六本木編 転機
才能がない。
そして、失恋。
二つのことで追い詰められて、僕はいつしか、六本木へ行って、その夜を刹那的に楽しむことが生きがいになっていた。
そんな頃、転機が訪れた。
秀樹がアメリカから帰国した。
大学時代からの友人だった秀樹は、アメリカでMBAを取得し、日本の広告代理店に就職した。
そして、年収は二千万円。
僕は、その数字を聞いて心が動いた。
二千万円。
それまでの僕には、想像したこともない金額だった。
このまま日本の会社に勤めていても、そんな年収になることは考えられない。
秀樹は言った。
「おまえも外資系に転職しろよ。間違いなく年収二千万円になる」
僕の心は揺らいだ。
しかし、すぐに会社を辞めることはできなかった。
これまで働いてきた会社への忠誠心があったからだろうか。
いや、そうではなかった。
僕が大切にしていたのは、上司や同僚、そして先輩たちとの絆だった。
とくに先輩には、あの失恋のときに励ましてもらった。
上司にもかわいがってもらった。
会社そのものより、そこにいる人たちとの関係が、僕を会社につなぎとめていたのだと思う。
ところが、運命というのは不思議なものだ。
僕の周りにいた上司や先輩が、相次いで人事異動で去っていった。
僕を励ましてくれた先輩もいなくなった。
かわいがってくれた上司もいなくなった。
そして、新しく僕の上司になった部長と課長とは、どうしてもそりが合わなかった。
それまで僕を会社につなぎとめていたものが、一つずつ消えていった。
気がつくと、会社に残る理由がなくなっていた。
秀樹の言葉が、また頭に浮かんだ。
「おまえも外資系に転職しろよ」
僕は、会社を辞めようと思った。
それは、二千万円という年収だけが理由ではなかった。
才能を諦め、恋を失い、六本木で刹那的な楽しさを求めていた僕に、初めてもう一度、人生を変えてみようと思わせるものが現れたのだった。




