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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変え、気づけば男爵になっていた~  作者: 塩野さち


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第5話 ベルリン攻防戦

 冷たい風がシュプレー川の水面をなで、鉛色の空の下に静かな波紋を広げていた。


 高く厚いレンガ造りの市壁に囲まれた、堅牢なる都市ベルリン。シュプレー川を挟み、ベルリンとケルンという二つの街が向かい合うように築かれた、美しき双子都市である。


 市壁は二つの街をぐるりと囲み、その長さは二・五キロメートルにも及ぶ。数か所に設けられた門だけが、外界との行き来を許していた。


 我々デンマーク軍はその周囲へ兵を展開し、ベルリンを完全に包囲していた。

 戦況は、我々にとって極めて有利である。

 すでに野戦ではブランデンブルク軍を打ち破った。敗残兵は城壁の内側へ逃げ込み、守備兵の数もさほど多くないと見られている。


 問題は、この後だ。

 このまま強固な包囲網を敷き、敵が飢え苦しむのを待つか。

 それとも、多少の犠牲を覚悟して力攻めを行い、一気にベルリンを陥落させるか。

 ベルリンの東側に築いた本陣で、私は参謀たちと今後の作戦について話し合っていた。


 デンマーク軍において、クリスチャン王太子殿下に次ぐ地位にあるこの私、ハンス・フィリップ・フックス・フォン・ビンバッハは、前衛部隊を率いてここまで十分な戦果を挙げてきた。


 私の判断一つで、ベルリンの運命が決まる。

 そう考えながら口を開こうとした、その時だった。


「伝令! 伝令!」

「何事だ?」

「南門を包囲している部隊からです! ただいま、包囲部隊が背後から襲撃を受けました!」

「なに!? 敵はどうした?」

「そのまま南門を突破し、ベルリンへ入ったもようです! 多数の荷車も確認されています。援軍と補給物資かと思われます!」


 私は勢いよく立ち上がり、天幕の外へ出た。

 耳を澄ます。

 冷たい風に乗り、ベルリンの方角から地鳴りのような歓声が聞こえてきた。

 絶望の中で待ち望んでいた援軍と補給が到着したのだ。守備側の士気が一気に跳ね上がったのだろう。


(これはまずいな……)


 私は奥歯を噛んだ。

 十分な食料や物資が城内へ運び込まれたとなれば、兵糧攻めによる長期戦は難しくなる。

 我々がベルリンの城壁の前で時間を浪費している間に、イングランド、フランス、スウェーデン、オランダといった周辺国がどう動くか分からない。


 遠征軍にとって、時間は味方ではないのだ。

 ならば、決断は早い方がいい。


「よし。力攻めに切り替える」

「はっ!」

「投石器を準備させろ。それから、念のため大砲も前へ出しておけ」

「大砲も使用しますか?」

「いや、撃つのは後だ」


 私はわざと肩をすくめた。


「あの大筒の弾は、まだ高いからな」


 張り詰めていた参謀たちの間から、小さな笑いが漏れた。


「まずは東側から投石器で徹底的に叩く。城壁に穴が開いたなら、その時点で各部隊の判断による突入を許可する」

「はっ!」


 作戦は決まった。

 あとは城壁を崩すだけである。

 ベルリン陥落は、もはや時間の問題。


 その時の私は、そう信じて疑っていなかった。


◇◆◇


 数日後。

 大地を震わせる轟音とともに、数十機の投石器が一斉に動き出した。


「放てぇ!」


 巨大な岩が空へ舞い上がる。

 ヒュウウウウウッ――!

 空気を切り裂いて飛んだ岩石が、レンガ造りのベルリン市壁へ次々と直撃した。


 ドゴォン!


 ドガァン!


 鈍い衝撃音が連続し、粉塵が高く舞い上がる。砕けたレンガが乾いた音を立てて崩れ落ち、市壁の一部には見る間に亀裂が走っていった。


「よし……そのまま続けろ!」


 狙い通りだった。

 このまま撃ち続ければ、そう長くは持たない。

 やがて城壁の一部が大きく崩れ、兵士たちから歓声が上がった。

 その時である。


「……なんだ、あれは?」


 土煙の向こう。

 崩れかけた市壁の上へ、奇妙な二人組が姿を現した。

 一人は、どこにでもいそうな平凡な顔をした、三十代後半ほどの中年男。

 もう一人は、蜂蜜のような長い金髪を風になびかせた美しい女剣士だった。

 女はともかく、男はどう見ても兵士ではない。

 鎧すらまともに着ていない。


 その男が、崩れた城壁へ向かって片手を伸ばした。

 次の瞬間。


 ズゴゴゴゴゴゴッ――!


「なっ……!?」


 黒い土が、何もない空間から突然あふれ出した。

 大量の土砂が崩れかけた城壁へ降り注ぎ、レンガの表面を分厚く覆っていく。

 まるで土そのものが、ベルリンを守る盾へ変わったかのようだった。


「構うな! 撃て!」


 再び投石器から岩が放たれる。

 巨大な岩石が、土で覆われた城壁へ直撃した。

 ズボッ。


「…………」


 私は目を疑った。

 岩は城壁を砕かなかった。

 分厚い土へ深々とめり込み、それきり動かない。


「もう一度だ!」

「放てぇ!」


 ドゴォン!


 ズボッ。


 ドガァン!


 ズブッ。


 結果は同じだった。

 レンガを砕くはずだった岩の勢いを、分厚い土がすべて受け止めている。

 市壁には届かない。


(なんなのだ、あの男は……)


 あれほど大量の土を一瞬で出現させる魔術師など、聞いたことがない。

 しかも、土を出した本人は疲れた様子すら見せず、女剣士と何やら話している。

 こちらが何日もかけて準備した攻城兵器を、たった一人で無力化したというのにだ。


「……ふざけおって」


 私は無意識に、指揮杖を強く握っていた。


◇◆◇


 翌日。

 私はすぐに攻撃方法を変更した。

 ベルリンの市壁は、およそ五メートルほど。

 投石器が通用しないなら、攻城ハシゴを掛けて直接乗り越えればいい。


 だが、その前に問題がある。

 市壁の周囲を囲む、深い堀だ。


「土を運べ! 堀を埋めろ!」


 歩兵たちが袋や籠に土砂を詰め、次々と堀へ投げ込んでいく。

 ベルリン側も黙ってはいない。


「矢だ! 盾を上げろ!」


 ヒュンヒュンと風を切り、城壁の上から無数の矢が降り注ぐ。

 盾へ矢が突き刺さる音。

 負傷兵のうめき声。

 怒号。


 それでも作業は止めなかった。

 兵士たちは盾で頭上を守りながら、ひたすら土を運び続ける。

 犠牲は出た。


 だが、この程度なら戦争では許容範囲だ。


 数時間後。


 ついに堀の一部が土砂で埋まり、兵士が渡れるほどになった。


「よし! ハシゴを前へ!」


「おおおおおっ!」


 兵士たちが歓声を上げる。

 長大な攻城ハシゴを抱え、埋め立てた堀へ向かって走り始めた。


 その時だった。


「……また、あいつか」


 城壁の上。

 昨日と同じ中年男が立っていた。

 こちらを見下ろしながら、片手を堀へ向ける。


 ズズズズズズッ――!


「なっ!?」


 堀へ投げ込んだ土が消え始めた。

 土砂が崩れ、渦を巻くように一点へ集まり、そのまま目に見えない何かに吸い込まれていく。


「止めろ! 止めさせろ!」


 叫んでも意味はない。

 兵士たちが何時間もかけて運んだ土砂が、ほんの数秒で消えていく。

 そして。


 ザバァン!

 せき止められていた水が流れ込み、堀は再び深い水をたたえた。


「…………」


 攻城ハシゴを抱えた兵士たちが、堀の手前で呆然と立ち尽くしている。

 次の瞬間。


「うおおおおおおおおっ!」


 ベルリン側から、割れんばかりの歓声が上がった。


「なんだ、あの魔法使いは!」

「またやりやがったぞ!」

「ベルリンは落ちねぇぞ!」


 城壁の上から叫ぶ声が、こちらにまで届いてくる。


(馬鹿な……)


 我々が何時間もかけた作業が。

 何人もの兵士が傷つきながら続けた作業が。

 あの男が手をかざしただけで、すべて無駄になった。


「くっ……!」


 指揮杖を握る手に力が入る。

 出し惜しみしていた大砲を撃ち込むことも考えた。


 だが、すぐに思い直す。

 恐らく、結果は同じだ。

 あの男が城壁を分厚い土で覆えば、高価な砲弾まで土へめり込んで終わる。

 投石器は効かない。


 堀も埋められない。

 ならば、どうやってこの街を落とせというのだ。

 苛立ちが胸の奥で煮えたぎる。


 その時だった。


「ビンバッハ将軍に申し上げます!」


 背後から慌ただしい足音が近づいてきた。

 また伝令である。


「なんだ! 手短に頼む!」


 思わず怒鳴る。

 伝令兵はビクッと肩を震わせたが、すぐに青ざめた顔で口を開いた。


「神聖ローマ帝国皇帝の名において、停戦を求める使者が本国へ到着いたしました! 本国は……これを受諾したもようです!」


「なんだと……!?」


 私は振り返った。


「皇帝フェルディナント二世が動いたというのか……」


 頭の中で、瞬時に状況を整理する。

 本国が皇帝との停戦を受け入れた。

 それが事実ならば、もはやベルリン攻略を続ける大義はない。


 いや、それだけではない。


 ここで我々だけが軍事行動を続ければ、帝国軍や周辺国に背後を突かれる可能性すらある。


 遠く故国を離れたデンマーク軍が孤立すれば、待っているのは破滅だ。


「……やられたな」


 私は大きく息を吐き、鉛色の空を見上げた。

 ベルリン攻略軍の全権を与えられているとはいえ、本国の決定へ逆らうことはできない。

 それに。


 視線を城壁へ戻す。

 あの中年男が、また城壁の上に立っていた。

 今度はこちらへ土を出すでもなく、ただ遠くから戦況を眺めている。


(結局、あの男が何者なのかすら分からなかったな)


 私は指揮杖を下ろした。


「……仕方ない。撤収する」

「はっ」

「ただし、一糸乱れぬ整然とした行軍でだ。敗走ではない。敵に付け入る隙を与えるな」

「承知しました!」


 ほどなくして、我々デンマーク軍は包囲を解いた。

 兵士たちが陣幕を畳み、攻城兵器を引き下げ、長く伸びた隊列が北へ向かって動き始める。


 その背中へ。


「うおおおおおおおおおっ!」


 ベルリンの街から、地面を揺らすほどの歓声が浴びせられた。


「勝ったぞ!」

「デンマーク軍が退いていく!」

「ベルリンは守られた!」


 幾重にも重なる勝利の叫び。

 私は馬上で振り返ることなく、その声を聞いていた。

 胸の中に残っているのは、敗北への悔しさ。


 そしてもう一つ。


(あの土使い……)


 名前すら知らない中年男の姿が、どうしても頭から離れなかった。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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