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フェイドアウト断章  作者: 石藏拓(いしくらひらき)


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おいらくの恋 たそがれマイ・ラブ

おいらくの恋 たそがれマイ・ラブ


建物を飲み込むかのように、炎が激しく燃えさかっていた。


一階はケーキ店だった。


いつもなら甘いケーキの匂いが漂う店が、その夜は焦げた臭いに包まれていた。


二階では、店を経営する66歳の女主人が、中学時代の同級生たちを集めて恒例の同窓会を開いていた。


卒業して何十年も経っている。


それでも昔の仲間が集まれば、酒を飲み、笑い、若かった頃の話に花が咲く。


ところが、その夜、招かれていない男が現れた。


林、70歳。


同窓生ではない。


女主人と不倫関係にあった男だった。


二人の関係は、長く続いていた。


人目を忍んで会い、電話を交わし、互いの家庭を抱えながら関係を続けていた。


だが、女主人はある日、林に言った。


「もう、別れて」


林は黙って女主人を見た。


「どうして?」


「これ以上は続けられないの」


「俺を捨てるのか」


「そういうことじゃない」


女主人は何度も説明した。


しかし林には、別れの言葉だけが残った。


自分が捨てられた。


その思いが、次第に憎しみに変わっていった。


そして同窓会の夜。


林は、女主人が二階で仲間たちと酒を飲んでいることを知った。


自分は呼ばれていない。


当然だった。


林は同窓生ではない。


それでも、店までやって来た。


二階のドアが開いた。


笑い声が止まった。


「どうして来たの……」


女主人の顔から血の気が引いた。


林は答えなかった。


ただ、女主人をじっと見つめた。


「話をしよう」


「帰って」


「俺と別れて、それで終わりか?」


「お願いだから帰って」


部屋にいた人たちは、二人の間に何かがあったことを察した。


林の表情が変わった。


次の瞬間、悲鳴が上がった。


男が倒れた。


「人が刺された!」


誰かが叫んだ。


さらに、鼻を刺す強烈な臭いが部屋に広がった。


ガソリンだった。


「火をつける気だ!」


炎が走った。


一瞬にしてカーテンに燃え移り、天井へと火が駆け上がった。


人々は出口へ殺到した。


煙が充満する。


悲鳴が響く。


そして、ケーキ店は炎に包まれた。


翌朝。


焼け跡から複数の死者が見つかった。


一階では腹部を刺された男性。


二階では一酸化炭素中毒による女性。


そして建物の外に停められていた車の運転席から、林の遺体が発見された。


70歳の林も死んでいた。


焼け跡からは、ガソリンの携行缶が見つかった。


なぜ林は、別れを受け入れられなかったのか。


なぜ同窓会の夜に現れたのか。


そして、なぜ最後には自分自身まで死ぬことになったのか。


答えは、炎の中に消えてしまった。


ただ、66歳の女主人にとって、その夜は単なる同窓会ではなかった。


長い不倫関係を終わらせようとした女と、別れを受け入れられなかった男。


二人の「別れ」が、取り返しのつかない惨劇へと変わった夜だった。


※この短編は、2026年9月に岐阜県本巣市で実際に起きた事件をモデルにした創作です。登場人物・描写・出来事には創作を加えています。


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