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37歳土方、スキル『残土』で要塞都市を築く! ~ドラゴンを埋め、戦場を変えた俺の三十年戦争史~  作者: 塩野さち


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第29話 すでに石炭があった件

【ラーグ視点】


「うーん……イマイチ安定しないな」


 フランケンタールの広場に設けたレンガ窯の前で、俺は腕を組んで唸っていた。

 『残土』から取り出した石灰石と粘土を砕き、混ぜ合わせて窯で焼く。そこまではいい。


 問題は、それを焼き上げる『温度』だった。


 コンクリートの主原料であるセメントを作るには、材料をかなりの高温で焼く必要がある。ところが、大量の薪をくべても窯の温度には限界があった。

 焼きムラができたり、うまく反応しなかったりして、出来上がるセメントの品質が安定しないのだ。


「伯爵閣下、やはり薪では限界があるのでは?」


 石工の束ね役であるゲルト親方が、汗と灰にまみれた顔で首を傾げた。


「俺もそう思う。薪だけじゃ火力が足りないんだよなぁ」


 俺は顎を撫でた。


(前世のセメント工場みたいに、もっと高温でガンガン焼ける燃料が必要だ)


 薪より長く燃え、もっと強い熱を出す燃料。

 前世の記憶を探るうち、俺の頭に真っ黒な塊が浮かんできた。


「なあ、ゲルト親方。こう……燃える黒い石とかないっすかね?」

「燃える黒い石、ですか?」


 ゲルト親方が怪訝そうな顔をする。

 俺は少しだけ期待した。

 もしかすると、この世界ではまだ石炭の価値が知られていないのかもしれない。


 そして俺が、


『これが石炭だ! 燃料になるぞ!』


 などと得意げに発見する展開になるのではないか。

 そんな都合のいい妄想をしていた、その時だった。


「黒くて燃える石なら、石炭のことでしょう。それなら売っていますよ」

「……あるんかい!」


 俺は反射的に振り返った。

 そこには、灰色の上着に厚手の外套を重ねた、恰幅のいい中年男が立っていた。革手袋をはめた片手には杖。もう片方には書類の束を抱えている。


 フランクフルトを拠点に、ライン川沿いの各都市を行き来しているドイツ商人、ハインリヒ・ケラーだ。

 以前から建築資材や鉄製品の取引で顔を合わせている、抜け目のない男である。


「なんでケラーさんがフランケンタールにいるんだよ?」

「これはこれは、ご挨拶ですね。ラーグ殿が伯爵になられたと聞きましてな。お祝いと、新しい商売の匂いを嗅ぎつけて参りました」


 ケラーさんは人懐っこい笑みを浮かべた。


「商売の匂いって……」

「この街をご覧なさい。城壁も家も道路も壊れている。つまり、これから大量の物資が必要になる。商人にとって、これほど分かりやすい話はありません」

「たくましいなあ……」


 俺は呆れながらも、本題に戻った。


「それより石炭。本当にあるのか?」

「もちろんです」


 ケラーさんは即答した。


「西のザール地方へ行けば、昔から黒い石を掘っています。ザンクト・イングベルトやズルツバッハの辺りでは、地面近くに出ている炭を掘って燃料にしている者もおりますよ」

「昔から?」

「ええ。少なくとも私が生まれるずっと前からです。大きな鉱山というほどのものではありませんが、小さな坑道を掘ったり、地表近くの炭層を削ったりして採っています」

「中世から存在してたのか……」


 俺はがっくりと肩を落とした。

 石炭を発見して、異世界産業革命の第一歩!

 ……みたいな展開を一瞬だけ期待していたのに。


 もう普通にあった。


「何をそんなに落ち込んでいるのです?」

「いや……なんでもない」


 考えてみれば当然かもしれない。

 石炭は、俺が生み出さなくても地面の下にある。

 しかも、この辺りから少し西へ行けば、すでに掘っている土地まであるという。


 つまり――。


「石炭? あるぞ」

「じゃあ持ってきてくれ」


 たったこれだけの話だった。


「ケラーさん。石炭、まとまった量を仕入れられるか?」


 俺が尋ねると、商人の目が鋭く光った。


「どの程度でしょう?」

「荷馬車で何台も欲しい。できれば継続的に」

「ほう」


 ケラーさんの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「それは実に良いお話ですな」

「その顔やめろ。絶対に値段を釣り上げようとしてるだろ」

「まさか。私は常に適正価格を心がける誠実なドイツ商人ですよ」

「そのセリフを言う商人が一番信用できないんだよなぁ」


 ケラーさんは声を上げて笑った。


「ともあれ、お任せください。ザール方面には知り合いがおります。小さな炭坑から少しずつ買い集めれば、必要な量をそろえられるでしょう」


「頼む。ただし、できるだけ安くな」

「もちろんですとも。伯爵閣下には、特別価格で」

「その『特別』って、高い方じゃないよな?」

「さて、どうでしょう?」

「おい!」


◇◆◇


 数日後。

 黒い石を山積みにした荷馬車が、次々とフランケンタールへ入ってきた。

 ハインリヒ・ケラーの手配した石炭である。


「これが石炭ですか……」


 ゲルト親方が一つ拾い上げ、黒い表面をしげしげと眺めた。


「ああ。燃えるぞ。しかも薪よりずっと強い火力を長く保てる」

「石が燃えるとは、不思議なものですな」

「俺の故郷じゃ珍しくもなかったんだけどな」


 前世の故郷だが。

 まずは窯の中に薪を入れて火を起こし、その上へ石炭を放り込む。

 さらに窯の空気の通り道を広げ、ふいごを使って風を送り込むようにした。


「風を送れ!」

「はい!」


 ゴオオオオッ!

 赤い炎が窯の奥で激しく渦を巻いた。

 石炭が赤熱し、薪だけの時とは明らかに違う、肌を刺すような熱気が広場まで押し寄せてくる。


「うおっ、熱っ!」


 思わず俺は一歩下がった。

 ゲルト親方も目を丸くしている。


「これは……薪の時とはまるで違いますぞ!」

「よしよし。これならいける!」


 燃料を石炭に変えただけではない。窯の通風も改善したことで、内部の温度は以前よりずっと高く、安定して保てるようになった。


 石灰石と粘土を混ぜた材料を焼き続ける。

 やがて窯から取り出された塊は、以前のものより明らかに均一に焼けていた。


「こいつを細かく砕くぞ!」


 石臼を使い、徹底的にすり潰す。

 灰色の細かな粉が出来上がった。

 セメントだ。

 そこへ『残土』から取り出した砂と砂利を加え、水を注いで練り上げる。


 ジャリッ、ジャリッ。


 重い音を立てながら、灰色の粉がドロドロのコンクリートへ変わっていく。

 型枠へ流し込み、棒で突いて空気を抜き、あとは固まるのを待った。


◇◆◇


 数日後。


「さて……どうだ?」


 型枠の板を外す。

 ベリッ、と木材が剥がれた。

 その内側から現れたのは、滑らかな灰色の塊だった。

 俺はバールを手に取り、表面を叩く。

 カンッ、カンッ!

 澄んだ硬い音。


「完璧だ……!」


 前より明らかに出来がいい。

 場所によるムラも少ない。

 これなら大量生産できる。


「閣下! 成功ですな!」

「ああ。これならいけるぞ、ゲルト親方!」


 安定したセメントが作れる。

 つまり、安定してコンクリートを作れる。

 ここからフランケンタールの復興速度は、一気に上がった。


 砲撃でえぐれた城壁には型枠が組まれ、次々とコンクリートが流し込まれていく。

 焼け落ちた建物には新しい基礎が作られ、水路の補修にも使われた。

 石を切り出し、一つずつ形を整えて積み上げるより、はるかに早い。


「これはすごい……」


 ゲルト親方は、完成した壁を撫でながら感嘆の声を漏らした。


「好きな形に作れて、固まれば石になる。しかも石材を一つずつ削る必要もない」

「だから言っただろ。便利なんだよ、コンクリートは」


 石工たちもすっかり夢中になっていた。

 型枠をどう組めば丈夫になるのか。

 砂と砂利をどのくらい混ぜれば扱いやすいのか。

 どうすれば早く、きれいに流し込めるのか。

 俺が細かく指示しなくても、職人たちは勝手に工夫を始めている。


 そして数日後。


「ラーグ伯爵閣下!」


 ゲルト親方が、十数人の石工を引き連れて俺のところへやって来た。


「どうした?」

「我々は相談の末、新しい組合を作ることにいたしました!」

「組合?」

「はい! その名も『フランケンタール・コンクリート組合』です!」

「もう作ったの!?」


 行動が早い。


「今後は石工だけでなく、型枠を作る大工や、材料を運ぶ者たちとも協力し、このコンクリートなるものを専門に扱いたいと考えております!」

「おお、それはいいじゃないか。安全第一で頑張ってくれ」

「ありがとうございます! そこで伯爵閣下には、ぜひ初代組合長に就任していただきたく!」

「……えっ?」


 嫌な予感がした。


「お待ちください、皆の者! 初代組合長、ラーグ伯爵閣下だ!」

「「「おおおおおっ!」」」

「待て待て待て! 俺、伯爵の仕事もあるんだけど!?」


 聞いちゃいない。

 歓声の中で、俺は勝手にコンクリート組合の初代組合長へ祭り上げられてしまった。


 しかも、それだけでは終わらなかった。

 フランケンタールで灰色の壁がものすごい速さで再建されているという噂は、あっという間に周囲へ広がった。


「うちの城壁にも使えないか」

「新しい倉庫の基礎を作ってほしい」

「砦をもっと頑丈にしたい」


 周辺の町や貴族から、次々と注文が舞い込んでくる。

 そして、その匂いを誰より早く嗅ぎつけた男がいた。


「ラーグ殿。コンクリートの材料、フランクフルトでも売りませんか?」


 ハインリヒ・ケラーである。


「早いよ!」

「商売とは早い者勝ちです」

「石炭を売りに来た人が、今度はセメントを買って帰るのかよ」

「実に素晴らしい循環ではありませんか」


 満面の笑顔だった。


◇◆◇


 それからしばらくして。


「ラーグ様! 今月もコンクリート組合から、大変な収益が上がっておりますわ!」


 執務室で、ミラが帳簿を抱えながら満面の笑みを浮かべていた。


「ケラー商会からも、またセメントを売ってくれって注文が来てるよ」


 レイラまで楽しそうに書類を振っている。

 机の上には金貨と契約書が積み上がっていた。

 組合からの取り分。


 セメントの販売益。

 技術を使うための料金。

 なんだか知らないうちに、金が雪だるま式に増えている。


「俺はただ……高品質なコンクリートで平和に土方をしたかっただけなのに……」


 窓の外では、型枠を抱えた職人たちが忙しそうに走り回っていた。

 崩れていた街には、新しい灰色の壁が次々と立ち上がっている。

 石炭を発見して一儲けするはずが、石炭はすでにあった。


 なのに結局、俺は別のところで儲かってしまった。


「なんでこうなるんだ……」


 灰色に生まれ変わっていくフランケンタールを眺めながら、俺はまたしても深いため息をつくのだった。


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