


老人が口を挟んだ。


「その隣まで替える必要はねえ」


「腐朽が広がっている可能性がある」


「なら、調べりゃいいだろ」


「……」


正論である。


俺は隣の部材も調べた。


結果、老人が指摘した部材は、表面こそ傷んでいたものの、内部まで深刻な腐朽が進んでいるわけではなかった。状態を確認したうえで適切な補修を施せば、再利用できる可能性がある。


俺は黙って記録を修正した。


「どうだ?」


老人が得意げに言った。


「……調査結果に基づき、判断を変更しただけだ」


「はいはい」


「勘違いするな。お前の手柄ではない」


「じゃあ、俺がいなくても分かったってことか?」


「……」


「ほらな」


老人は笑った。


俺は、この老人の笑顔が少し苦手になりつつあった。


────────


数日後。


俺は、新しい床板と既存の部材が接する部分の納まりを検討していた。


寸法を測り、固定方法を考え、仕上がりを確認する。


頭の中では、すでに完成形ができ上がっていた。


「……これでよい」


加工した部材を仮に組み合わせる。


ところが、わずかな隙間が生じた。


「……何?」


寸法は合っている。加工にも問題はないはずだ。


俺は何度も確認した。


その様子を見ていた老人が、横からのぞき込んだ。


「どうした、若造。図面が間違ってたか?」


「黙れ。寸法に誤りはない」


「じゃあ、なんで隙間ができてんだ」


「それを今、調べている」


老人は部材を手に取り、木目を眺めた。


そして鉋を取り出すと、加工面をほんのわずかに削った。


再び組み合わせる。


今度は、ぴたりと納まった。


俺は目を細めた。


「……どこを変えた?」


「ここだ」


老人が指先で示した。


「木目の流れや木の反りを見りゃ、加工するときに気をつけるべきところが分かる。木は湿気でも動くからな。無理に押さえ込むんじゃなく、動く余地を考えてやるんだ」


俺は部材を確かめた。


確かに、無理なく納まっている。


「寸法だけでは分からぬこともある、というわけか」


「ようやく分かったか」


「いや、まだだ」


「何だと?」


俺は老人を見た。


「今の判断を、ほかの部材にも応用できるように説明しろ」


老人は口を開けたまま固まった。


「……お前さん、教わる態度ってもんを知らねえのか?」


「知らぬことを学ぶのに、態度が必要なのか?」


俺は少し考えた。


「……では、教えていただきたい」


老人は目を丸くした。


「お、おう……」


「ただし、分からぬ部分は質問する」


「お前さん、本当に面倒くせえな!」


「よく言われる」


「誰にだよ!」


俺は答えなかった。


前世では、俺に面倒だと言える者など、ほとんどいなかったからだ。


────────


それから、俺たちは互いの仕事を見せ合うようになった。


老人は、木の癖や古い建物の特徴を教えてくれた。


どこを残し、どこを交換するべきか。傷んだ木材をどう見極めるか。


長年の経験に裏打ちされた判断には、図面だけでは得られない説得力があった。


一方、俺は納まりの工夫を見せた。


古い部材を残しながら新しい部材を取り付ける方法。あとから修理しやすい構造。普段は見えない部分まで考えた仕上げ。


ある日、俺が描いた詳細図を見て、老人がうなった。


「……こいつは、よく考えてあるな」


「当然だ」


「そこは素直に受け取れねえのか」


「褒め言葉には慣れていない」


「嘘つけ」


老人は図面を指さした。


「ここ、あとから傷んだ部分を直すときにも手が入れやすいようにしてあるんだな」


「そうだ。自分が施工した部分だけ完璧でも、次に直す者が苦労するようでは意味がない」


老人は、しばらく図面を眺めていた。


「……俺は、目の前の木をどう直すかばっかり考えてた」


「それは職人として当然のことだ」


「だが、お前さんは、その先まで考えてるんだな」


俺は少しだけ目を伏せた。


「……職人の仕事は、自分が終われば終わりというものではない」


老人は顔を上げた。


「ほう。いいこと言うじゃねえか」


「今の言葉は記録しておけ。後世に残す価値がある」


「やっぱり余計な一言が多いな、お前さんは!」


俺は笑った。


老人も笑った。


いつの間にか、退去を拒んでいた老人は、工事の進め方について自分から相談してくるようになっていた。


そして俺も、木の状態について判断に迷ったときには、自然と老人の意見を求めるようになっていた。


互いに認め合った、と言えば聞こえはいい。


だが、本人たちにその自覚はなかった。


「おい、そこの納まりだがな」


「何だ」


「こっちのほうがいいんじゃねえか?」


「……理由を聞こう」


「こうすりゃ、木が動いても無理がかからねえ」


俺は図面を確認した。


「……なるほど。一理ある」


「だろ?」


「だが、こちらの方法なら施工後の調整が容易だ」


「ほう。なら、こうすりゃどうだ?」


「……」


俺たちは図面を挟んで腕を組んだ。


気づけば、夕方になっていた。


────────


そして、改修工事は完成した。


古い建物の風合いを残しながら、傷んだ部分は丁寧に直されている。


廊下の床も、以前とは見違えるほどきれいに納まっていた。


工事が終わった日の午後、勇者が現場にやってきた。


「おお、完成したのか!」


勇者は建物を見上げ、感心したようにうなずいた。


「す、すごいな。相当古い建物なのに、完璧に納まってやがる……」


「当然だ」


俺は腕を組んだ。


その隣では、老人が床の仕上がりを確認していた。


勇者は二人を交互に見た。


「……おい。あの頑固じじいと、何があった?」


「別に」


俺は答えた。


「こいつの仕事が、少し分かっただけだ」


老人は鼻を鳴らした。


「お前さんも、なかなかやるじゃねえか」


俺は満足げにうなずいた。


「……納まれば良い」


老人は即座に言い返した。


「いや、そういう話じゃねえだろ!」


勇者は頭を抱えた。


「俺がいない間に、何があったんだよ……」


「何もない」


「何もねえよ」


二人の声が重なった。


勇者は深いため息をついた。


「……まあ、いいか。仕事は完璧だしな」


俺は改修されたアパートを見上げた。


「図面だけでは見抜けぬことがある。経験だけでは届かぬこともある。……なるほど。職人というものも、なかなか奥が深い」


「……さて」


俺は勇者に向き直った。


「次の案件は何だ?」


「お前、少しは休めよ!」


老人が腹を抱えて笑った。


「いいじゃねえか。若造には、まだまだ教えることがあるからな」


「誰が若造だ!」


改修を終えたアパートに、三人の声が響いた。


────────


……翌朝。


「魔王様! 大変です!」


側近が血相を変えて駆け込んできた。


「今度は何だ」


「新たな工事の依頼を持ち込まれまして……」


「ほう」


俺は立ち上がった。


「次はどのような現場だ?」


側近は、なぜか言いにくそうに目をそらした。


その様子を見て、俺は不敵に笑った。


「面白い……我に任せよ! すべては納まり次第だ!」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、魔王と頑固じじい職人の対決でした。


図面だけでは分からないこともあれば、経験だけでは届かないこともある。

互いの技術を認め合い、少しずつ息が合っていく二人でした。


……もっとも、本人たちは認めていないようですが(笑)


さて、次はどんな現場が魔王を待ち受けているのか。


次回も、納まり次第でお届けします!


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