14Los Angeles2
彩が、テラス席で先に待っていた。直ぐにわかった。
白いリネンのシャツを肩から羽織って、デニムは色落ち加工が絶妙だった。
私は、オレンジのスポーツスター883Rをひとふかしして、ニュートラにしてから駐車場に乗り入れた。
USマフラーのハーレーはアイドリングでも音が大きいが、アクセル開けるよりはマシだろう。
奏の501にメッシュ地のシングルライダース。手を上げて合図した。
彩は「おしゃれ番長」健在。「えくぼ」健在。日焼けしていて
立ち上がってサムズアップしてくれた。
久し振りの再会なのに、気遣い無用だった。
「凛、久し振り。元気そうね。よかった。」「バイクで来るとは思わなかったけどね。」
ハイタッチした。店内のお客さんたちから凝視されていた。
テラス越しのハイタッチ。その光景は魅力的で「おしゃれ番長」そのものだ。
「あっちから」と入口を指さされ、ジャケットのファスナーを半分降ろして、
ヘルメットで潰れた髪をくしゃくしゃと整えて入口の扉を開けた。
お客さんたちの視線が今度は私に向けられる。昔だったら怖かった視線が集中する。
私は軽く微笑んで案内係に挨拶した。
「大きな音を立ててしまい、ごめんなさい。」丁寧すぎる英語で。
お客さんたちが何人も立ち上がり、彩と同じようにサムズアップで応えた。
マリブビーチの超高級レストランには似合わない光景。
私は、丁寧にお辞儀を返した。
席に着くと彩は笑いながら褒めてくれた。
「凛、やっぱりカッコいい。でも、ちょっと谷間見えてるよ。」
「あっ」そばかすが赤く染まった。
彩が、にっこり笑った。「覚えてる?白いTシャツ『絶対似合うから』って渡したやつ。」
一瞬、止まった。「勿論、覚えてる。ピッチピチのチビTシャツ。」
「運命のTシャツ。奏が、まだ会ったことのない彩のことを恩人と呼ばせたTシャツ。」
「なにそれ?ストーリー性が漏れ出してる。聞かせて?」
彩は本当に楽しそうに身を乗り出した。
「奏と下北沢でデートした時に初めて着た。おわり。」
「いや、ストーリーが聞きたいよー」彩がツヤツヤな唇を突き出す。
「正直、貰ってからしばらくは着なかったです。でもね。奏に着て見せたら喜ぶかなって思って。
鏡に自分を映しただけで恥ずかしかったけど。」
そばかすをクシャっとさせて、頬杖をつきながら話した。
「奏に着て見せてよかった。なんか自由になった。奏、固まってしまいました。三秒ぐらい。
一度、目を伏せてから私の目を見て「似合ってるよ」って言ってくれた。」
「本当に嬉しくて笑顔返すのが精一杯で言葉にならなかった。」
「それだけ?」
「大体はね。ふたりでレコード選んでは奏また固まるし、古着探しては固まるし、
直接見られてはいないんだけど視界に入るみたいで。きっと。私も平気な顔するの大変だった。」
「向かい合ってパスタ食べたんだけど、その時に思いました。」
「奏、見てていいよって。」「奏、ずっと私を見ててって。」
「だからね。彩は奏にとって恩人で、私にとっては人生を変えてくれた人です。」
「Tシャツくれてありがとう。」
「絶対に似合うからって言ってくれてありがとう。」
彩が、グラスを掲げた。
「ううん。あのTシャツが、何かの始まりだったなら、私も嬉しくなる」
「それより乾杯しましょう。凛、おめでとう」
「ありがとう。彩」彩のえくぼは、最強だった。
グラスを合わせた。マリブの海が、テラスの向こうで光っていた。
マリブの太陽の下で、Tシャツの記憶が、今日また一つの形になった。
遠くから、エンジン音が二つ近づいてきた。たぶん奏と健人さんだ。
彩が音の方を見て、笑った。
私も見た。聞いた。
「違う。奏じゃない。」
1台のオレンジのスポーツスター黒のデカール883Rだ。
ご丁寧にハーレーダビッドソンロゴ入り革ジャン。
コーナー出口から離れていないこの店で止まらずにインに切れ込むかのように加速した。
爆音が響いた。彩はあっけにとられている。
「奏は空冷バイクを知り尽くしてるからコーナーから立ち上がる時、ラフにアクセル開けない。」
「え?」と彩。
「それに私達はアウトインアウトのライン取りだから出口でインに切れ込む余裕ないです。」
「そういうものなの?」「音だけでわかっちゃうの?」と彩。
そこに黒のポルシェがコーナーを降りてきた。911ターボ964型。
カエルのような顔でガードレールに沿って曲がってくる。
「ギリギリ!」彩が声を出してしまった。
私からはノーズはグリップを確保しているように見えた。
「奏だ。」息を吐きながら呟いた。
「えっ?」彩が私を振り返って見つめた。
黒いカエルはウインカーを出して駐車場に入ってきた。お揃いのメッシュのシングルライダース。
レイバンをかけている。
「凛の解説付きだと奏くん凄くかっこいいね。」彩が言った。
「凛。完全に奏くんに惚れてるね。奏中毒だね。」彩が笑った。
しばらくしてスポーツスターが戻ってきた。健人さんだった。
四人が顔を合わせた。
「彩さんはじめまして。遠野奏です。今後とも宜しくお願いします。」
「彩です。凛、凄いんだよー あ、宜しくお願いします。」
「なんですか?はじめまして。健人です。」
「彩です。LAの有名人。LAの日本人なら健人くん、皆、知ってるよ」
「そうなんですか?オレ、友達少ないから自覚ないです。」
「うちの社員たちに、食事するって言ったら私の株まで上がったわ」
「健人、学生の頃、池袋のパブでオレのバイトが終わるのを待っていたくらい少ないから」
「思い出しました。INXSリクエストして コメント欄に「奏イカス。」と必ず書いてくれたのが健人さん。」
「凛さん、そんな話、聞かされてたんですか」
「ええ、奏がそういういいやつだから構えなくて大丈夫って」
「奏くん、凛の解説付きだと凄く凄くかっこよくて、会ったら割と普通ね。ドキドキは収まったわ」
「それは……どういう?」
「凛がね。下北沢で「奏、見てていいよ。」「奏、ずっと私を見てて。」って思ってたって。
それとバイクが通過したとき「違う。奏じゃない。」とかポルシェがコーナーを曲がってきたとき
「奏だ。」とか。頬杖つきながら、おっぱい出して呟いてたよ」
私は真っ赤になった。奏も真っ赤だった。
「出してません」
「あ、谷間ね。細かいなあ」
「とにかく……奏、良かったな。おめでとう」
「凛も良かったね。おめでとう」
「ありがとう。」
「ありがとう。」
「健人さん、どおしてハーレーだったんですか?」
「オレが説明する。健人は、オレのエージェントとしての大活躍?を適当に家族に話して、
運転手を呼ばずにポルシェを運転する許可を取り、しかも途中でバイクに乗りたいと言い出したんだよ」
「奏も、オレがハーレーダビッドソンロゴの革ジャン着た時点で察しただろ」
「そういうことだったんですね。嬉しくて通り過ぎてしまったんですね」
「凛さんの武勇伝も聞いてるよ。メンタワイの高波にショートボードで、あっという間に乗れる女。
あと、「かわいそうですね」って「奏を独り占めしてごめんね」っていう風に聞こえたんだ。」
「ポルシェ911ターボに乗れないことを指して半分。残りは何とかしてあげられないかなと思いました」
「うん。奏がいたよ。 凛さん、奏を石として置くことをオレにも分けてくれてありがとう」
◇奏語り◇
オレは嬉しかった。健人は、はっと思い石を置いたんだ。オレという石を。
凛が、ずば抜けて頭がいいのを任務遂行計画の段階で理解していて、凛がジョークとしてだけで言ってはいないと健人が一瞬で察していたことが、さらに嬉しかった。
そして、彩さんは本当に恩人だ。Tシャツだけでなく、耳障りの良いことばかり伝えてくれる。
オレたちは、何度も何度も修羅場をくぐり抜けて、
マリブの海のテラスで食事している。
健人も彩さんも凛もオレも全く口にしないが、皆々に思いはあるはず。
これも、ご褒美のひとつだ。
◇/◇
♪♪その⑰♪♪
私はなぜ?この髪の長さより短くしないのだろうか?
動きやすく髪をアップしたり、ポニーテールにしたりするくせに。
奏は髪型のことは言わないから関係ないと思う。
関係あるとすれば、私自身が髪をいじりたいからだ。
ただ、無意識だったことが、
意識しなければいけないことに気づいてきた。
私が髪をかき上げると同性が嫌な顔をすることがある。
私が髪をクシャクシャとやると男性に必ず見られる。
気をつけなければいけない。
でも、
「濡れ髪を両手でかき上げてオールバックにする」
「ヘルメットを脱いで、潰れた髪をクシャクシャと整える」
奏が私のこの癖を好きなのがわかる。
「もぉ」
奏には誤解を解く手伝いを頼みたい。
了




