↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェイドアウト断章  作者: 石藏拓(いしくらひらき)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
832/867

フランソワーズ・サガンと父

フランソワーズ・サガンと父親ピエール・クォワレズの関係は、彼女の文学人生を考えるうえで、とても興味深いものです。事実関係を踏まえながら、少し文学的にまとめます。


### フランソワーズ・サガンと父


フランソワーズ・サガンという作家を語るとき、どうしても『悲しみよこんにちは』を19歳で書いた少女、そして自動車、恋愛、酒、賭博、スキャンダルといった華やかなイメージが先に浮かんでくる。


しかし、そのサガンの原点をたどっていくと、ひとりの男性に行き着く。


父、ピエール・クォワレズである。


ピエールは1900年生まれ。北フランスの産業界につながる家に生まれ、工学を学んだ技術者だった。娘が生まれた1935年、フランソワーズは一家の末娘だった。しかも、その前に男児を亡くしていたため、家族にとって彼女は特別な存在になった。


幼いフランソワーズは「キキ」と呼ばれた。


父は決して、娘を普通の女の子として育てようとはしなかったようだ。


人形よりも本を与え、幼いころから読むことを許した。写真を撮り、娘の成長を記録した。後のサガンが読書と文学に早くから親しんだ背景には、父親の存在があった。伝記資料には、父が彼女に本を買い与え、娘との間に特別な親密さがあったことが記されている。


そして、もうひとつ重要なのが「自由」である。


父は娘に対して、かなり大きな自由を与えた。車に興味を持てば車を与え、乗馬をしたければ馬を与える。幼い娘を過度に縛らなかった。


その自由は、やがてサガンの人生そのものになっていく。


速い車を走らせる。


恋をする。


夜を遊ぶ。


お金を使う。


社会の常識に縛られない。


もちろん、これは単純に「父親が甘やかした」という話ではない。


むしろ父は、娘に「自分の人生は自分で生きろ」という世界を与えたのではないか。


だからこそ、19歳で『悲しみよこんにちは』を書いたときも、サガンは世間の常識から外れることを恐れなかった。


ただし、そこには父親のもう一つの顔があった。


フランソワーズ・クォワレズという本名で小説を出すことを、父は認めなかった。


そこで彼女は、プルーストの『失われた時を求めて』に登場するサガン公爵から「サガン」という名前を選ぶことになる。こうしてフランソワーズ・サガンが誕生した。


これは不思議な出来事である。


文学者としての娘を最も早くから支えた父が、娘に自分の姓を使わせなかった。


つまり父は、娘の才能を否定したのではない。


むしろ「クォワレズ家を巻き込まないでくれ」という、自分なりの距離を置いたのだろう。


その距離感が、実にサガンらしい。


父は娘を愛していた。


しかし、娘の人生を自分の人生と同じものにはしなかった。


そしてサガンもまた、父親の庇護の中にいつまでもいる女性ではなかった。


『悲しみよこんにちは』が世に出ると、彼女は一気に世界的な作家になった。


「フランソワーズ・クォワレズ」ではなく、「フランソワーズ・サガン」として。


そこには、父から与えられた自由と、父から与えられなかった姓という、奇妙な二つの贈り物があったのではないだろうか。


サガンの人生は、自由すぎるほど自由だった。


そして、その自由の出発点には、娘を「普通の娘」にしなかった父親がいた。


考えてみれば、『悲しみよこんにちは』という小説のタイトルさえ、そんな父娘の関係を思わせる。


幸福だけではない。


悲しみも、孤独も、失敗も、人生そのものとして受け入れてしまう。


サガンは、そういう生き方をした。


その最初の扉を開けたのは、文学だったのかもしれない。


しかし、その扉を開けてもいい、と最初に教えた人物は、父ピエール・クォワレズだったのではないか。


サガンという作家の自由奔放な人生を眺めていると、つい彼女自身の強烈な個性だけに目が行く。


けれど、その背後には、娘に本を与え、自由を与え、そして最後には自分の姓さえ与えなかった父親がいる。


サガンの「自由」は、突然生まれたものではなかった。


父親から受け取った、最初の贈り物だったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。