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17K2

パキスタン、カラコラムに着いた。K2ベースキャンプまでのトレッキングだ。

K2に登山するわけではないが、トレッキングで1週間以上かかるらしい。

ベースキャンプが標高5,000Mっていったいどうなってるの?

当然、この任務の最適解は私と奏。氷河を渡りながら広大な自然に囲まれながらのキャンプ泊の任務だ。

バルトロ氷河 ― 5日間の道のり

スカルドゥから入った。村も店も、すぐになくなった。

初日から、川沿いの崖道だった。次第に岩場になり、モレーンになった。氷河の上に乗った瞬間、

足元の感覚が変わった。氷の下に何があるかわからない道を、毎日歩いた。

3日目を過ぎると、視界が変わった。バルトロ氷河そのものの上を歩くようになった。

白い氷と灰色の堆石が、地平線まで続いていた。エージェントとして様々な地形を見てきたが、これは別格だった。地球の皮膚を歩いている感覚だった。

私達は黙々と歩いた。任務という意識が、足取りを安定させていた。たまに振り返ると、後方にカラコルムの峰々が連なっていた。マッシャーブルム、ガッシャーブルム、ブロードピーク。

「K1からK何番まであるの?」

「測量した順番だから、わからん」

「雑ですね」と笑った。

5日目。アッパーバルトロ氷河沿い。標高はもう5000メートル近かった。疲労が蓄積していた。

普段なら息も切らさないはずの呼吸が、少し荒くなっていた。

コンコルディアまで、あと少し。午後から天候が崩れた。風が強くなり、視界が白くなった。

本来なら、今夜あたりから星空が見えるはずだった。

北極星がK2の真上に来る、と聞いていた。360度をカラコルムの高峰に囲まれた展望地。

そこに辿り着けば、ゴッドウィン・オースチン(K2の本当の名前)を間近に見られるはずだった。

でも今夜は、何も見えなかった。テントを張るのが、今までで一番大変だった。夜、吹雪になった。

テントの外で風が唸っていた。雪がテントの布を叩く音が、断続的に続いた。標高5000メートル近くでの宿泊は、高山病のリスクがある。睡眠中に悪化することもあると聞いていた。その知識が頭の片隅にあった。でも、それより先に、寒さが来た。ブルーにオレンジのアクセント。揃いのモンテインのジャケットを着ていても、芯から冷える寒さだった。

奏が、向かい合わせに座った私を、包み込んだ。額を合わせた。奏の額が、冷たかった。

でも触れている部分だけ、確かに体温があった。怖かった。

奏の背中が、テントの外側に向いていた。風と雪を、奏の背中が受けていた。

私を風上に置かないようにしてくれていた。

「奏」

「気にするな」

エージェントとして、極限環境での判断力には自信があった。でもあの夜、判断していたのは

私ではなく、奏だった。私を守ることを、奏が静かに、当たり前のように、選んでいた。

標高5000メートル、吹雪の中。星も、K2の頂も、何も見えなかった。

でも、奏の額の体温だけは、確かにあった。

奏は、私より全てがひと回り大きい。身長も体重も肩幅も(足の長さはあまり変わらないけど)

髪は少し癖っ毛で、鼻が高くて、きれいな二重まぶた。一文字の眉と狭いおでこ。

必ず何束か前髪がかかっている。無造作に見せかけて、実は前髪だけわざと長めにカットしてるって

知ってるよ。無精ひげ生えてきたね……

好きだな、そういうの……いつの間にか、眠ってしまった。



[◇奏photobook12◇]

膝を抱えた凛を包み込んで、額を合わせて凛の体温熱をもらい背中の極寒に耐えながら、恐怖にビクビクしながら、凛を守り抜くことを意識した。

目を閉じると、ハングオンのヒップライン。白のチビTシャツにそばかす笑顔。

ニットにエプロン姿の凛が浮かんだ。目の前の凛の「スースー」という寝息が聞こえた。

凛以外には到底成し遂げられない任務。これもギャップ。今はオレの腕の中で休んでくれ。

[◇/◇]



標高5000メートルの吹雪の中で、私は眠ってしまった。「スースー」と寝息を立てて。

エージェントとして、警戒を解いて眠るなど、本来あってはならないことだった。

でも、奏の腕の中だった。世界で一番の安全地帯。

「危機を助けるヒーローではなく、危機を事前に察知する男」

翌朝、吹雪は止んでいた。テントを開けると、白い氷河の向こうに、K2の頂が見えた。雲が晴れていた。奏の顔を見た。一晩中、眠っていなかったとわかる顔だった。好きだな。こういうのも……

「奏、ありがとう」

「いや」

いつもの奏だった。



◇凛の流儀◇

今日はコンプレックスは別の場所に置いておいて、

奏にホークアイがあるように、私にも他から秀でたものがあるとすれば、なんだろうか?


奏に聞いてみた。奏は不思議そうな顔をしていたが、丁寧に話してくれた。

「先ず、凛は本当に凄い人だよ。賢いだけじゃなくて神がかってるんだ。」

「絶対感覚。身体能力が凄く高い。たぶんプロのアスリート並みだと思う。

身体の部分部分を正確に自分の意志通りに動かすことができる。」

「そして、判断力。その自分の意志の部分の強さ。鍛錬を重ねて得たもの以上に、

センスがある。取捨選択が直感的で早いのにミスがない。美しさすら覚えるよ。」


彩にも聞いてみた。彩は少し躊躇ったが、率直に言ってくれた。

「凛は、一言でいうと人としてハイクオリティ。質感が高すぎて基準値超えてるから……

そして、やさしい。人を思いやる心が澄んでいて、清々しい。」

「親切とは違うんだよなあ、気が付くとやさしくされている感じ。」


健人さんにも聞いてみた。健人さんは驚いていた。

「無意識でそれですか……怖ろしいですね。ああ、いい意味で。」

「賢くて、美しくて、必ず結果を残す。凛さんには、何かルールというか流儀があるんですよね?」

「そこが、あなたの秀でたところです。」


奏は天才的な観察眼を持ち、彩は独特の研ぎ澄まされた美的感覚があり、頭脳明晰な健人さんがヒントをくれた。「絶対感覚」「質感」「何かルールというか流儀」……思い当たるところを考えてみた。

もしかしたら人かもしれない。尊敬する人の尊敬する部分。



新撰組。副長。土方歳三。

大好きな部分は、土方さんが道場破りに行く。その道場の門下生を一人残らず倒してしまい、

その後、ケガを負った門下生たちを手当てしてあげる。そして、しっかり薬を売りつけてお金を稼ぐ。

それを作り出すセンス。強さとやさしさと結果。そういう土方さんの流儀が、凄く気に入っていた。

知らず知らず信奉していて、私の指針になっていた。


これからも流儀を変えるつもりはない。

◇/◇




了


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