第二のホルムズ海峡 〜宿命の対決、工程表を持って現る謎の男〜
仕上がりを追求する魔王と、工程と安全を守る謎の男。
どちらも正しい。だが、現場はそう簡単には納まらない。
それでは、第二のホルムズ海峡編、開幕です!
着工に向けた準備が始まって数日。
俺は現場事務所で、資材の手配状況を確認していた。
「……SGL鋼板と高耐水木材はどうなっている?」
「魔王様! すでに確保してございます!」
元気よく答えたのは、かつて異世界で俺の側近を務めていた男だった。
俺が世界征服を放棄し、職人の道を選んだとき、こいつも人間界へ転生してきた。前世の記憶も、俺への忠誠心も、そのまま引き継いでいる。
「我は職人だ!」
「はっ! 失礼いたしました、魔王様!」
「……職人だと言っている」
「承知しております、魔王様!」
俺は小さく息を吐いた。
どうやら、こいつに呼び方を改めさせるのは今世でも難しそうだ。
「それで、材料はどこにある?」
「京浜島の倉庫に保管してございます!」
「……現場への搬入は?」
側近の表情が、わずかに固まった。
「まだ、手配しておりません」
俺は図面から顔を上げた。
「なぜだ?」
「材料を確保するところまでは進めておりましたが、搬入日については、これから確認する予定で……」
「材料は確保しただけでは意味がない。必要な時期に現場へ届かなければ、工程に影響する」
「申し訳ございません、魔王様!」
「我は職人だ。……いや、今はいい。すぐに運送業者と納期を確認してくれ」
「承知しました!」
側近は頭を下げ、事務所を出ていった。
俺は再び図面に目を落とした。
SGL鋼板と高耐水木材の接合部。塩水への対策。材料の膨張収縮を考慮した取り合い。
検討すべきことはいくらでもある。
だが、俺はこうした作業が嫌いではなかった。
材料には、それぞれ特性がある。条件が厳しければ工夫が必要になる。納まらないなら、納まる方法を探せばいい。
それが職人というものだ。
そもそも、俺が世界征服をやめたのも、同じ理由だった。
かつて俺は、魔王城の建設に携わっていた。
城の仕上げにはメラミン化粧板を採用し、カウンターにはポストフォームを使った。
ところが、完成した城を確認していると、どうにも気になるところがあった。
カウンターと壁の取り合い。見切り材の位置。化粧板の割付。
「……なぜ、ここで目地がずれている?」
施工担当者は、平然と答えた。
「魔王様、そこは目立たない場所ですので」
その瞬間、俺の中で何かが変わった。
目立たなければ、問題ないというのか。
見えないところなら、適当でいいというのか。
こんな納まりを放置したまま世界を支配して、いったい何になるというのか。
世界を征服するより、世界を納める。
俺はそう決めたのだった。
そして今、俺は世界の物流を左右する巨大な海峡の建設に取り組んでいる。
……規模は変わったが、やることは同じだ。
「おい、この現場の施工管理者は誰だ?」
不意に、事務所の入口から声がした。
振り返ると、白いヘルメットをかぶった男が立っていた。
手には工程表と施工計画書。
男は俺の顔を見るなり、驚いたように目を見開いた。
「……お前は、魔王!」
「貴様……勇者か!」
かつて俺を討伐する使命を与えられた男。
もっとも、俺たちは一度も戦ったことがない。
勇者が俺のもとへたどり着く前に、俺が世界征服をやめてしまったからだ。
「なぜ、お前がここにいる?」
「それはこちらの台詞だ! まさか、今度こそ世界征服を始めるつもりか?」
「そんなことに興味はない。俺の頭にあるのは、ただ一つ。一寸の狂いもなく納めることだ!」
勇者は何とも言えない顔をした。
「……相変わらずだな」
「何がだ?」
「いや、いい。話が進まなくなりそうだ」
勇者は工程表を机に置いた。
「私はこの現場の施工管理を担当することになった。まずは計画を確認させてもらおう」
俺は腕を組んだ。
「よかろう」
勇者は工程表に目を通すと、すぐに眉をひそめた。
「材料の搬入日が決まっていないな」
「現在、確認させている」
「施工手順も未確定。仮設計画も、まだ検討が必要だ。安全対策についても具体的に詰めなければならない」
「接合部の納まりが決まらなければ、施工手順も確定できん」
「それはわかる。だが、検討にどれくらい時間が必要なのか、予定を立てる必要がある」
「納まりをろくに検討せず、期限だけ決められるか」
「期限がなければ、必要な人員も重機も手配できないだろう」
「無理な工程を組めば、現場にしわ寄せが来る」
「だから、双方で調整するんだ」
勇者は工程表の一部を指で押さえた。
「設計の検討期間を確保しつつ、材料の搬入や現場の準備も進める。安全を確保したうえで、実行できる工程を組むんだ」
俺は勇者の顔を見た。
……なるほど。
討伐の使命を帯びていた頃は、もっと単純な男だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「話が通じない相手ではないようだな」
「それはこちらの台詞だ。お前が相変わらず納まりにこだわることも、よくわかった」
「こだわって何が悪い」
「悪いとは言っていない。だが、どれだけ立派な納まりでも、安全に施工できなければ意味がない」
「ふむ……」
そこは否定できなかった。
職人として、仕上がりには責任を持つ。
だが、現場で働く人間の安全を軽視するつもりもない。
「よろしい。接合部の検討は俺が進める。施工手順と安全面については、貴様と協議しよう」
「最初からそう言えばいい」
「貴様の言い方にも問題がある」
「お前にだけは言われたくない!」
前世では一度も剣を交えなかった俺たちだが、どうやら口論の相性は最悪らしい。
そのとき、側近が事務所に戻ってきた。
「魔王様! 運送業者と連絡が取れました! 京浜島の倉庫から現場への搬入について、日程を調整しております!」
勇者が、ゆっくりと側近を振り返った。
「……まだ調整中なのか?」
「はっ! ただいま確認を進めております!」
「搬入日が決まってから報告してくれ。工程表に反映する必要がある」
「承知しました!」
側近は勢いよく頭を下げた。
「魔王様、必ずや手配を完遂してみせます!」
「だから、俺は職人だ!」
「……承知しました、職人様!」
「もういい!」
勇者が、とうとう吹き出した。
「お前の部下、なかなか個性的だな」
「忠誠心だけは本物だ」
「そこは認めよう。だが、次からは搬入まで含めて手配してもらいたい」
「……俺も、そう思っている」
側近は何か言いたそうな顔をしたが、今度は黙っていた。
それでいい。
まずは材料を現場へ届けることだ。
勇者は工程表を閉じた。
「材料の搬入日を確定させる。それと並行して、施工手順と安全対策を詰める。接合部の検討結果も共有してくれ」
「承知した。納まりの検討を進め、施工できる形にまとめる」
「よし。では、明日までに検討の進捗を確認しよう」
「明日だと?」
「工程を動かすには、定期的な確認が必要だ」
「……わかった」
俺は鉛筆を握り直した。
世界征服をやめたあの日から、俺の信念は変わらない。
材料を理解し、条件を整理し、納まる方法を探す。
ただし、今世ではそれだけでは足りないらしい。
工程を組み、安全を確保し、関係者と調整する。
そして何より、施工管理者の確認を受けなければ、現場は動かない。
「……勇者よ」
「なんだ?」
「この海峡、必ず納めるぞ」
勇者は工程表を抱え直した。
「そのためにも、まずは計画どおりに進めることだ」
俺は小さくうなずいた。
こうして、魔王と勇者、そして異世界から転生した元側近による、第二のホルムズ海峡建設計画が動き始めた。
ただし、俺はまだ知らなかった。
この先、設計変更や材料不足、予算の削減、そして厳しい工期が待ち受けていることを。
そして何より、勇者が現場にいる限り、俺の施工計画書には容赦ない修正指示が入るということを。
……どうやら今世でも、楽な仕事には縁がないらしい。
今回は少し専門的な用語がありましましたが難しく考えなくても大丈夫です。
魔王は「仕上がりと納まり」を重視し、勇者は「工程と安全」を重視する。
どちらも工事には欠かせない、大切な考え方です。
果たして、かつての宿敵同士は無事に現場を納めることができるのか。




