第25話 皇帝からの誘い
【ラーグ視点】
下プファルツ地方にそびえるフランケンタール要塞は、俺が作った巨大な土の坂によって、あっけなく陥落した。
高い城壁。
深い堀。
大砲まで備えた堅牢な要塞都市。
まともに攻めれば、多くの兵士が傷つき、何日も、何週間もかかったのだろう。
だが。
壁が高いなら、壁と同じ高さまで土を盛ればいい。
俺のスキル『残土』なら、それができた。
結果として、城壁は城壁ではなくなった。
ただの坂道の先にある、少し高い場所になってしまったのである。
「……我ながら、ひどいことしたな」
戦いが終わったフランケンタールの城内には、まだ火薬の匂いが残っていた。
崩れた石。
折れた槍。
泥に汚れた道。
あちこちから負傷兵のうめき声が聞こえ、その間を兵士や聖職者たちが忙しく走り回っている。
そんな戦後処理がようやく一段落し始めた頃だった。
ウィーンから、俺宛てに使者がやってきた。
「ラーグ・フォン・ハイリゲンローデ男爵。皇帝陛下より書状にございます」
「……俺に?」
嫌な予感しかしない。
俺は封蝋された書状を受け取り、恐る恐る中身を読んだ。
「…………」
もう一度読む。
「…………」
三度読む。
「いやいやいやいや」
おかしい。
何度読んでも内容が変わらない。
神聖ローマ帝国皇帝フェルディナント二世陛下は、フランケンタール攻略における俺の功績を高く評価したらしい。
そこまではいい。
問題は、その次だった。
『ラーグ・フォン・ハイリゲンローデ男爵を、フランケンタール伯に封じる』
「なんで!?」
思わず叫んだ。
さらに書状には、現在皇帝側が占領を進めているプファルツの土地について、今後その統治と防衛を俺に任せたい、とまで書いてある。
「いやいやいや! 俺、ただの土方ですよ!? 出世なんて興味ないのに!」
男爵になっただけでも十分すぎる。
村と土地を任されて。
要塞を造って。
兵士を鍛えて。
本を書かされて。
ついには戦争までやらされている。
これ以上、何をしろというのだ。
「伯爵って、男爵より偉いんですよね?」
「当然だ」
隣で書状を読んでいたコルドバ将軍が平然と答えた。
「仕事も増えます?」
「当然だろう」
「じゃあ、いらないです」
「普通は喜ぶところだぞ」
コルドバ将軍が呆れた顔をした。
「私なら喜んでもらうがな」
「将軍はそうでしょうけど、俺は建設作業員なんですよ」
「その建設作業員が、要塞都市を一つ落としたのだがな」
「…………」
言い返せない。
俺が黙り込むと、コルドバ将軍は城壁の方へ視線を向けた。
「それに、この要塞を見てみろ」
「?」
俺もそちらを見る。
そこには、戦いの傷跡が残るフランケンタールの城壁があった。
そして何より目立つのが――。
俺が作った巨大な土の坂である。
城壁とほぼ同じ高さまで積み上げられた大量の土が、どーん、と居座っている。
どう見ても異様だった。
「壊された上に、あんな坂まで作られてしまっている」
「うん」
「このままでは、かわいそうだとは思わんかね?」
「ああー……」
言われてみれば。
確かに、かわいそうだ。
「見たところ、卿なら修復できるだろう?」
「できますね」
「坂も片付けられる」
「できますね」
「城壁も直せる」
「まあ、できますね」
「ならば、ちょうどいいではないか」
「…………」
なんだろう。
うまく丸め込まれている気がする。
俺は改めて巨大な土の坂を見上げた。
自分で作ったものとはいえ、ものすごい量だ。
普通なら何百人、何千人という人手を使って撤去することになるだろう。
だが、俺ならスキル『残土』へ収納すれば済む。
崩れた土塁も直せる。
砲撃で傷ついた場所も補修できる。
堀だって掘り直せる。
「……自分で壊しておいて、そのまま帰るのもなぁ」
建設作業員として、それは少し気分が悪い。
壊したのなら直したい。
作業現場を中途半端な状態で放り出すのは、昔から好きではなかった。
「そっか。放っておくわけにもいかないか」
「そういうことだ」
コルドバ将軍が満足そうに頷いた。
「いや、待って。修理するのと伯爵になるのは別の話ですよね?」
「気づいたか」
「危なっ!」
この人、絶対わざとだ。
そんな話をしている間にも、俺の組の二人は戦場の後始末に追われていた。
「包帯、どんどん持ってきてー! まだ怪我人がいるよ!」
白いブラウスを泥と血で汚したレイラが、負傷兵の間を走り回っている。
一方、少し離れた場所ではミラが兵士たちへ指示を飛ばしていた。
「そちらへ聖職者の方をお願いしますわ! 確認が終わったら、次の埋葬場所を掘りますわよ!」
二人とも、すっかり手際が良くなっていた。
最初に出会った頃は、ドラゴンを相手に剣を振り回していた冒険者だったはずなのに。
今では負傷者を助け、戦死者を弔い、俺の組の一員として戦争の後始末までしている。
「……俺たち、ずいぶん遠くまで来ちゃったな」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
ハイリゲンローデ村で道を造り、畑から石を取り除いていた頃が、ずいぶん昔のことのように感じる。
だが。
伯爵になるとなれば、話はさらに大きくなる。
現在の俺は、統一ヘッセン方伯の配下にいる男爵だ。
皇帝から新しい爵位をもらい、しかも広大なプファルツの統治まで任されるとなれば、これまでと同じというわけにはいかない。
ヘッセンだけの男ではなくなる。
皇帝との関係も深くなる。
そして間違いなく。
面倒な国際政治が増える。
「……絶対めんどくさいやつだ」
俺は皇帝からの書状を見つめた。
フランケンタール伯爵。
響きだけなら立派である。
立派すぎる。
俺には似合わない。
「分かった」
俺は大きく息を吐いた。
「一度カッセルへ戻ります」
「ほう?」
「俺だけで決められる話じゃないですから。ヘッセン方伯と相談してきます」
「それがよかろう」
コルドバ将軍が頷いた。
こうして俺は、スペイン軍と別れ、一度カッセルへ戻ることになった。
皇帝から差し出された、伯爵という新しい地位。
そして、フランケンタールという要塞都市。
その先には、さらに広大なプファルツの土地まで待っている。
「……俺、平和に土方やりたいだけなんだけどなぁ」
秋の風が、戦いの終わった城壁を吹き抜ける。
振り返れば、俺が作った巨大な土の坂が夕日に照らされていた。
どうやら俺の平和な日常は。
またしても、少し遠くへ逃げていったらしい。
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