表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者のいる窓際  作者: 月白ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/15

第11話 勇者は帰らない

昨日の雨が嘘のような青空が広がっていた。雨に洗われた石畳は朝日がさし、窓を開けると澄んだ風が薬草の香りを運んでくる。リオンは身支度を整え、一階へ降りた。店内はいつもと変わらない。ただ一つ、いつもと違うことがあった。

 倉庫から、ページをめくる音が聞こえる。思わず笑みがこぼれる。扉を軽く叩いた。


「起きていますか」

「起きている」


 すぐに返事が返る。


「よく眠れましたか」

「寝た」

 

 しばらくしてアウグストが倉庫から出てくる。

 手には読みかけの旅の本。昨日と同じ無表情だったが、もう、そこにいるのが当たり前のようだった。

 二人は簡単な朝食を囲む。

 焼きたてのパンをちぎり、スープを口に運ぶ。ほとんど会話はない。

 それでも気まずさはなかった。

 食べ終える頃には開店の時間だった。扉を開けると朝の風が吹き抜ける。一日が始まった。


 昼頃、常連の老夫婦が店を訪れた。

 薬草を選びながら、おばあさんが窓際へ目を向ける。


「あら、今日もいるねぇ」


 本を読んでいるアウグストを見て笑った。


「いますね」


 リオンもつられて笑う。


「今日も来たのかい」

「昨日からいます」


 老夫婦は顔を見合わせた。


「昨日から?」

「泊まりました」

「勇者様が?」

「勇者様が」


 二人はもう一度顔を見合わせる。どうやら、まだ話が飲み込めないらしい。一方のアウグストは、本から顔も上げない。聞こえているはずなのに、まるで気にしていなかった。


「変わった勇者様だねぇ」

「そうですね」


 否定はできなかった。老夫婦が帰ると、店の中にはまた紙をめくる音と、薬草を扱う音が戻ってきた。

 薬草を棚へ並べながら、ふと違和感を覚えた。窓際からページをめくる音が聞こえない。見ると、アウグストは本を閉じ、窓の外を眺めていた。昨日までの雨が嘘のような青空。白い雲がゆっくり流れていく。


「どうかしましたか」

「考えていた」


 珍しく、すぐ返事が返った。


「何をですか」

「帰ることを」


 リオンの手が止まる。


「ご自宅ですか」

「家はある」

「……そうですよね」

「帰ろうと思えば帰れる」

 そこでも言葉が途切れる。アウグストは窓から視線を外し、店の中を見渡した。本棚、窓際の席、木彫りの犬。見慣れた景色をゆっくり見渡す。


「急ぐ理由が思いつかなかった」


 リオンは思わず笑う。


「それは困りましたね」

「困っている」


 本人はいたって真面目だった。


「でも、ずっとここにいるわけにもいきませんよ」

「ああ」


 アウグストはそれ以上、何も言わなかった。


 西日が窓から差し込み、店の中を柔らかな橙色に染めていく。工具を片付ける音だけが響く。


「明日から遠征だ」


 アウグストがぽつりと言った。リオンは顔を上げる。


「そうなんですか」

「ああ」

「どれくらいです」

「十日ほど」


 少し考えてから付け加える。


「延びるかもしれん」


 リオンはそこでようやく気づいた。

 帰ることを考えていた理由。昨日から店にいる理由。全部、明日からしばらく来られなくなるからだった。リオンは返事をせず、手にしていた布を作業台へ置いた。


「気を付けてください」

「ああ」


 アウグストはリオンを見る。


「戻る」

「お待ちしています」


 言ってから、自分でも驚いた。

 アウグストは何も言わない。ただ、本を手元の本を閉じた。


 閉店の時間になる。帳簿を閉じる音、本を閉じる音。店の明かりが一つずつ落ちていく。


「今日は倉庫ですね」

「ああ」

「明日は朝が早いんですよね」

「早い」

「それでも、ここなんですね」


 少しだけ考えてから、アウグストは答えた。


「ここも落ち着く」


 飾らない一言だった。リオンは笑って、棚から毛布を取り出した。


「仕方のない人ですね」


 そう言いながら毛布を倉庫へ運ぶ。


 店の明かりが落ちる。倉庫ではアウグストが毛布に入り、本を机へ置いた。王城の部屋より狭い。

 邸宅より不便だ。それでも薬草の香りが残るこの場所は、不思議なくらい心が落ち着いた。明日からしばらく来られない。アウグストは目を閉じた。窓の外では星が瞬き始めている。眠りは、すぐに訪れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ