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勇者のいる窓際  作者: 月白ゆう


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14/21

第14話 空気の違う午後

 遠征へ出て五日が過ぎた。

 昼を回る頃には、店の中へ柔らかな日差しが差し込んでいた。リオンは作業台で薬草を束ねている。乾いた葉を揃え、長さを合わせ、細い麻紐でゆっくりと結んでいく。束ね終えた薬草を棚へ並べると、今度は修理品へ手を伸ばした。小さな留め具の歪みを直す。金具を外し、少しだけ力を加える。曲げすぎれば折れてしまう。少し直しては確かめ、また少し直す。その繰り返しだった。


 鈴が鳴る。


「こんにちは」


 顔を上げると、旅装束の青年が立っていた。

 大きな荷物を背負い、靴には街道の土が付いている。長旅の途中なのだろう。


「少し休ませてもらってもいいですか」

「もちろんです」


 青年は礼を言い、店内をゆっくり見回した。本棚、薬草棚、窓辺の木彫りの犬。そして自然な足取りで窓際へ向かう。椅子へ腰を下ろし、荷物を床へ置くと、水筒で喉を潤した。

 しばらく外を眺め、それから鞄の中から一冊の本を取り出す。旅の記録のようだ。ページをめくる音だけが響く。

 工具の音、本をめくる音、窓から吹き込む風。

 どれも最近まで毎日のように聞いていた音だった。それなのに、どこか違う。

 リオンは工具を動かしながら、首を傾げた。理由は分からない。作業はいつも通り進む。客も静かだ。本を読み、窓際へ座っている。

 それなのに、どこかしっくりこない。リオンは考えても答えは出ない。気持ちを切り替えるように薬缶へ水を注ぐ。やがて湯気が立ち始める。薬草を入れ、香りが広がる。今日は客が一人いる。そう思い、一つだけ湯呑みを運んだ。


「どうぞ」


 青年は驚いたように笑う。


「ありがとうございます」


 両手で受け取り、一口飲む。


「おいしいですね」

「ありがとうございます」


 青年は満足そうに頷くと、再び本を開く。店の中は静かだった。けれど、リオンの中の小さな違和感だけは最後まで消えなかった。しばらくして、青年は本を閉じた。

 栞を挟み、荷物を背負う。


「助かりました」

「お気をつけて」


 穏やかな笑顔を残し、店を出ていく。鈴が鳴る。扉が閉まり、店の中は再び静けさを取り戻した。

 リオンは何気なく窓際を見る。椅子は空いていた。ほんの少し前まで誰かが座っていたとは思えないほど、元の景色へ戻っている。そのはずなのに。ほっと息をついた。


「あれ……」


 思わず声が漏れる。どうしてだろう。あの青年は感じの良い人だった。

 静かに本を読み、薬草茶も喜んでくれた。

 迷惑を掛けたわけでもない。それなのに、

 今の方が落ち着く。理由が分からなかった。

 リオンは考えるのをやめるように木箱を作業台へ載せた。留め具を外し、傷んだ板を交換する。

 金槌を持つ。釘を打つ。

 カン。カン。

 一定の音が店へ響く。

 その音を聞きながら、ふと窓際へ目が向く。誰もいない。木彫りの犬だけが、妙な顔で外を眺めていた。


「……静かですね」


 ぽつりと呟く。店は最初から静かな場所だった。

 薬草の香りがあり、工具の音が響き、本棚が並び、窓から風が入る。何も変わっていない。そう思っていた。けれど、本当は少し違っていたらしい。毎日のように窓際で本を読み、ときどき薬草茶を飲み、返却日を気にして、本を抱えて帰っていく。閉店になると静かに本を閉じ、


「また明日」


 そう言って帰る客がいた。いつの間にか、その姿まで、この店の景色になっていた。

 西日が窓際をゆっくり橙色へ染めていく。リオンは立ち上がり、木彫りの犬の向きを少しだけ直した。隣には空席がある。その椅子へ視線を向ける。

「……帰ってきたら、また静かになりますね」

 返事はない。窓から吹き込む風だけが、本棚を静かに揺らした。リオンは作業台へ戻り、工具を手に取る。店は今日も変わらない。それでも窓際を見るたび、旅の本を静かに開く一人の客の姿だけは、自然と思い浮かんでしまうのだった。

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