六本木編
上京して、ロックバンドに入った。
休みは月に一度。それでも、ギャラは当時のサラリーマンの三倍くらいあった。好きな音楽をやって、それだけの金をもらえるのだから、悪くない生活だった。
けれど、しばらくして気づいた。
自分には、ミュージシャンとしての才能がない。
そう思ったら、あっさりとバンドを辞めた。
すると、上京した目的そのものがなくなってしまった。
音楽をやるために東京へ来たのだから、音楽をやめれば、東京にいる理由もない。
それなのに、不思議なことに、東京を離れる気にはならなかった。
ただ、ここにいるだけで楽しかった。
毎日のように出かける六本木は、まるでお祭りだった。
夜になると人が集まり、外国人が歩き、若者が行き交い、店の明かりが街を照らしている。何か特別なことが起きているわけではない。ただ街を歩いているだけで、胸が躍った。
ミュージシャンになる夢は消えた。
でも、六本木に住みたいと思った。
理由なんてなかった。
ただ、毎日あの街にいたかった。
それが、その頃の僕に残った唯一の目標だった。
だから大学を卒業すると、サラリーマンになった。
音楽を諦めた代わりに、東京で働いて、いつか六本木に住む。
考えてみれば、ずいぶん小さな目標だった。
でも、若い頃というのは、そんなものなのかもしれない。
大きな夢を失ったあとに残った、小さな憧れ。
僕にとって、それが六本木だった。




