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同棲時代という作品
同棲時代という作品
1970年代の初め、同棲時代という作品がヒットしたが、当時は東京では普通の風景だった。
知り合いの20組が以上が同棲していたからだ。
ぼくがいた早稲田大学でも学生はほぼ同棲していた。
東京では、同じように地方から出てきた若者たちが、自然に一緒に暮らし始めていた。
家賃を分け合うという現実的な理由もあるし、そもそも結婚という形にこだわらない空気があった。
統計がどうこうという話になると、当時はそんなものはほとんど意味を持たない。そもそも結婚していない男女の同居など、きちんと把握されていなかったはずだ。だから「少数派だった」とか「多数だった」とか、数字で語るのは無理がある。ただ、少なくとも自分の目に映っていた東京の一部では、同棲はすでに“普通にある風景”だった。
同棲時代という物語の次郎と今日子のように、将来のことははっきり決めないまま、一緒に暮らす。恋人であり、家族のようでもあり、しかし責任は曖昧なまま。そういう関係が、特別でも背徳でもなく、どこか当たり前のものとして存在していた。




