第29話 すでに石炭があった件
【ラーグ視点】
「うーん……イマイチ安定しないな」
フランケンタールの広場に設けたレンガ窯の前で、俺は腕を組んで唸っていた。
『残土』から取り出した石灰石と粘土を砕き、混ぜ合わせて窯で焼く。そこまではいい。
問題は、それを焼き上げる『温度』だった。
コンクリートの主原料であるセメントを作るには、材料をかなりの高温で焼く必要がある。ところが、大量の薪をくべても窯の温度には限界があった。
焼きムラができたり、うまく反応しなかったりして、出来上がるセメントの品質が安定しないのだ。
「伯爵閣下、やはり薪では限界があるのでは?」
石工の束ね役であるゲルト親方が、汗と灰にまみれた顔で首を傾げた。
「俺もそう思う。薪だけじゃ火力が足りないんだよなぁ」
俺は顎を撫でた。
(前世のセメント工場みたいに、もっと高温でガンガン焼ける燃料が必要だ)
薪より長く燃え、もっと強い熱を出す燃料。
前世の記憶を探るうち、俺の頭に真っ黒な塊が浮かんできた。
「なあ、ゲルト親方。こう……燃える黒い石とかないっすかね?」
「燃える黒い石、ですか?」
ゲルト親方が怪訝そうな顔をする。
俺は少しだけ期待した。
もしかすると、この世界ではまだ石炭の価値が知られていないのかもしれない。
そして俺が、
『これが石炭だ! 燃料になるぞ!』
などと得意げに発見する展開になるのではないか。
そんな都合のいい妄想をしていた、その時だった。
「黒くて燃える石なら、石炭のことでしょう。それなら売っていますよ」
「……あるんかい!」
俺は反射的に振り返った。
そこには、灰色の上着に厚手の外套を重ねた、恰幅のいい中年男が立っていた。革手袋をはめた片手には杖。もう片方には書類の束を抱えている。
フランクフルトを拠点に、ライン川沿いの各都市を行き来しているドイツ商人、ハインリヒ・ケラーだ。
以前から建築資材や鉄製品の取引で顔を合わせている、抜け目のない男である。
「なんでケラーさんがフランケンタールにいるんだよ?」
「これはこれは、ご挨拶ですね。ラーグ殿が伯爵になられたと聞きましてな。お祝いと、新しい商売の匂いを嗅ぎつけて参りました」
ケラーさんは人懐っこい笑みを浮かべた。
「商売の匂いって……」
「この街をご覧なさい。城壁も家も道路も壊れている。つまり、これから大量の物資が必要になる。商人にとって、これほど分かりやすい話はありません」
「たくましいなあ……」
俺は呆れながらも、本題に戻った。
「それより石炭。本当にあるのか?」
「もちろんです」
ケラーさんは即答した。
「西のザール地方へ行けば、昔から黒い石を掘っています。ザンクト・イングベルトやズルツバッハの辺りでは、地面近くに出ている炭を掘って燃料にしている者もおりますよ」
「昔から?」
「ええ。少なくとも私が生まれるずっと前からです。大きな鉱山というほどのものではありませんが、小さな坑道を掘ったり、地表近くの炭層を削ったりして採っています」
「中世から存在してたのか……」
俺はがっくりと肩を落とした。
石炭を発見して、異世界産業革命の第一歩!
……みたいな展開を一瞬だけ期待していたのに。
もう普通にあった。
「何をそんなに落ち込んでいるのです?」
「いや……なんでもない」
考えてみれば当然かもしれない。
石炭は、俺が生み出さなくても地面の下にある。
しかも、この辺りから少し西へ行けば、すでに掘っている土地まであるという。
つまり――。
「石炭? あるぞ」
「じゃあ持ってきてくれ」
たったこれだけの話だった。
「ケラーさん。石炭、まとまった量を仕入れられるか?」
俺が尋ねると、商人の目が鋭く光った。
「どの程度でしょう?」
「荷馬車で何台も欲しい。できれば継続的に」
「ほう」
ケラーさんの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「それは実に良いお話ですな」
「その顔やめろ。絶対に値段を釣り上げようとしてるだろ」
「まさか。私は常に適正価格を心がける誠実なドイツ商人ですよ」
「そのセリフを言う商人が一番信用できないんだよなぁ」
ケラーさんは声を上げて笑った。
「ともあれ、お任せください。ザール方面には知り合いがおります。小さな炭坑から少しずつ買い集めれば、必要な量をそろえられるでしょう」
「頼む。ただし、できるだけ安くな」
「もちろんですとも。伯爵閣下には、特別価格で」
「その『特別』って、高い方じゃないよな?」
「さて、どうでしょう?」
「おい!」
◇◆◇
数日後。
黒い石を山積みにした荷馬車が、次々とフランケンタールへ入ってきた。
ハインリヒ・ケラーの手配した石炭である。
「これが石炭ですか……」
ゲルト親方が一つ拾い上げ、黒い表面をしげしげと眺めた。
「ああ。燃えるぞ。しかも薪よりずっと強い火力を長く保てる」
「石が燃えるとは、不思議なものですな」
「俺の故郷じゃ珍しくもなかったんだけどな」
前世の故郷だが。
まずは窯の中に薪を入れて火を起こし、その上へ石炭を放り込む。
さらに窯の空気の通り道を広げ、ふいごを使って風を送り込むようにした。
「風を送れ!」
「はい!」
ゴオオオオッ!
赤い炎が窯の奥で激しく渦を巻いた。
石炭が赤熱し、薪だけの時とは明らかに違う、肌を刺すような熱気が広場まで押し寄せてくる。
「うおっ、熱っ!」
思わず俺は一歩下がった。
ゲルト親方も目を丸くしている。
「これは……薪の時とはまるで違いますぞ!」
「よしよし。これならいける!」
燃料を石炭に変えただけではない。窯の通風も改善したことで、内部の温度は以前よりずっと高く、安定して保てるようになった。
石灰石と粘土を混ぜた材料を焼き続ける。
やがて窯から取り出された塊は、以前のものより明らかに均一に焼けていた。
「こいつを細かく砕くぞ!」
石臼を使い、徹底的にすり潰す。
灰色の細かな粉が出来上がった。
セメントだ。
そこへ『残土』から取り出した砂と砂利を加え、水を注いで練り上げる。
ジャリッ、ジャリッ。
重い音を立てながら、灰色の粉がドロドロのコンクリートへ変わっていく。
型枠へ流し込み、棒で突いて空気を抜き、あとは固まるのを待った。
◇◆◇
数日後。
「さて……どうだ?」
型枠の板を外す。
ベリッ、と木材が剥がれた。
その内側から現れたのは、滑らかな灰色の塊だった。
俺はバールを手に取り、表面を叩く。
カンッ、カンッ!
澄んだ硬い音。
「完璧だ……!」
前より明らかに出来がいい。
場所によるムラも少ない。
これなら大量生産できる。
「閣下! 成功ですな!」
「ああ。これならいけるぞ、ゲルト親方!」
安定したセメントが作れる。
つまり、安定してコンクリートを作れる。
ここからフランケンタールの復興速度は、一気に上がった。
砲撃でえぐれた城壁には型枠が組まれ、次々とコンクリートが流し込まれていく。
焼け落ちた建物には新しい基礎が作られ、水路の補修にも使われた。
石を切り出し、一つずつ形を整えて積み上げるより、はるかに早い。
「これはすごい……」
ゲルト親方は、完成した壁を撫でながら感嘆の声を漏らした。
「好きな形に作れて、固まれば石になる。しかも石材を一つずつ削る必要もない」
「だから言っただろ。便利なんだよ、コンクリートは」
石工たちもすっかり夢中になっていた。
型枠をどう組めば丈夫になるのか。
砂と砂利をどのくらい混ぜれば扱いやすいのか。
どうすれば早く、きれいに流し込めるのか。
俺が細かく指示しなくても、職人たちは勝手に工夫を始めている。
そして数日後。
「ラーグ伯爵閣下!」
ゲルト親方が、十数人の石工を引き連れて俺のところへやって来た。
「どうした?」
「我々は相談の末、新しい組合を作ることにいたしました!」
「組合?」
「はい! その名も『フランケンタール・コンクリート組合』です!」
「もう作ったの!?」
行動が早い。
「今後は石工だけでなく、型枠を作る大工や、材料を運ぶ者たちとも協力し、このコンクリートなるものを専門に扱いたいと考えております!」
「おお、それはいいじゃないか。安全第一で頑張ってくれ」
「ありがとうございます! そこで伯爵閣下には、ぜひ初代組合長に就任していただきたく!」
「……えっ?」
嫌な予感がした。
「お待ちください、皆の者! 初代組合長、ラーグ伯爵閣下だ!」
「「「おおおおおっ!」」」
「待て待て待て! 俺、伯爵の仕事もあるんだけど!?」
聞いちゃいない。
歓声の中で、俺は勝手にコンクリート組合の初代組合長へ祭り上げられてしまった。
しかも、それだけでは終わらなかった。
フランケンタールで灰色の壁がものすごい速さで再建されているという噂は、あっという間に周囲へ広がった。
「うちの城壁にも使えないか」
「新しい倉庫の基礎を作ってほしい」
「砦をもっと頑丈にしたい」
周辺の町や貴族から、次々と注文が舞い込んでくる。
そして、その匂いを誰より早く嗅ぎつけた男がいた。
「ラーグ殿。コンクリートの材料、フランクフルトでも売りませんか?」
ハインリヒ・ケラーである。
「早いよ!」
「商売とは早い者勝ちです」
「石炭を売りに来た人が、今度はセメントを買って帰るのかよ」
「実に素晴らしい循環ではありませんか」
満面の笑顔だった。
◇◆◇
それからしばらくして。
「ラーグ様! 今月もコンクリート組合から、大変な収益が上がっておりますわ!」
執務室で、ミラが帳簿を抱えながら満面の笑みを浮かべていた。
「ケラー商会からも、またセメントを売ってくれって注文が来てるよ」
レイラまで楽しそうに書類を振っている。
机の上には金貨と契約書が積み上がっていた。
組合からの取り分。
セメントの販売益。
技術を使うための料金。
なんだか知らないうちに、金が雪だるま式に増えている。
「俺はただ……高品質なコンクリートで平和に土方をしたかっただけなのに……」
窓の外では、型枠を抱えた職人たちが忙しそうに走り回っていた。
崩れていた街には、新しい灰色の壁が次々と立ち上がっている。
石炭を発見して一儲けするはずが、石炭はすでにあった。
なのに結局、俺は別のところで儲かってしまった。
「なんでこうなるんだ……」
灰色に生まれ変わっていくフランケンタールを眺めながら、俺はまたしても深いため息をつくのだった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




