ハリウッドオファー
上池袋の七階で、僕は風を待っている。
窓を開け、玄関のドアを少しだけ隙間を開ける。すると、秩父山系を越えてきた冷たい風が、僕の住まいをまっすぐに通り抜けていく。地上とは違うこの高さのおかげで、夏場でもクーラーはいらない。都市の熱を吹き飛ばすその天然の気流が、僕の思考を冷やし、澄ませてくれる。
ここには何もない。テレビも、本も、DVDも置かない。それどころか、ぼくは黒電話さえ持たず、スマートフォンもない。ものを持たない生活は、執筆のための究極の装置だ。視覚的なノイズだけでなく、デジタルな喧騒からも遮断された空間で、思考はどこまでも静まり返り、物語の骨格だけが鮮明に浮かび上がる。
かつて秀吉の家来であったという先祖的記憶、歴史の重みと血筋の誇り。それらを内に秘めながら、僕はここで淡々と物語を紡ぎ続けている。百作を超える出版という積み重ねを経て、いまは隔年での舞台上演を戦略に据えた。映画よりも、この手で直接空気を震わせる舞台で実績を刻む。その繰り返しの先に、いつかサンズリバーサイドがハリウッドオファーを掴む日を夢見て、僕はただ静かに、風を感じながらその時を待っている。
このサンズリバーサイドを第二章として組み込んだ、SAKIMORIシリーズ。主人公サキの物語は、いまこの何もない部屋で、さらに深く、静かに編み上げられている。




