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勇者のいる窓際  作者: 月白ゆう


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15/21

第15話 本を探しに

 遠征へ出て六日目。

 午前中の客足が落ち着くと、店から人の気配が途切れた。リオンは修理を終えた品を棚へ戻し、帳簿を閉じる。

 ふと本棚へ目を向けた。旅人の手記、市場の記録、古い街道案内。見慣れた背表紙が並んでいる。その中で、『旅人の手記』だけが少し擦り切れていた。

 最初にアウグストへ貸した一冊だ。返ってきてからも何人かが手に取り、以前より棚から出されることが増えていた。

 リオンは指先で背表紙をそっとなぞる。


「もう少し増やしてもいいかもしれませんね」


 ぽつりと呟く。最近は、本を読むために立ち寄る客も少しずつ増えていた。昼まで時間がある。

 店先へ『昼休憩』の札を掛けると、王都の図書館へ向かった。石造りの建物へ入ると、紙と木の匂いが静かに迎えてくれる。受付の女性が笑顔で顔を上げた。


「今日は修理ではないんですね」

「はい。本を探しに来ました」

「珍しいですね」


 利用者として訪れるのは久しぶりだった。旅の本が並ぶ棚をゆっくり歩く。

 北街道の宿、港町の朝、橋の向こうの町、旅するパン屋、七つの宿場、一冊ずつ開く。

 橋を渡る旅人、朝早い市場、宿屋の主人との何気ない会話、焼きたてのパンの香り。どれも大きな事件は起きない。けれど、不思議とページをめくる手は止まらなかった。気付けば、同じような本ばかり抱えている。


「何かお探しですか」


 司書が声を掛けてくる。


「店へ置く本を探していまして」

「英雄譚ではなく?」

「違います」

「冒険譚でも?」

「それも違います」


 司書は抱えられた本を眺め、優しく笑った。


「静かな旅のお話がお好きなんですね」


 リオンは腕の中の本へ目を落とした。

 言われてみれば、確かにそうだった。


「そうかもしれません」


 勧められた棚も見て回り、気になった題名を紙へ書き留める。図書館を出たあと、近くの古本屋にも立ち寄った。


「旅の本を探しているんですが」

「英雄譚じゃなくて?」

「違います」

「じゃあ、こっちだな」


 店主が奥から運んできたのは、港町の暮らしや宿場町の日常を描いた本ばかりだった。どれも肩肘張らずに読める。町の匂いや風景が、そのまま伝わってくるようだった。

 気付けば十冊を抱えていた。紙袋は思ったより重い。それでも足取りは軽かった。


 店へ戻る。札を裏返し、営業を再開する。

 客はまだ来ていない。

 紙袋から本を取り出す。一冊ずつ棚へ並べる。少し右へ。また左へ。高さを揃え、背表紙を整える。並べ替えているうち、一冊だけ自然と窓際から手の届きやすい場所へ収まった。


『橋の向こうの町』


 置いてから手が止まる。


「……ここでいいか」


 理由は分からない。他の場所でもよかった。それでも、その位置がいちばんしっくりきた。

 少し離れて棚を眺める。以前より旅の本が増えた。窓際からも取りやすい。読み終えたら、次の一冊へ手が伸びる。そんな並びになっていた。


 扉の鈴が鳴る。


「こんにちは」


 いつもの常連客だった。

 薬草を選びながら、世間話を交わす。会計を済ませると、客は本棚へ目を向けた。


「本、増えましたね」

「ええ。少しだけ」


 客は何冊か眺めたあと、一冊を手に取った。


「これ、借りてもいいですか?」

「もちろんです」


 リオンは本を受け取り、貸出票に名前を書いた。

 客が店を出ていく。

 扉が閉まり、また店内に落ち着いた空気が戻った。

 リオンは本棚へ目を向ける。

 新しく並んだ旅の本。

 その中にある、『橋の向こうの町』。

 なぜそこへ置いたのか、やっぱり分からない。

 ただ、そこにあるのを見ると、妙に収まりがよかった。

 リオンは小さく息を吐き、作業台へ戻った。



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