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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第7話 ヘッセン=カッセル方伯からの褒美

【ラーグ視点】


 北方の激戦地ベルリンから、俺たちは無事に帰ってきた。


 ヘッセン=カッセル方伯領。ヘッセン地方の一角を治め、カッセルを中心とする広大な領地だ。


 戦争は終わった。

 そして俺は、何事もなかったかのように、いつもの残土を集める仕事へ戻っていた。


「私もラーグ様のところで働きますわ!」


 変わったことといえば、双剣のミラが俺の組へ加わったことくらいだろうか。

 凄腕の傭兵である彼女が、なぜか土まみれになる俺のところで働きたいと言い出したのだ。もう知らない仲でもないし、ベルリンではいろいろと世話にもなった。


 それに――。


(まあ、あんな夜まで一緒に過ごした仲だしな……)


 思い出しただけで、妙に顔が熱くなる。

 結局、俺は断り切れず、あっさりとOKを出してしまった。


「ほらほら、新入り。そっちの砂利をまとめな。モタモタしてると日が暮れるよ」

「言われなくても分かっていますわよ、金髪ゴリラ」

「誰がゴリラだい!」

「あなた以外に誰がいるんですの?」

「やるかい、黒髪チビ!」

「望むところですわ!」


「おいおい、仕事しろよ……」


 レイラとミラが火花を散らしながら、現場の土砂を片付けていく。

 二人とも黙っていれば絶世の美女なのに、やっていることは完全に土方仕事だ。それでも文句一つ言わず、俺のスキル『残土』のために土や石を分類してくれている。


 鼻をくすぐる湿った土の匂い。

 スコップが小石を弾く、カンッという乾いた音。

 頬をなでる、少し冷たい秋の風。


(ああ……やっぱり平和な現場が一番だ)


 俺は額の汗を手の甲で拭い、満足げに息を吐いた。


◇◆◇


 いつものように残土の分類をしていると、石畳の通りから、この辺りには似つかわしくない音が響いてきた。


 パカッ、パカッ、パカッ。

 きれいに揃った馬のひづめの音。

 そこへ、重い車輪が石畳を踏むゴロゴロという音が重なる。


「ん?」


 顔を上げる。

 通りの向こうから現れたのは、四頭の立派な白馬に引かれた豪華な馬車だった。

 黒塗りの車体には金色の装飾がこれでもかと施され、窓枠まで磨き上げられている。泥だらけの建設現場には、どう考えても場違いだった。


 しかも馬車の前後には、銀色の甲冑を身につけた騎士たちまでついている。


「おいおい……なんだありゃ」


 隣でダル親方が目を丸くし、持っていたスコップを地面へ落とした。

 馬車は、そのまま俺たちの現場の前で止まった。

 騎士の一人が扉を開ける。


 中から降りてきたのは、上質なビロードの服をまとった、神経質そうな顔つきの男だった。


 どう見ても貴族か、その側近である。

 男は土ぼこりを嫌うように口元を押さえながら周囲を見回し、やがて俺へ視線を止めた。


「そなたが、残土のラーグか?」

「あ、はい。俺ですが」


 俺がスコップを持ったまま答えると、男はわずかに眉をひそめた。


「私はヘッセン=カッセル方伯様の使いである。先のベルリンでの戦い、見事な働きであったと耳にしている」

「は、はあ……」


 嫌な予感がする。

 こういう偉そうな人が現場まで直接やって来る時は、大抵ろくなことがない。

 使者は顎を少し上げ、俺を見下ろした。


「その働きに対し、褒美を与えるとの仰せだ。ラーグよ、三日後に城へ参られよ」

「……ははっ」


 なぜか俺は、その場へ片膝をついて頭を下げてしまった。

 前世で見た時代劇の知識が、勝手に体を動かしたのだ。


(これで合ってるのか?)


 分からない。

 だが使者は満足そうにうなずいたので、どうやら大外れではなかったらしい。


「では、三日後にな」


 それだけ告げると、男は再び馬車へ乗り込んだ。

 騎士たちが馬を返す。

 豪華な馬車は、来た時と同じように石畳を鳴らしながら、あっという間に遠ざかっていった。


 後に残されたのは。

 ぽかんと口を開けた俺と。

 そして、ざわざわと騒ぎ始める作業員たちだった。


「ラーグ……お前、ついに方伯様から呼び出しかよ」

「親方、俺、なんか悪いことしたかな?」

「褒美って言ってただろうが!」


 ダル親方のツッコミが、現場いっぱいに響いた。


◇◆◇


 その日の夕方。

 俺たちは宿舎近くの酒場で、いつものように同じテーブルを囲んでいた。

 薄暗いランプの明かりが、油染みの残った木のテーブルを黄色く照らしている。


 俺は硬い黒パンをスープへ浸しながら、隣に座るレイラと、向かいに座るミラへ聞いてみた。


「なあ。方伯って、どういう意味なんだ?」


 正直なところ、貴族の階級なんて俺にはさっぱり分からない。

 王様が一番偉い。

 その下に貴族がいる。

 俺の知識なんて、その程度である。


「すっごく偉い!」


 レイラがエールのジョッキをドンッと置き、自信満々に答えた。


「いや、それは見りゃ分かるんだけどさ。もっとこう……具体的な順位とかあるだろ?」

「説明が雑すぎますわね」


 ミラがあきれたようにため息をついた。


「そうですわね。簡単に書くなら、こんなところでしょうか」


 ミラは自分のグラスへ指先を浸すと、テーブルの上へ水で文字を書いた。


『伯爵<方伯<公爵』


「あー……なるほど」


 俺はその文字を見つめる。


「伯爵と公爵の間くらいなんだな」

「大ざっぱに言えば、そういう理解でもよろしくてよ」

「…………」


 数秒考える。

 そして気づいた。


「って、めちゃくちゃ偉いじゃねぇか!」


 思わず大声を上げる。

 ミラは口元へ手を添え、ケタケタと笑った。


「ええ。一国の王に匹敵するほどの力を持つ方伯もおりますわ。そんなお方から直接呼び出されるなんて、ラーグ様もずいぶん出世なさいましたね」

「出世って言われてもなぁ……」


 俺は頭をかいた。


「俺、残土を片付けてただけなんだけど」

「その残土で軍隊止めたじゃないか」

「結果的にな」

「結果がすべてなのさ、戦場なんて」


 レイラが豪快にエールを飲み干す。

 確かに、ベルリンを守る役に立ったのは事実だ。

 だからといって、俺の中身まで突然立派な英雄になったわけじゃない。


(まあ、呼ばれたなら行くしかないか)


 権力者からの呼び出しを断れるはずもない。

 俺は残っていた黒パンをスープごと胃へ流し込み、三日後の登城に向けて腹をくくった。


◇◆◇


 三日後。


 俺はダル親方から借りた、少しばかり大きめのよそ行きの服に着替え、カッセルの街にそびえる巨大な城へやって来ていた。


「でけぇ……」


 思わず声が漏れる。

 分厚い石造りの城壁をくぐり、案内役の後ろについて長い廊下を歩く。

 床には磨き上げられた大理石。

 天井からは大きなシャンデリアが下がり、壁には色鮮やかなタペストリーや歴代の貴族らしき肖像画が並んでいた。


 カツン。

 カツン。


 俺の靴音だけが、やけに大きく響く。


(歩き方、これで合ってるのか?)


 気になって歩幅を変える。

 すると余計にぎこちなくなった。


(ダメだ。普通に歩こう)


 やがて、俺は巨大な扉の前へ案内された。


「ラーグ殿。お入りください」

「は、はい」


 扉が左右へ開く。

 その向こうには、息をのむほど広い謁見の間が広がっていた。


 色鮮やかなステンドグラスから差し込む光が、磨き上げられた床へ赤や青の模様を落としている。


 広間の奥。


 一段高くなった場所に置かれた玉座の背後には、ヘッセン=カッセル方伯家の巨大な紋章が掲げられていた。


 深い青の盾。

 その中央では、赤と銀の縞模様をまとった獅子が、黄金の冠を戴いて雄々しく立ち上がっている。

 鋭い爪もまた黄金色。

 前脚を高く掲げた姿は、まるで今にも盾から飛び出してきそうな迫力だった。


(すげぇな……)


 獅子にまで見下ろされているような気がして、自然と背筋が伸びる。


「ラーグよ、頭を上げよ」


 玉座の横に立つ、侍従らしき初老の男が厳かに命じた。

 俺は言われた通り、ゆっくりと顔を上げる。

 玉座には、豪華な毛皮をまとった初老の男が座っていた。


 あれが、ヘッセン=カッセル方伯なのだろう。

 鋭い鷲のような目で、こちらをじっと見つめている。


(怖ぇ……)


 俺が無意識に息をのむ中、侍従が一枚の羊皮紙を広げた。

 そして、広間いっぱいに響く声で読み上げる。


「ラーグよ。そなたのベルリンにおける働き、誠に見事であった」

「はっ」

「よって――」


 侍従が一拍置いた。


「そなたを男爵に叙する」

「…………は?」


 俺の口から、間抜けな声が漏れた。


「さらに、ハイリゲンローデを所領として与える」

「…………村?」

「村だ」

「俺に?」

「そなたにである」

「…………」


 俺は固まった。

 無理もない。

 三十七歳まで、ただの土方として生きてきた。


 それが突然。

 貴族になります。

 村もあげます。

 そう言われて、すぐ理解できる人間がいるなら会ってみたい。


(いやいやいやいや)


 頭が追いつかない。

 俺は恐る恐る玉座へ視線を向けた。

 ヘッセン=カッセル方伯は、口を固く結んだまま俺を見下ろしている。


(まあ、俺は平民だもんな。直接口をきくような身分じゃ――)


「と、いうわけだ」

「しゃべった!?」


 思わず顔を上げてしまった。

 方伯本人だった。

 低く、腹の底まで響くような声だ。

 方伯は俺の反応がおかしかったのか、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「これまでは平民ゆえ、公式の場で直接言葉を交わすわけにもいかなかった。だが、貴族となれば話は別だ」


 方伯がゆっくりと立ち上がる。


「ラーグ・フォン・ハイリゲンローデ男爵よ」

「は、はい!」

「励むがよいぞ」

「は、ははっ!」


 俺は慌てて平伏した。

 方伯は満足そうにうなずく。


「ハイリゲンローデは、このカッセルから東へ四キロほどの場所にある。教会を中心とした、小さくとも古い村だ」

「はあ」

「水車もあるぞ」


(水車)


 その一言に、俺は少し安心した。


(なんだ。普通の村か)


 てっきり国境の最前線だとか、魔物がうようよいる荒野だとか、そういう危険地帯を押しつけられるのかと思っていた。


 教会がある。

 水車がある。

 カッセルからも近い。


(それなら……俺でもなんとかなるか?)


 いや。

 そもそも、断れる話ではないのだろう。

 俺はもう一度、深く頭を下げた。


「謹んで、お受けいたします」


 冷たい大理石の床を見つめながら、俺は自分の人生が、またしてもとんでもない方向へ転がり始めたのを感じていた。


 ただ残土を片付けていただけの俺が。

 ドラゴンを倒し。

 組を作り。

 ベルリンを守り。

 そして今日。


 ラーグ・フォン・ハイリゲンローデ男爵になってしまったらしい。


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