六本木編 長い春
いつしか「六本木に住みたい」と思うようになった。
ところが、僕にはもうひとつ、六本木に惹かれる理由があった。
長い春だった。
サラリーマンになって、彼女と結婚することになった。
結納を済ませ、式場も帝国ホテルに予約した。
これで人生が決まったと思っていた。
ところが、そのあと彼女から婚約を解消された。
突然、目の前にあったはずの人生が消えてしまった。
しばらくは、鬱のような状態だった。
何をしても楽しくない。
あれほど好きだった東京の街を歩いても、心は動かなかった。
それでも一年ほど経つと、少しずつ傷が癒えてきた。
そして、僕はあることを思いついた。
「六本木を愛する会」を作ろう。
大げさな名前だった。
けれど、僕にとっては、それくらい六本木に夢中になりたかった。
毎晩のように六本木へ出かけ、踊った。
踊って、踊って、踊った。
別れた彼女のことを考えないためだった。
夜の六本木には、昼間とは違う時間が流れていた。
音楽が鳴り、人が笑い、酒を飲み、踊っている。
その中にいると、少なくともその時間だけは、彼女のことを忘れることができた。
やがて僕にとって六本木は、単なる好きな街ではなくなった。
失った恋を忘れる場所になった。
そして、もうひとつの人生を始める場所になった。
だから僕は、六本木に住みたかった。
ミュージシャンになる夢を失った僕が、最後に見つけた夢だった。




