↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/24

21Hong Kong4

デコイ始動 。彩がデコイを動かした。

「今凄く大切な仕事の途中なの。新商品開発よ。工程表確認したいんだけど、

パソコン借りていいかな?私のノートPC故障したみたい」

完璧だった。彩は女優だと思った。不安そうな顔が、本物だった。

10年間ブランドを育てた女性の「大切な仕事の途中」という言葉に、嘘がなかった。


その時、ラウンジでは健人さん、マックス、ナオミが珈琲ブレイク中だった。

彩の声が届いた。どおやらセキュリティの話をしているみたいだ。

健人さんが熱心に説明する傍らでナオミが言った。

「何の話だか全く見えません」

健人さんは信じ込んだ。健人さんの警戒心が緩んだ。

そしてブロックチェーンの追跡機能を丁寧に説明した。「メール添付でも開封したらアウト」

「じゃあ……どうやって破るんですか?」という問いにも、健人さんは答えてあげた。

私は、会話の成り行きを見ていない。でも、嘘だ。即座にわかった。

「全く見えません」という言葉は、完全に理解している人間が使う言葉だ。

わからない人間は「どういうことですか」と聞く。

見えない、という表現を選んだ時点で、見えている。



◇健人語り◇

ナオミが背後からオレの肩に顎を乗せてきた。

一瞬、ゾクッとした。臨戦態勢に入ってしまった。

ナオミは目に恐怖を浮かべながら、それでも精一杯の笑顔をオレに返し、

「何の話だか全く見えません」と言った。目が潤んでいた。

この怯えた表情、この目に噓はない。オレの強い視線を受けながら必死に笑顔を作る

ナオミを信じた。警戒心を解いた。

笑顔をお返ししてブロックチェーンの追跡機能を丁寧に説明してやった。

「どうやって破るんですか?」という問いにも、誠実に答えた。

あの必死に作った笑顔はエージェントのそれではない。

追跡ログですべてを一網打尽にすること。トップニュースで犯罪全てが公に晒されることだろう。

オレは、今回の作戦でホワイトハッカーとしてとても大きな実績を残すだろう。

これが、奏と凛さんへのオレからの礼だ。

◇/◇



22時12分。デコイのデータが動いた。

「健人さんの説明が敵に自信を与えてくれたのね。」

瞬間、健人さんのシステムが反応した。

発信元が特定された。仲介業者のサーバーが浮かび上がった。

奏が私を見た。深圳だった。ここから先は危険だ。心が決まった瞬間。

暗号通貨の資金洗浄経路も追跡が始まった。ダミー会社の先に、クライアントの輪郭が見えてきた。

健人さんが「まだだ」と言った。

私は「通報してください」と言った。健人さんが私を見た。

「おそらくクライアントまで炙り出せます。ダミー会社は剥がせる。でも今動かなければ、

蓄積された彩音の顧客情報、成分分析が完全に市場に出る前に潰せない。

「デコイはどおでもいいの。通報してください、今すぐ」

土方さんの流儀だ。強さとやさしさと結果。迷わない。迷わない。彩を守ることが、全部だ。

健人さんが、ハッとして端末を操作した。

「US CYBER COM へ通報」「健人頼んだよ」

奏は、親友の名誉を残してあげた。そして、席を離れた。

健人さんの通報を受けてUS CYBER COM は電波遮断を試みて仲介者サーバーを袋のネズミにした。

おそらくは、奏の依頼を受けたCIAがもっと大胆な手段に出た。自爆型ドローンが深圳郊外の倉庫に突っ込んだ。現地のエージェントによれば、一瞬で炎が上がり跡形もなく痕跡は消えた。

犯人は捕まってない。怪我人すら確認できなかった。おそらくは逃走。

これも奏の手引きだが、NSAによると中国政府は事故として処理したようだ。

「彩を守ることが、全部。」最後に私が言った。



ナオミは姿を消した。




◇奏語り◇

深圳。「回郷証」読み通りだった。中国本土への介入は危険が伴う。

凛のふた言。健人には十分だった。ただ、あの健人がナオミを信じた。

そして、内調経由でCIA。公安を通してNSAに通報した。所属は保険になる。

◇/◇



◇トミー語り◇

ナオミはやさしくて明るくて向上心があって大胆。

デスクに向かっていると後ろからオレの肩に顎を乗せる。

振り返ろうとすると愛くるしい笑顔が、すぐそこにある。

この半年間、夢のような経験をしていた。否、夢だった。

ナオミが教材と称して欲しがった「彩音」の情報。

どのくらいの価値があったのだろうか?

ため息(会いたい)しか出てこない。

◇/◇


◇ナオミ語り◇

国安に戻り、更なる教育訓練を言い渡された。

私の心の中は変わろうとしているのに、国家はそれを許さない。

トミーと過ごした半年間は夢のような時間だった。否、夢だった。

こんなにキスが嬉しかったことはない。

こんなにも自分の身体を愛されたことはない。

年下だが、賢くて純粋で愛しかった。可愛かった。

任務を忘れることはできなかったが、後悔はある。凄くある。

彩さんを取り巻くビジネス環境が羨ましかった。この企画に本当に参画したかった。

でも、トミーに教材として提供させた情報の内容が妬ましかった。

私のエクボは偽物で、彩さんのえくぼは本物だった。

◇/◇



香港 翌朝。世界のマスコミが騒いでいた。

深圳郊外の倉庫爆発。中国政府は事故として処理した。マスコミは「不審な爆発」と報じた。

実態を知る者は、ごくわずかだった。

CIAが裏で動いていた。奏のマップ。でも翌朝の報告を聞いて、少し呆れた。CIAの現地担当者が、成果を誇示したがっていた。ヒーロー気取りで、関係機関に「我々が解決した」というメッセージを流していた。自爆型ドローンの映像まで、内部で回覧されていた。勝利を誇示する。

それが、私の流儀とは違う。奏の流儀と違う。

奏は、いや日本は調整役に留まった。内調経由で情報を提供し、公安を通じてNSAに繋いだ。表には出なかった。それでいい。石を置いたのは奏だ。ティッピングポイントを見極めたのも奏だ。

奏は「ヒーローにならない」と最初から決めていた。

中国政府は、自国内での出来事を「事故」として処理するしかなかった。悔しかったはずだ。

主権の問題だから。でも動けなかった。

深圳のサーバーが何を保存していたか、公式に認めることはできない。

ナオミ・Kは姿を消した。トミー・Eは、何も知らなかった可能性が高い。マックスは白だった。

三人の中で、本当に動いていたのはナオミだけだった。仲介業者メンバーの一人で間違いない。

健人さんが、静かに反省していた。

「ナオミに技術の核心を話してしまった」という事実は、変わらないが、

あの健人さんの目を、ナオミはどうやって欺いたのだろうか?



でも……それこそがデコイの正体だったとしたら……奏は何も言わなかった。

ただ、静かに珈琲を飲んでいた。奏を見た。そばかすをクシュっとさせた「そうだよね、奏。」

作戦変更だった。奏のマップには、健人さんが「教えてしまう」理由が含まれている。

健人さんでも見抜けない。ナオミの瞳に何が映っていたのか……

健人さんにヒーローを諦めさせ、且つそれこそが罠。

そして、ナオミが自信を得て動いたから、深圳が炙り出せた。



香港 最終日 、ビクトリアハーバーを眺めながら健人さんが彩に謝った。

「ナオミに技術を話してしまった。申し訳なかった」と。

「見抜けなかったのは、健人の目が甘かったからじゃない。

ナオミの怯えは、演技じゃなかったんだ。本物の感情だったんだよ。

読めなかったんじゃない。ナオミの本心だったんじゃないか?」

奏は、真剣な顔をして、はっきりと健人さんの目を見て言った。

「私も、そう思う。エージェントスキルじゃない。絶対、ナオミの本心よ」

私も、はっきりと健人さんの目を見て言った。

彩が笑った。「健人くんがいなかったら、何も解決しなかったのよ。ありがとう」

「そもそも、その技術は彩音に関係ないよ。健人くんの技術でしょ」

彩らしかった。「質感が高すぎて基準値を超えている」と私のことを言っていたが、

その言葉、お返しします。

感謝の伝え方が、清々しかった。気が付くとやさしくされている……逆にそれが彩の流儀だ。


奏が健人さんに何かを渡した。小さな封筒だった。

後で健人さんが見せてくれた。

封筒の中には、一枚の紙が入っていた。


「お前の通報が、全部を動かした。名誉はお前のものだ。」と書いてあった。



奏らしかった。ヒーローにならない男が、親友の名誉を守る紙一枚を、静かに渡した。






続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。