六本木編 アナリストの苦悩
六本木編 アナリストの苦悩
仕事は、結果がすべてだ。
どんなに立派なことを言っても、システムが動かなければ意味がない。
しかも相手は人間ではなく、コンピューターだ。
コンピューターは、こちらの事情など一切考えてくれない。
プログラムにバグがあれば、そのまま間違った答えを出す。
そして、もう一つ厄介な問題がある。
これまで人間が手計算でやっていた仕事を、コンピューター化すると、今度は人間の側から反発が起きる。
「今までこれでやってきたのに、なぜ変えるんだ」
そうなる。
システムを作る側からすれば、もっと合理的な方法に変えようとしている。
ところが、実際にその仕事をしてきた人にとっては、自分たちの仕事のやり方を否定されたように感じることもある。
コンピューターは正しい。
だから、人間が間違っている。
そんな単純な話ではない。
倉庫管理など、その典型だった。
最初の僕は、コンピューター上の在庫数と、実際の倉庫にある在庫数は、システムがきちんと動けば一致するものだと思っていた。
ところが、現実は違う。
人間がいるかぎり、在庫数は合わない。
一個出したのに入力を忘れる。
返品が来たのに処理していない。
別の場所に移したのに記録していない。
入荷した商品を数え間違える。
棚卸しをすれば、また数字が違う。
つまり、コンピューターの中では「百個」なのに、倉庫へ行って実際に数えてみると「九十八個」だったりする。
最初は、それを「システムの不具合」だと思っていた。
しかし、違った。
人間が仕事をする以上、現実とコンピューターの数字が完全に一致しないことを、最初から前提にしなければならない。
これが分かるまで、僕は何度も失敗した。
システムは理屈だけでは動かない。
人間が使うものだからだ。
そして、システムアナリストという仕事には、もう一つ厳しい現実があった。
孤立することだ。
システムを導入しようとすれば、現場から反発される。
経営者からは結果を求められる。
プログラマーからは仕様の曖昧さを指摘される。
現場と経営側の間に立たされる。
トラブルが起きれば、真っ先に責任を問われる。
うまくいっているときは、誰もシステムアナリストのことなど気にしない。
しかし、ひとたび問題が起きると、
「このシステムを考えたのは誰だ」
となる。
何度も挫折した。
逃げ出したくなったこともある。
死にたくなるほど追い詰められた修羅場も経験した。
システムアナリストは、コンピューターの専門家だと思われる。
しかし、僕が最後に必要だと思ったのは、コンピューターの知識だけではなかった。
四面楚歌になっても負けない根性だった。
誰からも理解されない。
現場から反発される。
上司から責められる。
システムは思うように動かない。
そんな状況でも、最後まで逃げずに問題と向き合う。
そして、一つずつ原因を探していく。
システムアナリストとは、コンピューターを相手にする仕事だと思っていた。
違った。
本当に相手にしていたのは、人間だった。
そして、その人間とコンピューターの間に立って、両方を納得させる。
それが、この仕事の一番難しいところだった。




