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18Hong Kong1

[◇奏photobook13◇]

6月30日、梅雨の晴れ間。

久しぶりにツーリングに出かけた。

慣れたルートでグリーンふるさとライン、ビーフラインの山々コースだ。

SRもCBも元気だった。

凛は、最近ブラックレザーのツナギを手に入れた。ビンテージ感があってタイトな作り。

オレが革の手入れをしたので艶やかに流線を表現するだろう。

特に胸元の革は膨らみやすいように柔らかく念入りに。腰からヒップはタイトに。

いつものように凛は、大胆にハングオンでコーナーをクリアする。

斜め後方から凛の尻がシートから離れて右へ左へ移動する姿を眺める。

なぜか?左のバックポケットにローリングストーンズ。

ツナギの前持ち主の洒落がオレにとってはキツイ。「キスマイアス」

「挑発するなよ。」とオレ

「Satisfactionだよ。」と凛 ( Can’t get no じゃないという洒落)

山頂から太平洋を眺められるスポットがあって、休憩時間にしている。

自動販売機は無いから、凛が珈琲を水筒で持参する。

目の前は太平洋。後ろにSRとCB。その後ろに山火事注意の看板。

凛は、いつもにようにヘルメットを脱ぐと髪をクシャクシャと整えて、

ブロンズ色のファスナーを半分下ろす。

圧迫されていた凛の胸がTシャツごと跳ねる。同時に凛が「ふぅー」と息を吐く。

CBから水筒を出して、マンデリン深煎りをカップに注ぎ、凛に手渡す。

ステンレスのカップは直ぐに温まった。

凛は一口飲んで、左手をオレのバックポケットに突っ込んで微笑む。

そばかすが強調されて天使になる。

凛の温かな手のひらが、オレの尻を温めた。

[◇/◇]



♪♪その⑳♪♪ 


Levis501ノーウォッシュ買った時はカチカチで

奏は履いたまま湯船につかる。

びしょびしょに濡れたままスクワットを30回ぐらい繰り返す。

そうやって膝を出したり、サンダルですり足で歩いて裾を汚してきたりする。

私にとっては迷惑なところも少しある。

浴槽を洗ったり、泥をリビングに落とされて掃除したり。

でも、奏の履き古した501は履きやすい。そして脱ぎやすい。

ボタンフライは初め硬くて留めるのに手が痛くなる。

奏は、その時はいつも勢い良く上からバチバチバチと外す。

おかげで奏の501はボタンフライが緩い。

何のおかげか考えたくはないが、脱ぎやすい。


この前、ツーリング途中に慌ててトイレをさがした。

間に合った。バチバチバチのおかげだった。


奏の501に慣れてしまった自分に思う。


奏のだからいいんだよね。……他の人のは絶対に嫌だ。




「もぉ」





携帯電話が呼んだ。(普段、オレたちは音を鳴らさず声にしている。最近のAIはささやき声も話せる)

「彩から電話です。」とAIが囁く。

奏の目が一瞬、変わった。ツーリングの顔から、別の顔になった。私も同じだったと思う。

「凛——」

彩の声が、いつもと違った。マリブビーチのテラスで笑っていた彩の声ではなかった。

「彩音Ayane」の10周年スピーチで会場を見渡していた彩の声でもなかった。もっと、小さかった。

「どうしたの?」

「顧客情報が……流出したかもしれない。成分分析データも」

「いつ気づいたの?」

「今朝。でも、もっと前から仕掛けられていたと思う。セキュリティ会社が——変だって言ってる。

普通の流出じゃないって」

太平洋が、さっきと同じ青さで広がっていた。でも風景が変わった気がした。

奏を見た。奏はすでに何かを考えていた。ホークアイが動いていた。

「彩、今どこにいるの?」

「LA。自宅」

「一人で動かないで。何もしないで。今夜、折り返すね」

電話を切った。マンデリンのカップを、CBのサイドに戻した。

「聞こえてた?」

「全部」

梅雨の晴れ間は、まだ続いていた。でも二人の空気は、すでに別のものになっていた。


大みかに戻って、すぐに動いた。

彩音Ayaneの顧客情報は、購入履歴、住所、クレジット情報を含む。成分分析データは、独自処方の基礎化粧品の

核心部分だ。彩が十年かけて積み上げた研究の全部が、そこにある。

「普通の流出じゃない」というセキュリティ会社の言葉が引っかかっていた。標的型だ。彩を狙った、意図的な侵入。

奏が健人さんに連絡を取った。言葉は要らなかった。

ホークアイは、石を置く場所をもう見つけていた。

健人さんから折り返しが来るまでの間、私は彩音Ayaneの取引先リストと、直近一年の業務提携先を洗い出した。エージェントとして、直感が動いていた。国際的な経路がある。流れが不自然な場所があった。

「健人から。香港経由の動きがある。組織的だ」と奏が言った。

やはり……動く。彩を守る。それだけだ。


今朝、山頂でマンデリンを飲んでいた。Satisfactionと笑っていた。太平洋が青かった。

その同じ日に、これが始まった。奏ならもう見えているかもしれない。

「先ず、組織犯罪の可能性が高い。あと内部に協力者がいるかもしれない。」

「彩は、辛いだろうけど協力してもらうしかないね。」

私。奏。健人さん。そして彩も、情報源として必要になる。チームだ。

「そうだ。オレたちの仕事だ。いや、「チーム凛」の仕事だ。」

私は、奏のうなじを下から撫でた。ざらざらと気持ち良かった。



◇奏語り◇

全てをクラウドに移行するには抵抗があった。

私達の年代は紙やメモリースティックやサーバー等、

いろいろなところに重要データを保存しがちだ。

「合成の誤謬」

オレが「石を置く」時に、特に注意している部分だ。

「ティッピングポイント」を多くすると、結果が狂ってくる。

「ホークアイ」が必要になる。

殆どの人達は、きっかけだの原因だのと再考するが、

スタート時の観察不足による怠慢だと気が付かない。

だから「天才」の一言では済まない、オレの積み重ねられた武装だ。

特に人の成功体験は人を少しずつ怠慢にする。

◇/◇



「合成の誤謬」

「そうね……」個々の判断は正しかった。顧客情報をサーバーで管理する。成分分析データをクラウドと

社内サーバーで二重管理する。取引先との共有データを専用ポータルで運用する。それぞれは合理的な判断だった。でも全体として見ると、侵入口が複数存在していた。

「彩は、18歳で起業し10年間、品質を追求することに全力を注ぎ、同時に経営者なのよ。」

「ああ、ただセキュリティの死角を見落としたんだ。」

「成功体験は人を少しずつ怠慢にするか……奏の言う通りよ。」

「10周年を迎えた「彩音Ayane」は、成長の過程で複雑化した。」

「そうして急成長した会社の情報が、商品としての価値を持ってしまった。」

「おそらく敵も、何らかのマップを持っている。」

「許せない。彩が積み重ねてきたものを、商品として扱った人間が許せない。」

「この間の話。土方さんの話さ、おもしろかったよ。」

「私の流儀って話ね。」

「聞いていて、オレのティッピングポイントと凛の流儀って凄く近いよな。」

「私も感じてた。落書きを消すことと道場破りと治療。犯罪減少と薬売りって結果。」

「凛、オレたち勝つよ。結果を出す。」

「うん。奏、鈴虫増えるといいね。」

私は、わざと唇を奏の耳に触れながら囁いた。


「チーム凛」照れた。照れたけれど、嬉しかった。

チームの編成

凛——全体の判断と現場指揮。エージェントとしての経験と直感を使う。

奏——ホークアイによる観察と分析。ティッピングポイントを見極める。

健人さん——ホワイトハッカーとして技術的な追跡と解析。

彩——情報源。「彩音Ayane」の内部構造と取引先の人間関係を最もよく知っている。


健人さんから最初の報告が来た。香港経由のアクセスログに、特定のパターンがある。組織的だ。

単独犯ではない。そしてアクセスが始まった時期は、彩音Ayaneが香港出店を検討し始めた頃と重なる。

奏が少し目を細めた。ホークアイが動いた瞬間の顔だった。

「LAじゃない。香港に行く。」

チーム凛で、行く。

今夜が、始まりだった。



続く

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