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フェイドアウト断章  作者: 石藏拓(いしくらひらき)


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洋子はジョンを拒まなかった

洋子はジョンを拒まなかった


「ジョンは女が好きだった」


最初に会った男は、そう言った。


「いや、女が好きという言い方では足りないな。女がいないと、自分がジョン・レノンでいられなかったんだ」


私は黙って聞いていた。


彼はビートルズ時代のジョンを知っていた。


「ステージの上では世界中の人間がジョンを見ていた。でも、ステージを降りると、急に子供みたいになる。誰かにそばにいてほしい。誰かに触れていてほしい。そんな感じだった」


別の男は、もっと露骨に言った。


「マザーコンプレックスだよ」


私は聞き返した。


「母親ですか?」


「ああ。ジョンは母親に捨てられたという意識を、ずっと引きずっていた。だから女を愛しているというより、女の中に母親を探していたんじゃないか」


もちろん、本人に確認したわけではない。


だから真実かどうかはわからない。


ただ、ジョンの女性関係を眺めていると、妙に納得してしまうところがある。


シンシアは、ジョンの妻だった。


しかし、ジョンの世界に完全に飲み込まれる女性ではなかった。


彼女には彼女の生活があり、母親としての役割があり、一人の女性としての自我もあった。


「シンシアはジョンの言うことを、何でも聞く女じゃなかった」


そう語った人間もいる。


「だからジョンには物足りなかったんじゃないか」


やがて洋子が現れる。


ジョンは洋子を見つけ、洋子もジョンを見つけた。


二人の関係は、普通の恋愛とは少し違っていた。


ジョンが洋子を必要とし、洋子もまたジョンを必要とする。


二人の間に入り込む余地が、ほとんどなかった。


「洋子はジョンを拒まなかった」


ある男は、そう言った。


「ジョンがどんな状態でも、そばにいた。だからジョンは安心したんだろう」


そして、二人が別々に暮らすことになった時期がある。


そこで登場するのが、メイ・パンだった。


秘書としてジョンのそばについた女性。


だが、周囲には別の見方もあった。


「ジョンを一人にしておくと、何をするかわからない」


そんな心配があったのではないか、と。


真相はわからない。


メイ自身にも、ジョンとの間には複雑な時間があった。


しかし、そこから見えてくるのは、ジョンという男の不思議な弱さだった。


世界で最も有名なロック・スター。


何億人もの人間から愛された男。


それなのに、一人になることには耐えられない。


誰かがそばにいなければならない。


誰かに自分を見ていてほしい。


誰かに触れていてほしい。


そして、誰かに「大丈夫」と言ってほしい。


もしかするとジョンが生涯探していたのは、恋人ではなかったのかもしれない。


もっと幼い頃に失ったもの。


母親の体温。


自分だけを見てくれる人間。


自分が何者でもなくても、ただ抱きしめてくれる存在。


ジョン・レノンという巨大な名前の裏側には、そんな少年が最後まで残っていた。


そう考えると、彼の女たちの物語は、単なる恋愛遍歴ではなくなる。


一人の少年が、一生をかけて「自分を捨てない女」を探し続けた物語にも見えてくる。


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