第28話 コンクリートを作ってみよう!
【ラーグ視点】
秋の冷たい風が、砲撃の爪痕が残るフランケンタールの街を吹き抜けていく。
パレウスさんの助言により、厄介な法律の壁をひとまず回避した俺は、いよいよ伯爵令による特権的土木工事をスタートさせた。
崩れた城壁。焼け落ちた家々。えぐれた石畳。戦火によって無惨に破壊された街の姿は、俺の中に眠る元・建設作業員の血を激しくたぎらせていた。
「よし、まずは城壁の修復と、主要な建物の再建からだ!」
俺は袖をまくり上げ、気合を入れて宣言した。しかし、ここで一つ問題があった。
『残土』のスキルを使えば、材料となる石や土はいくらでも用意できる。だが、石造りの建物を直すには、石と石をくっつける接着剤が必要だ。
この世界では、石灰を焼いて作るモルタルや漆喰が使われている。それ自体は悪くないが、固まるまでに時間がかかるうえに、城壁ほどの厚みと強度を持たせるには限界がある。
(前世の建設現場なら、迷わず生コン車を呼ぶところなんだけどな)
石と砂とセメントを水で練り上げた、最強の建築資材。どんな複雑な形にも流し込めて、固まれば石のように硬くなる人工の岩。
「そうだ。コンクリートを作ろう」
俺はポンと手を打った。
「コンクリ……なんですの?」
隣で俺の話を聞いていたミラが、不思議そうに小首を傾げた。白いブラウス姿のレイラも、腕を組んで眉をひそめている。
「アンタ、また変なことを思いついたね? 土をドバッと出して埋めるだけじゃダメなのかい」
「土を盛るだけじゃ、雨風で少しずつ削れるし、建物の壁にはならないだろ。俺が作りたいのは、ドロドロの状態で好きな形に流し込めて、時間が経つと石みたいにガチガチに固まる泥だよ」
「ドロドロの泥が石になる? そんな魔法みたいな土、聞いたこともないよ」
「魔法じゃない。ただの化学反応さ」
俺はニヤリと笑った。
コンクリートの作り方は、実はそれほど複雑ではない。
主原料となる『セメント』に必要なのは、石灰石と粘土だ。それを砕いて混ぜ、窯で高温で焼き上げる。できた塊をさらに細かく砕いて粉にすれば、セメントの完成である。
それに水と砂を混ぜればモルタルになり、砂利を加えればコンクリートになる。
普通なら材料を集めるだけで一苦労だが、俺には『残土』がある。今まであちこちの工事現場から吸い込んだ残土の中に、石灰石も粘土も砂も砂利も、ご丁寧に分類されて山ほど眠っているのだ。
俺はフランケンタールの石工たちを集め、さっそく実験に取り掛かることにした。
石工の束ね役であるゲルト親方は、頑固そうな顔をしかめて俺の説明を聞いていた。
「伯爵閣下。石灰と砂を混ぜてモルタルを作るのは我々も知っておりますが、粘土を混ぜて焼くなど、聞いたことがありませんぞ」
「まあ、騙されたと思ってやってみてくれ。俺の領地であるハイリゲンローデでもまだ試してない、最新の工法だからな」
俺は広場にレンガで簡易的な窯を組ませると、『残土』から取り出した石灰石と粘土を砕いて混ぜ合わせ、窯の中に放り込んだ。
薪をくべ、火を入れる。パチパチとはぜる炎の熱気が、秋の冷たい空気をじんわりと温めていった。
「しっかり焼けよー。温度が足りないと、ただの焼き土になっちまうからな」
待つこと数時間。
窯から取り出した塊を、石臼で徹底的にすり潰して細かい粉末にする。これがコンクリートの命、セメントだ。
「よし。次に砂と砂利を用意するぞ」
俺が手をかざすと、ズズズッという低い音とともに、きれいに水洗いされた砂と、親指大の砂利が空き地へ吐き出された。
「ゲルト親方、ここに水を入れて、一気に練り込んでくれ!」
「は、はあ……」
半信半疑のゲルト親方と石工たちが、くわを使ってセメント、砂、砂利、水を混ぜ合わせる。
ジャリッ、ジャリッという重い音が響き、灰色の粉が水を吸って、次第にドロドロの泥へと変わっていった。鼻を突くのは、雨上がりのアスファルトに似た、独特のアルカリ性の匂い。
(おお……懐かしい匂いだ)
前世の現場で毎日嗅いでいた、あのコンクリートの匂いである。
「閣下、ただの灰色の泥になりましたが……これが本当に石になるのですか?」
ゲルト親方が、くわについたドロドロの物体を見つめて首を傾げた。
「ああ。これを、あらかじめ作っておいた木枠の中に流し込むんだ」
俺たちは崩れた城壁の一部に板を張り合わせ、隙間をなくした型枠を用意していた。そこへ、練り上がったばかりのコンクリートをバケツリレーで流し込んでいく。
ドプッ、ドシャッ。
重い泥が型枠の底へ落ちる音が響く。空気が入らないように、棒で何度も突いて中身をしっかり詰める。
「よし、これで実験は完了だ。あとは数日待つだけだな」
「待つだけ……本当にそれだけでよろしいので?」
「ああ。絶対に触るなよ」
◇◆◇
数日後の朝。
俺はレイラとミラ、そしてゲルト親方をはじめとする石工たちを引き連れ、再び城壁の前に立っていた。
秋の朝露に濡れた木枠が、朝日を受けて鈍く光っている。
「さて、どうなってるかな」
俺はバールを手に取り、型枠の木の板に引っ掛けて力を込めた。
ミシミシッと木が軋む音とともに、板がベリッと剥がれる。
その瞬間、周囲から息を呑む声が漏れた。
「なっ……!」
ゲルト親方が目を剥き、その場にへたり込みそうになった。
そこにあったのは、木枠の形と木目を見事に写し取った、滑らかで巨大な灰色の人工石だった。
俺は持っていたバールで、コンクリートの表面を軽く叩いてみた。
カンッ、カンッ!
高く澄んだ、硬い音が響き渡る。
「ど、泥が……本当に岩のように硬くなっている……!?」
ゲルト親方は震える手でコンクリートの表面を撫でた。
「継ぎ目すらない。こんな巨大な一枚岩を切り出して運ぶなど、我々の技術でも不可能ですぞ……。しかも、木枠に流し込むだけでこれができるなどと……!」
「魔法ですわね」
ミラが双剣の柄に手を当てながら、呆れたようにつぶやいた。
「だから化学反応だって言ってるだろ。水和反応って言って、セメントと水が結びついて結晶化することで固まるんだよ」
「アタイらには魔法と同じさ。ラーグ、アンタ本当に何者なんだい?」
レイラが俺の肩をポンと叩き、青い瞳を輝かせた。
「アンタの頭の中には、戦に勝つ方法だけじゃなくて、街を作る魔法まで詰まってるってわけだね」
「これがあれば、フランケンタールの復興は百倍早く進むぞ」
俺は朝日を浴びて白く輝くコンクリートの壁を見上げた。
石を一つ一つ切り出し、形を整え、積み上げていく従来の石積みとは比べ物にならない速度で、強固な構造物が作れる。
城壁の穴埋めはもちろん、建物の基礎、水路の整備、そして道路の舗装まで、用途は無限大だ。
「よし、ゲルト親方! 作り方は分かったな? 俺が材料の石灰石と粘土と砂利はいくらでも出してやる。お前たちは人を集めて、型枠の作成とコンクリートの打設を急いでくれ!」
「は、ははっ! 直ちに取り掛かります、伯爵閣下!」
ゲルト親方の目には、新しい技術に触れた職人特有の熱い炎が宿っていた。
法律の壁を回避し、前世のチートじみた新素材まで手に入れた俺たちの復興工事は、ここから一気に加速していくことになる。
剣と魔法と銃の世界に、灰色のコンクリートが産声を上げた瞬間だった。
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